第2話 病弱な幼馴染の診断書
特別病室は、王立施療院の中でもひときわ静かだった。
薄いレースの天蓋、花の香りを混ぜた湯気、窓辺の銀の水差し。病人の部屋というより、気の毒な令嬢のための舞台装置に近い。
「レティシア様、私のことを嫌っていらっしゃるのですね」
寝台に横たわるクラリッサが、震える声で言った。けれど頬にはうっすら紅があり、唇も乾いていない。月白根が必要な患者の顔色ではない。
「嫌ってはいません。ただ、診断と処方の記録を確認したいだけです」
「私はもう、数日も持たないかもしれないのに……」
その言葉に合わせたように、エドガーが私の前へ診断書を差し出した。主治医印入りの正式書式。そこには『月白根の継続投与を要す』とある。
私はその紙を受け取り、最初の一行で手を止めた。
書式が古い。先月改訂されたはずの病名欄が旧式のままだ。しかも主治医印の欠け位置が左右逆転している。
「これ、偽造です」
部屋の空気が固まった。
クラリッサは息を呑み、次の瞬間、泣き崩れるように肩を震わせた。
「私を疑うなんて……ひどい……」
「違います。あなたを疑っているのではなく、書類を見ているのです」
「十分ひどい」
エドガーの声は低く、はっきりと私を責めていた。
「患者の尊厳を踏みにじるな」
「では主治医本人を呼んでください。印影と書式が合いません」
そう言った瞬間、廊下から院長と監査役が入ってきた。まるで最初から待機していたような間の良さだった。
「レティシア・フォーゲル」
院長は硬い声で告げる。
「君が薬庫の高価な薬剤在庫を不当に差し止め、さらに患者への嫌がらせのために診断書を改ざんしたとの通報があった」
「……何ですって」
私が言葉を失っている間に、監査役が薬庫記録簿を机へ広げる。そこには、月白根八本を私の指示で処分したという虚偽の記載があった。筆跡は似せてあるが、最後の払いだけが不自然に長い。
誰かが私の署名癖を真似たのだ。
「そんな指示は出していません」
「でも、ここにあなたの署名があります」
クラリッサが涙声で言った。
「私、レティシア様に嫌われていたから……」
違う。これは全て、私が気づいたせいだ。薬の流れの異常に、診断書の偽造に。
監査役は冷たく告げた。
「調査終了まで、薬歴官の印章は預かる。婚約の件も含め、今後の立場は院長と副院長で判断する」
印章箱が閉じる音が、病室でやけに大きく響いた。
私の仕事は、紙を整えることではない。嘘を見つけることだ。
けれどその夜、王立施療院は嘘を守り、私を外へ追い出した。




