追懐メルキオール9
干からびた人間は髪が長く、女性のように見えた。
ぽっかりとあいた眼窩と大きく開かれた口が、生み出されたことへの苦しみを訴えているかのようだった。
ラインさんは、腰に下げた剣に触れながら言った。
「この近くを巡回していた竜騎士たちが、アウデンティアに向かっているコイツを見つけて仕留めたそうです」
「人の上半身とラドロンの下半身を持つ魔物……人為的としか考えられませんね」
「間違いなく、セイレニア教の仕業でしょうね。やつら、次から次へと厄介なことを……」
人間と魔物を融合させる発想もだけれど、それを実行に移せてしまう技術はどこから得たものなのだろう。
技術面についても調査を行うべきかもしれない。
それにこの魔物を完成させるために、どれだけの人が犠牲になったのだろう。
魔物だけでなく、人の命まで弄ぶ行為に、沸々と怒りがこみ上げる。
「調査団に連絡しましょう。さすがにアウデンティアに持ちこめません」
「調査団も驚くでしょうねぇ。ですが、それがよろしいでしょう。領民に見られる前に回収します」
「お願いします」
ラインさんは他の竜騎士たちに、この魔物の死体を運ぶ指示を出した。
私の護衛をしたいと言ってついて来ていたシーラが、騎兵銃を構えながら恐る恐る魔物に近づいた。
「これは、セイレニア教の新しい兵器なのでしょうか?」
「そうかもしれない。人の思考を持つ魔物だとしたら、とても厄介だわ」
「ひぇぇ……何でそんなものを作るんですかぁ! こんなものがたくさん襲ってきたらどうしましょう!」
「落ち着いて、シーラ。これはまだ完成品というわけではないと思う。人間の部分がラドロンの部分に比べてあまりにも痩せ細っているし、なんだかちぐはぐだわ」
「言われてみれば……そうですね。無理やりくっつけられたみたいな外見をしています」
「失敗作でもいいから、アウデンティアを襲わせようとしたのかもしれない。人々の不安を煽るにはじゅうぶん――」
もう一度その魔物に視線を向けた瞬間、身体の傷が瞬く間に修復されたのが見えた。
「え?」
「奥様!!」
ラインさんの叫び声が響き、剣が風を切る。
その刃は、身体を起こしかけた魔物の胴体を斬り裂き、人間とラドロンの境目がぱっくりと割れた。
魔物の身体はぐらりと大きく揺れた。
けれど、斬られた断面から繊維状の何かが伸びて、離れた身体を繋ごうとする。
(また再生を……!?)
応戦しようと騎兵銃を手に取ったその時、魔物の背後で、森の中を駆け抜ける黒い影が見えた。
(大きな狼?)
そちらに気を取られていると、魔物は不快な叫び声を上げて襲いかかってきた。
その首に光が走り、頭部が飛んだ。
再生しかかっていた身体もぴたりと動きを止めて、黒い体液を流しながらどしゃりと倒れこむ。
地面に転がり落ちた頭からも、どろりと粘着質な黒い体液があふれ出た。
それっきり、魔物はぴくりとも動かなくなった。
頭部を切断されたことで、ようやく絶命したようだ。
倒れた魔物の背後には、黒髪の背の高い男性が立っていた。
「あなたは……ジンさん!?」
伸び放題だった髪を切っていたため、一瞬誰かわからなかったけれど、その精悍な顔立ちと、右頬から左眉にかけて刻まれた傷痕で彼だとわかった。
ジンさんは三日月のように反った長い武器――刀を持っていた。
彼は魔物を飛び越え、こちらに駆け寄ってきた。
「フィルナ様! ご無事ですか?」
「は、はい! 助けてくださり、ありがとうございます!」
「いえ、間に合ってよかった」
優しい口調に、強張った身体がふっと緩んだ。
ラインさんが剣を収めながら言った。
「さすがですね、ジン」
ジンさんはラインさんに向き直ると、柄でコンッと彼の頭を叩いた。
ラインさんの悲鳴が上がり、シーラが「痛そう……」とつぶやく。
「詰めが甘い。右目を失ったからと言い訳をするなよ。お前はフィルナ様を守る盾のはずだ」
「わかっています。言い訳はしません」
「ヘリアス様にしっかり叱られるんだな」
ポコンッと追撃の音が響き、珍しくラインさんが涙目になって抗議の声を上げた。
「痛いですって! わかりましたから、それで叩かないでくださいよ!」
「よろしい」
ジンさんは小さく息をついた。ひとまずお説教は終わったみたいだ。
こうして見ると、ふたりは先生とその弟子のようにも見えた。
「よろしくありません」
女性の声が聞こえて、私は慌てて振り返った。
そこには、金髪を短く整えた綺麗な女性が立っていた。イーリス騎士団の竜騎士服を着ている。
彼女は厳しい眼差しでジンさんを見た。
「こちらの制止を無視して飛び出すなんて、この場で斬られても文句は言えませんよ」
「すみません……妙な気配がしたもので……」
「はあ……今回は特別ですよ」
女性はきゅっと寄せていた眉を緩めて、こちらに向き直り、一礼した。
「ジン・グレンカイトの監視役、レイラ・ケージです。今回は王竜を保護する目的もあるため、刑吏の一族ではなく、我々イーリス騎士団が彼を監視いたします」
「わかりました。よろしくお願いします」
ジンさんだけではなく、他の竜騎士たちが王竜を傷つけないよう監視する役目もあるのだろう。
私たちは王竜を傷つけることなくパンドラを処理し、さらにはセイレニア教の妨害を退けなければならない。
難題だらけでも、やるしかない。
「フィルナ様」
ジンさんが私の前に進み出て、左胸に手を当てて宣言した。
「王竜の群れに隠されたパンドラは、俺が必ず排除してみせます。この命に代えてでも」
オレンジ色の瞳には、煮えたぎるような怒りが静かに燃えていた。
次回更新は5/15です。




