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第21話 巡回診療台車の初日
北辺診療院の中庭に、新しい巡回診療台車が並んだ朝のことだった。
木箱に薬瓶、折り畳み机、記録板、布担架。私とマルタが点検を終えたところへ、伝令の若者が赤札を握って駆け込んでくる。
「アイベン村が封鎖されました。灰熱が出たと、川向こうの関所が」
私は札を受け取り、すぐ違和感に気づいた。患者番号が三人分しかないのに、隔離対象は十四名。しかも高熱患者用の緊急薬が、北辺診療院から二十包も引き落とされている。
「熱病なら処方と人数が合わなすぎる」
隣でジークハルトが低く問う。
「流行病ではない?」
「少なくとも、記録はそう言っています」
私は赤札の裏へ日付を書き込み、巡回台車の一番上に挟んだ。数字が変だと感じた時は、現場へ行くしかない。前の事件で嫌というほど学んだことだ。
「出ます。封鎖される前に患者を見たい」
「護衛は私が付く」
「辺境伯様自らですか」
「今は婚約者としての権限も使う」
その言い方があまりに真面目で、思わず笑いそうになる。けれど胸の奥は少し温かくなった。
私は台車の取っ手を握った。診療院の灯を守る仕事は、建物の中だけでは終わらない。今日からは、道の上でも記録を拾うのだ。




