追懐メルキオール3
ヘリアス様の執務室の扉をノックし、中に入ると、「ちょうどよかった」とヘリアス様が言って、私に報告書を差し出した。
「あの男の身元が判明した。トビアスという名の石工だ。偽名だろうがな」
「石工ですか」
「旧キントバージェ領周辺の仕事を請け負っていたそうだ。パンドラを仕掛ける余裕も動機もあったということだな。それと、あなたも見たと思うが、背中に剣で斬られた傷がある。死因はその傷からの出血で、宝石に取りこまれる前に死亡していたようだ」
つまり、あの王竜が命を奪ったわけではないと、そうおっしゃっているのだろう。
竜と人間が接触したことによる死亡事故はゼロではない。
保護対象である竜が罰せられることはほとんどないけれど、それでも、あの王竜が人間を殺したわけではないと知って、私は内心安堵した。
「背中を斬られているということは、誰かに追われていたのでしょうか?」
「そうだろうな。それに関して、ラインからの報告を待っている」
単純に考えれば、帯剣している竜騎士が斬った可能性が高い。または仲間割れか。
今は、ラインさんの報告を待つしかない。
「セイレニア教は、パンドラによって破壊活動を成功させた。我々は失ったものも多いが、今回の件で儲ける人間もいる」
ヘリアス様は「誰かわかるか?」と視線で問いかけてきた。
「建物を新たに造る必要がある……つまり、大工や石工ですね」
「そうだ。トビアスの仲間は、その中に潜んでいる可能性が高い。やつらはイーリス教を信じる人々に打撃を与え、さらに大金を得ようとしている。腐った連中だ」
ヘリアス様は不快そうに吐き捨てた。
そして、ふと思い出したように、
「すまない。あなたの報告を聞こう」
「あ、はい。あの王竜のことなのですが――」
アウデンティア公国上空を通過する群れに、王竜の子供を帰すことを伝えると、ヘリアス様の先ほどまで険しかった表情がわずかに緩んだ。
「わかった。王竜に関しては、あなたの判断に任せる」
「ありがとうございます」
「ここを通るのか。群れに戻れそうでよかった」
ヘリアス様は、窓の外を眺めながら首飾りに触れた。
その横顔は、どこか思い悩んでいるように見えた。
「……もしかして、エマさんのことを考えていらっしゃるのですか?」
ヘリアス様は目を閉じて、小さくうなずいた。
父親であるオリアス様には愛人がいて、さらに子供まで生まれていると、ジンさんが教えてくれたこと。そして、その子供がエマさんである可能性があり、グリフィンの門という謎の兵器の鍵だということも、すべて伝えてある。
ヘリアス様は自嘲するように言った。
「妹がいるという実感がない。そして、母上を裏切ったあの男に……その行いに吐き気がする」
「はい……」
「だが、子供に罪はない」
そうは言っても、彼は自分に妹がいたという事実に戸惑っているみたいだ。
「古代竜の背に乗る少女の、あの赤い瞳を見た時、まさかとは思ったが……」
それ以上、言葉はつづかなかった。
私もどんな言葉をおかけすればよいのかわからず、ただ黙ってヘリアス様のそばにいることしかできなかった。
沈黙を破るようにノック音が響き、ラインさんが入ってきた。
彼は私の姿を見て、目を丸くした。部屋の中が静かだったから、ヘリアス様以外誰もいないと思ったのかもしれない。
「トビアスの件で何かわかったか」
「ええ、まあ。王都のエルンテ騎士団から報告がありましたよ。王都で保管されていたパンドラを盗んだ犯人を追跡中、旧キントバージェ領で不審な動きをする男を発見し、声をかけたところ逃走。銃で反撃されたため剣で応戦し、背中を斬りつけたそうです」
「トビアスの背中の傷は、その時のものだったか」
「そのようです。トビアスは重傷を負いながらも、商人の竜を奪って南に逃走。無理やり奪った竜だったので、途中で振り落とされたのでしょう。竜だけはすぐに戻ってきたそうです」
「そこでトビアスを見失ったか」
「ああ、それともうひとつ。各地の被害状況からして、盗まれたパンドラの数が合わないそうです。あとひとつ、使用されずに残っているのではないかと」
「まだあるのか。なぜ使用していない」
「さあ。何か理由があったんじゃないですか?」
ふたりの会話に耳を傾けながら、私はトビアスが逃げた方角に何があったのかを思い出していた。
南の方といえば、エアルと一緒に遊んだ大きな湖があったはず……。
先ほど本で見た内容がよみがえって、嫌な予感が胸によぎった。
「まさか……!」
最悪の想像に、無意識に声が漏れた。
ヘリアス様ははっとして、こちらを見た。
「どうした? 何か気づいたのか?」
「は、はい。じつは、トビアスが逃げた方角には大きな湖があるのです。そして、その湖は王竜の群れの休憩場所になっているのです」
私は手に持っていた本を開いて、ふたりに見せた。
「トビアスは追跡から逃れるため、湖で休んでいた王竜に乗ったのでしょう。そして、その王竜の群れは、旧キントバージェ領を通過します」
「ああ、なるほど。その途中でパンドラが爆発し、トビアスが乗った王竜が負傷して墜落したというわけですね」
「そうだと思います」
「フィルナ」
ヘリアス様は険しい顔をして、本から視線を上げた。
「あなたが危惧しているのは、盗まれたパンドラの行方か?」
「その通りです。もし、トビアスがパンドラを所持し、それを湖にいた王竜の群れに隠したのだとしたら……」
私は、湖からつづく移動経路を指でなぞり、ある場所でその動きを止めた。
そこに記されていたのは、アウデンティア公国の名前だった。
ヘリアス様とラインさんは、ほぼ同時に息を吐き出した。
嫌な意味で納得がいった、という顔をしている。
「なぜアウデンティアが標的とならなかったのか、今理解できた」
「トビアスは己の死を悟り、アウデンティアの爆破を王竜に託したのですね。だから笑っていたんですかねぇ」
ラインさんの言葉で、トビアスの死に顔が脳裏に浮かんだ。
竜とともに灰となるアウデンティア公国の未来を想像して、嘲笑っているように思えた。
次回更新は4/30です。




