追懐メルキオール5
「エアル!!」
エアルは速度を上げ、王竜たちの体当たりをかわしていく。
どうにか王竜たちの隙間から抜け出すと、ヘリアス様と合流できた。
「フィルナ! 無事か!?」
「私は大丈夫です!」
「いきなり襲いかかってきた。いったい何があったというんだ」
「密猟者と思われる人影がみっつ!」
私は前方を指差した。
私たちと同じように、王竜たちから必死に逃れようとする竜たちの後ろ姿が見えた。
「その中のひとりが剣を抜きました! 王竜たちは、私たち人間を敵と認識したようです!」
「何と馬鹿な真似を!」
その時、背後からドンッという衝撃音が響き、悲鳴が上がった。
反射的に振り返ると、水属性の竜アンカーが大きく体勢を崩し、騎乗していた竜騎士が投げ出されるのが見えた。
王竜の体当たりを受けてしまったのかもしれない。
「ルーベン!」
ヘリアス様の悲痛な叫びが空に響いた。
「僕が行きます!」
後ろを飛んでいたブランさんが声を上げて、カリスを誘導してルーベンさんの救出に向かった。
私は竜笛を吹いて、混乱状態のアンカーを近くに呼び戻した。
少しだけ鱗が剥がれてしまっているけれど、飛行するには問題なさそうだ。でも――
「ルーベンさんは大丈夫でしょうか……!」
思わずヘリアス様に問いかけてしまった。
ヘリアス様はぐっと眉を寄せた。
「装備で守られているとはいえ、あの王竜の体当たりを受けた。左足は潰されたかもしれない」
「そんな……っ!」
「フィルナ。今はここから逃げることだけを考えよう」
「は、はい!」
ヘリアス様のおっしゃる通り、今は脱出することだけを考えないと。私だけでなく、エアルも危険にさらしてしまう。
ヘリアス様は撤退の笛を吹き鳴らしながら、ドゥルキスの速度を上げた。置いていかれないよう、その後ろにつづく。
上下左右に広がる王竜たちは、咆哮しながら私たちを押し潰そうと迫ってきたけれど、突然その動きが止まった。
何が来るかと警戒していると、王竜たちは一斉に口を開いて、大量の泡を吐き出した。
それが何の泡なのか気づいた私は、慌てて叫んだ。
「強力な分解液です! 避けて!」
「くっ!」
ヘリアス様とドゥルキスが、間一髪で泡をかわした。
前方を飛んでいる密猟者たちの悲鳴も聞こえてきた。
王竜から逃れながら、ふわふわと漂う分解液の泡を避けつづけるのは非常に困難だ。
(声の力を……!)
そう思ってヘリアス様にちらりと視線を向けると、王竜たちの咆哮が鋭く響き渡った。
鼓膜に痛みが走り、涙がにじんだ。
(だめだ、かき消される……!)
その時、すぐ後ろからラインさんの声が聞こえた。
「ヴェルトで吹き飛ばします! おふたりは下がって!」
指示通りに速度を下げると、ラインさんがヴェルトとともに先頭に飛び出した。
「おい、前のやつら! 下に避けないと死ぬぞ!」
ラインさんが警告すると、密猟者たちは速度を下げて、わずかに高度を落とした。
「ヴェルト。アルヴェロス」
号令に合わせて、ヴェルトが大きく口を開いた。
吐き出された風は不可視の矢のように、行く手を阻む大量の泡を一直線に貫いた。
左右の王竜には一切傷をつけない、完璧な属性攻撃だった。
(このまま突破できる!)
そんな期待を打ち砕くように、王竜たちが巨大な壁となって私たちに迫ってきた。
このままでは全員潰されてしまう。
(させない!)
