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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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299/300

追懐メルキオール6


 パンドラを持つ王竜は尾鰭が真っ白で、パンドラが入っていた宝石の色は青色だったそうだ。

 王竜は尾鰭の模様が個体によって異なるので、捜索の際は目印になる。


(でも、あの王竜の群れは人間を警戒して、容易に近づけなくなったし、アルトリーゼ家の竜騎士五人が重軽傷を負った。私たちは顔を覚えられただろうし、何か対策を考えないと……)


 私は一度考えごとをやめて、目の前の大きな餌桶に大量のニシンを入れた。その上に栄養剤の粉末をまぶす。

 それを補助竜医師と一緒に竜専用の浴槽まで運ぶと、王竜が浅瀬になっている場所に乗り上げ、こちらに向かって挨拶するように尾鰭を上げた。

 その姿に自然と笑みがこぼれる。


「おはよう、バラエニス」


 そう呼びかけると、バラエニスは尾鰭をパタパタと上下に動かして、ぱかりと口を大きく開いた。「食事の時間!」と思っているだけかもしれないけれど、この子に出迎えられたようで嬉しくなる。

 餌桶を一緒に運んでくれた補助竜医師の女性も、くすっと笑った。


「エニスちゃん、人懐っこいですよね。王竜がこんな性格だなんて初めて知りました」

「そうですね、私も知りませんでした。もっと警戒心が強い竜だと思っていましたから」

「保護してくれたフィルナ様のことを信用しておられるのでは? そうよね、エニスちゃん」


 バラエニスは、まるで肯定するように「ピー!」と鳴いた。

 この王竜はメスなので、補助竜医師たちからは「エニスちゃん」と呼ばれ、可愛がられている。

 群れに戻すまでの短い間だから、本当は名付けるか悩んだけれど……。


(短い間でも、アルトリーゼ家にいた竜には違いないんだから。情が移るのは覚悟の上)


 そう思いつつ、群れに帰す時を考えると、今から切なくなる。

 ふと、王竜の群れが襲いかかってくる光景が脳裏に浮かび、ぶるりと身体が震えた。


(彼らはただ、仲間を守ろうとしていただけ)


 野生の竜と人は適切な距離を保たなければ、大事故に繋がってしまう。それを身をもって知った。

 

 補助竜医師がバラエニスにニシンを与えている間、私は見える範囲で身体の状態を確認した。

 保護した時よりも活発に動き、よく食べる。

 傷は塞がってきたし、この調子なら、群れがアウデンティア公国を通過する頃には完治するだろう。

 その前に、私たちは必ずパンドラを処理しなければならない。


「あなたが安心して群れに帰れるように、頑張るからね」


 バラエニスはこちらを向いて、「ピー!」と甲高く鳴いた。「おかわり!」と言っているように見えて、私たちは顔を見合わせて笑った。


 私はバラエニスを補助竜医師に任せて執務室に戻り、群れの移動経路や王竜の特徴をまとめた資料を集めた。

 その合間に、オスカー様やフロリアンさんから届いた手紙に目を通していると、外から警戒を示す鐘の音が聞こえてきた。

 私は弾かれたように立ち上がり、窓に近づいた。雲の切れ間から、巨大な影が見え隠れしている。


「回遊船団……」


 アウデンティア公国上空を通過する群れはふたつあり、この群れは旧キントバージェ領を通過しない群れだ。

 王竜の群れと接触しないように、空を飛んでいた竜騎士たちは竜を放牧場に降ろしている。

 パンドラ捜索の際に竜騎士たちが負傷したこともあって、王竜を見上げる彼らの表情は硬い。

 恐れている、というのも違う。負傷した仲間のため、守るべき人々のためにと、覚悟を決めた顔をしていた。

 

 彼らが覚悟を決めたのは、アンカーの相棒であるルーベンさんのことがあったからだろう。

 王竜の体当たりを受けた左足の状態が悪く、膝のすぐ下から切断することになった。

 それでも彼は悲観した様子はなく、義足をつけて復帰したいと強く訴えていた。

 もう一度アンカーに乗りたいと語る彼に、ヘリアス様が「待っている。必ず戻ってこい」と声をかけた瞬間、ルーベンさんはくしゃりと顔をゆがませ、涙を流した。

 ヘリアス様や大切なアンカー、そして仲間たちに迷惑をかけたことを何度も謝罪していた。

 その姿が脳裏に浮かび、目の奥が熱くなる。


(私も、やれることをしないと)

 

 私は資料の束を持って、ヘリアス様のもとへ向かった。

 すると、部屋を出てすぐ、ヘリアス様とばったり鉢合わせした。


「ヘリアス様! 今からそちらに向かおうと思っておりました」

「そうか。例の会議の時間が近づいてきたので、迎えに行こうと思っていた」

「ありがとうございます。では、この資料をヘリアス様にお渡しします」


 ヘリアス様は資料を受け取ると、さっと中身に目を通してうなずいた。


「本当に仕事が早いな。感謝する」

「いえ……これでもまだ足りないと思ってしまいます」

「王竜の資料そのものが少ない上に、限られた時間の中でこれだけ揃えてくれたんだ。私たち竜騎士にも見せ場を用意してくれないと困る」


 ひとりで抱えこむなと言われているようで、私は感謝をこめて微笑んだ。

 ヘリアス様はもう一度資料に視線を落としたけれど、その表情に、わずかに影が落ちたような気がした。


「何か悩んでおられますか?」


 ヘリアス様は目を見張って、「参ったな」とつぶやいた。


「自覚はなかったが、そうか……私は悩んでいたのか」

「王竜の群れに近づく方法のことでしょうか?」

「そうだな。答えはすでに決まっているんだが、心のどこかで迷いがあるのか」


 その内容を口にしようとしたヘリアス様は、何かに気づいたように廊下の向こうへ視線を向けた。

 振り返ると、ラインさんが足早に近づいてきた。


(何かあったのかしら?)

 

 ラインさんのいつになく硬い表情に、悪いことが起きたのではないかと緊張してしまう。

 

「ヘリアス様宛に書状が届いております」

「誰だ?」


 直接確認してほしいのか、ラインさんは封書を差し出した。

 それを受け取ったヘリアス様は、送り主を確認してわずかに目を見開き、それから複雑そうな表情をした。

 それがどのような感情なのか、私にはわからなかった。


「すまない、フィルナ。先に向かってくれ」

「わかりました」


 私はヘリアス様の様子が気になりつつも、先に会議室に向かった。


次回更新は5/7です。

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