追懐メルキオール8
弟たちと妹たちを守るためなら、なんだってやった。誰も俺たちを守ってくれないのだから、俺が家族を守るしかなかった。
「没落したグレンカイト家の子供か」
そうつぶやいたのは、赤い髪の男だった。血の色のような両目が、俺たち家族を値踏みするように見下ろしていた。
殺されると思った。斬りかかっても、まったく歯が立たなかったから。
しかし、何を思ったのかその男は、身寄りのない俺たち家族を全員引き取って、遥か遠くにあるアウデンティア公国まで連れてきた。
物好きな男はオリアスと名乗り、俺に一頭の竜を見せた。
薄い緑色の体表を持つ竜だが、光の加減で赤色に変化して、火の竜にも見えた。
初めて見る美しい竜に、俺はただ圧倒されていた。
「メルキオールだ。乗りこなしてみせろ」
美しい竜は俺を見下ろして、低い唸り声を上げた。
俺の存在を拒絶するような、冷たい目をしていた。
◇◇◇
王竜の群れに隠されたパンドラを処理するため、死刑囚であるジンさんが選ばれた。
ジンさんも、王竜にパンドラが隠されていると知り、処理任務を志願したそうだ。
私はヘリアス様の執務室で彼の向かいに座り、頭を悩ませていた。
「ジンさんが騎乗する竜ですか……」
「途中まで誰かの後ろに乗り、パンドラを持つ王竜の背中に飛び移ってもらおうと考えたが、王竜が攻撃してきた時に逃げきれなくなる」
「さすがに竜騎士ふたりを乗せると速度が落ちますよね」
ヘリアス様はティーカップを持ち上げながらも、中身の紅茶を見つめるばかりで口をつけなかった。
「これは事実上の死刑執行となる」
死刑執行という言葉に、胃のあたりが重くなった。
メルキオールの鱗を、キルシュヴァッサーや他の竜のために譲ってくださったあの竜騎士を死刑台に送ることになる。
「私たちに敵意を持つ王竜の背中に乗れば、宝石化は免れない……と」
「その通りだ。王竜の群れの体当たりと、強力な分解液の攻撃を避けながらの救出は困難だろう」
ヘリアス様の声が淡々と響いた。
感情を外に出さないよう、抑えておられるのかもしれない。
(ヘリアス様は、ジンさんのことをどう思っておられるのかしら……)
ヘリアス様は志願書が届く前から、ジンさんを呼び戻すつもりのようだった。
それはべつに、死地に送ることで罪を償わせようと考えていたわけではないと思う。
純粋に竜騎士としての能力を買っていた。だからこそ、ジンさんに任せたいと思っていたのではないだろうか。
結果的にそれが死刑執行となってしまうからこそ、ヘリアス様は悩んでいたのかもしれない。
「いざとなれば騎乗者を置いて離脱し、さらに速度を出せる竜が好ましい」
「そうなると、相棒のいない竜から選んだ方がいいですね」
私は脳裏に、相棒を持たない竜たちを思い浮かべた。
ジンさんだけでなく、竜にとっても危険な任務になる。
(ジンさんを置いて単独で離脱できるほどの能力を持つ竜……)
私はしばらく黙考してから、ヘリアス様を真っ直ぐ見つめた。
「決まったか」
「はい。ジンさんが騎乗する竜は――」
その名を伝えると、ヘリアス様は二度うなずいた。
「なるほど……それでいこう。訓練はあなたに任せる」
「かしこまりました」
「私はこれから王竜の群れを確認してくる」
ヘリアス様が立ち上がったので、私も彼を見送るために席を立った。
「王竜たちはまだ人間や他の竜を警戒していると思います。どうかお気をつけて」
「わかった。ラインを置いていくから、外出する用事があれば必ず連れていくように」
「よろしいのですか?」
「セイレニア教の動きが気になるからな。あなたも気をつけろ」
そう言ってヘリアス様は、目立つドゥルキスを避けて他の竜に騎乗し、数人の竜騎士を連れて王竜のもとへ向かった。
私はこれからジンさんを出迎える予定だった。
(ジンさんのこと、私は何も知らないわね)
青空の向こうへ消えていくヘリアス様たちを見つめながら、私はここへやってくる……ううん、戻ってくる竜騎士の姿を思い浮かべた。
反乱軍としてヘリアス様たちと戦っていたジンさんは、途中から討伐軍に加わり、大きな功績を上げたという話は聞いている。
一度反乱軍に身を置いたという理由から、死刑囚として監獄に収容されていて、本人も死刑を望んでいるということも……。
けれど、メルキオールの命を奪ったパンドラが使用されたと聞いて、じっとしていられなかったのだと思う。
「奥様。ジン様の到着までまだ時間がありますが、どうされますか?」
と、シーラがいつもより緊張した面持ちで訊ねる。
彼女はジンさんに対して憎しみを抱いているわけではなく、ただ緊張するらしい。
「そうね……バラエニスの様子を見にいこうかしら」
「では、私もお供して――」
その瞬間、放牧場にいる竜たちの甲高い叫びが響き渡り、シーラはその場で飛び上がった。
「な、何ですか!?」
「竜たちが警戒している……何かが来た?」
「敵襲!? セイレニア教ですか!? 奥様、早く城の中へ!」
私はシーラとともに、一度城の中へ戻った。
鐘の音も鳴っていないし、巡回していた竜騎士たちからも、不審人物や魔物が接近したという情報はなかった。
そこへ、別の竜騎士から報告を受けたラインさんが駆け寄ってきた。
「アウデンティア周辺を巡回していた竜騎士が、森の中で見たこともない魔物を発見し、これを仕留めたというのです」
「見たこともない魔物?」
「ええ。しかも、魔物と言えるかどうかもわからないそうです」
どうやら、報告を受けたラインさんも困惑しているようだ。
先ほど竜たちが警戒したのは、その魔物かもしれない。
私はラインさんとともに、アウデンティア公国周辺の森の中へ向かった。
ラインさんは周囲を警戒しながら言った。
「申し訳ありません、奥様。俺が確認しに行くべきだったのですが……」
「いえ、私の方こそ、自分の目で確認したいと無理を言ってすみません」
竜騎士たちがその場で判断できず、私に報告を上げるほどだ。どのみち、ヘリアス様の代わりに私が確認しなければならない。
それに、パンドラにより混乱しているこの時期に、領民の新たな不安材料となるものは放置しておけない。
森の奥には、アルトリーゼ家の竜騎士たちが集まっていた。彼らはみな深刻な表情で、すでに絶命した魔物を見下ろしている。
私はそこへ近づき、彼らが取り囲んでいる魔物を見て、思わず目を疑った。
「こ、これは一体……」
そこには、見覚えのあるラドロンの下半身が転がっていた。
そしてその肉塊からは、干からびた樹木を思わせる人間の上半身が生えていた。
次回更新は5/12です。