私は喉に触れて、大きく息を吸いこんだ。冷気が喉を刺し、痛みが走る。
王竜たちの咆哮が鳴り響いているため、ほとんど声は届かないと思う。それでも、何もしないよりは、ずっとましだ。
「使います!」
そう大声で宣言して、私は声の力を使った。
声が波のように広がっていく様子を思い描きながら、「止まって」と必死に念じる。
ほんの数秒、私たちを囲んでいた王竜が動きを止めた。胸鰭の動きは止めないまま、その場で滞空している。
その隙に、私たちは群れの中から脱出することができた。
「はあ、はあ……っ!」
何度も息を吸いこみ、呼吸を整える。
少しだけ無理をしてしまった。
ひどくめまいがする。
声の力が届いたのは、運が良かったとしか言いようがない。
あの激しい咆哮の中で、数頭だけでも動きを止められたのだから。
(もっと使いこなせていれば、早く脱出できたし、被害を抑えられたかもしれない……)
身体への負担は間違いなく大きい。でも、もっと早く使っていればルーベンさんは……。
悔しさと自分への怒りが吐き気となってこみ上げてきて、私は冷静になろうと深呼吸する。
(すべてが自分の責任で、すべての命を救えるなんて、思い上がりだわ)
声の力は万能じゃない。私自身だってそうだ。
「フィルナ!」
ヘリアス様の声に、はっと顔を上げた。
彼は心配そうに私を見ていた。
「大丈夫か!? すまない、あなたに無理をさせた」
「い、いえ! 私は大丈夫です!」
「そうか……あなたのおかげで助かった。あとで医者に診てもらおう」
「はい……ありがとうございます」
ヘリアス様はうなずき、ラインさんとともに密猟者たちの後を追った。
王竜の姿が遠くに見えて、私はほっと息をついた。それでも緊張の余韻で、指は震えていた。
「キュウ」
エアルが小さく鳴き声を上げて、ちらりとこちらを見た。
私が震えているから、心配しているのだろう。
「私は大丈夫。心配かけてごめんね」
少し強めに首をなでてあげると、エアルの喉から甘えるような鳴き声が漏れて、頬が緩んだ。
その時、澄んだ青空に、密猟者たちの恐怖の絶叫が響き渡った。
◇◇◇
薄暗い地下牢の中で、密猟者の男性ふたりが椅子に縛りつけられている。
片方は落ち着きなく足をゆすり、もう片方は恐怖に顔を引きつらせて震えていた。
連れてこられる前に殴られたのか、ふたりの顔はひどく腫れていた。
私は彼らの様子を鉄格子越しに見つめていた。
(三人いたはずだけれど……ひとりは、あの混乱の中でうまく逃げたみたいね)
私は彼らをじっと見下ろしているヘリアス様とラインさんに目を向けた。
ふたりの視線が恐ろしいのか、足をゆすっていた男性が、耐えきれなくなったように叫んだ。
「だから何度も言ってるだろ!? 俺らは雇われただけなんだって!」
「雇い主の名は?」
ヘリアス様が低い声で訊ねた。
「し、知らねぇ。金だけ渡されて、名前は聞いてねぇ。さっき俺らと一緒に飛んでたヤツだよ。いつの間にかいなくなってたけど……」
「依頼内容は?」
ラインさんが優しい口調で訊ねた。
それすら恐ろしいのか、男性は言葉を詰まらせながら答えた。
「し、白っぽい石が入った宝石を、あの、見つけろって。両手で持つくらいの、大きさの石を」
ヘリアス様とラインさんは顔を見合わせた。
「パンドラか」
「でしょうね。回収して、確実にアウデンティアで爆発させたいのかもしれません」
「貴様らは見つけたのか?」
彼はうつむいて黙りこんだ。雇い主は間違いなくセイレニア教だ。彼らはセイレニア教を恐れているのかもしれない。
ヘリアス様は彼らの背後に立ち、深くため息をついた。
すると、彼らの座っている椅子がガタンッと小さく揺れた。男たちの震えがさらに大きくなる。
「いいか? 貴様らが剣を抜いたせいで、私の部下たちが重傷を負った。アルトリーゼ家の財産に傷をつけたんだ。王竜にも警戒され、容易には近づけない」
ラインさんは彼らの前に立ち、獣が唸るような声で言った。
「パンドラがもたらす被害の規模を考えてみろ。死罪は免れないな」
「ひっ!」
「アウデンティアの民や竜騎士たちの恨みは根深いぞ。覚悟しておけよ」
これ以上話すことはないと言わんばかりに、ヘリアス様とラインさんは牢屋から立ち去ろうとした。
すると、男たちは涙を流しながら叫んだ。
「ま、待ってくれよ! 全部話すから!」
「その石が入った宝石を背中につけた王竜を見つけた! 特徴を教えるから、助けてくれ!」
次回更新は5/5です。




