第12話 消えた原本処方箋
公開問診会の翌朝、原本処方箋の保管箱を開けた私は、すぐに異変に気づいた。
「空……」
月白根の処方原本だけが、きれいに抜かれている。
箱の底に残っていたのは、薄い藍色の封蝋片と、王都施療院で使う結束糸の繊維。犯人は焦っていたのか、昨日の混乱に紛れて回収し損ねたらしい。
「昨日の来訪者を絞れば間に合う」
ジークハルトは即座に衛兵へ命じた。だが私は首を振る。
「追うだけでは足りません。原本の控えが残る場所を探しましょう」
処方箋は通常、薬庫原本、会計写し、施療記録写しの三系統が存在する。王都へ送られた会計写しが消されていても、修道院の慈善監査控えには残っているはずだ。
午後、私たちは寄付監査を担当する修道院分室へ向かった。年配の修道女は最初、記録開示に難色を示したが、北辺側監査の正式命令書を見せると黙って棚を開けた。
そこには、私が探していた控えが整然と綴じられていた。
「ありました」
月白根の処方先は全て、北辺患者番号から王都特別病室コードへ後日書き換えられている。しかも訂正印はエドガー直属の事務長のものだ。
「これで原本の流れが立証できます」
私は紙束を抱えたまま、ふと棚の隅に目を留めた。クラリッサ名義の寄付礼状が大量に残っている。筆跡は本人ではなく、院内書記の代筆だ。
「病人は礼状まで書いていませんでしたか」
「ええ。彼女は毎回、同じ文句だけ口にしていたそうです」
同じ演目、同じ台詞、同じ病状。そうして慈善を吸い続ける舞台が作られていた。
帰りの馬車で、ジークハルトが言った。
「あなたは、本当に記録の逃げ道を見つけるのがうまい」
「逃げ道ではなく、残り道です」
「違いは?」
「嘘が消したつもりの痕跡です」
彼は少しだけ目を細めた。
「それを見つける人が、今の北辺には必要だ」
その言葉を、私は思った以上に大切に受け取っていた。




