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第19話 婚約破棄のその先
北辺の夏祭りの夜、私は書庫で最後の整理をしていた。
事件関係の綴りを閉じ、新しい運用規程を箱へ収める。これで本当に一区切りだ。
扉が開き、ジークハルトが入ってくる。手には花束ではなく、一枚の契約書草案。
「また書類ですか」
「あなたには、そのほうが伝わると思った」
差し出された紙には、『北辺診療院総薬歴監督官任命契約』と、その付記として『職務継続と居住選択の自由を妨げない』『婚姻の有無は職務条件に含めない』とある。
「……ずいぶん回りくどいですね」
「要点は別にある」
彼は一度視線を落とし、それから真っ直ぐ私を見る。
「仕事があるからいてほしいのではない。あなたがここにいてくれると、私が嬉しい」
無口な人が、ここまで言うのにどれだけ勇気が要ったのか分かる。
私は紙を読み返し、小さく笑った。
「つまり求婚ですか」
「そうなる」
「条件を追加しても?」
「聞こう」
「夕食を抜いたら、毎朝だけでなく夜の薬湯も辺境伯が担当すること」
言うと、彼は珍しくはっきり笑った。
「受ける」
私は草案の余白に、自分の字で一行を加えた。
『双方は相手の仕事と名前を尊重すること。』
そして署名欄へ名前を書く。
婚約を失った先に、こんな形の約束が待っているとは思わなかった。
今度は誰かに選ばれるためではない。自分の意志で並ぶための署名だ。




