追懐メルキオール2
「これは、何が起きている?」
ヘリアス様は結晶に取りこまれている男性を見ながら、戸惑いの声を漏らした。
男性は王竜の背中で仰向けになる形で、結晶に埋まっていた。
私は結晶の状態を確認しながら言った。
「どうやら、王竜が生成する宝石に取りこまれたようですね」
「そうか、これが噂の王竜の宝石か」
「はい。貝が生成する真珠のようなもので、体内に侵入した異物や、皮膚に張り付く寄生生物を敵と認識して溶かし、宝石を生成する成分を分泌して包みこみます」
「ひぇ……」
怯えたように小さく悲鳴を上げたシーラの隣で、ラインさんは納得したようにうなずいた。
「その貴重な宝石を狙う密猟者もいますよねぇ」
「つ、つまり、この人は密猟者なんですか? 宝石を狙って、自分が宝石になるなんて……っ!」
「これ、ものすごく高価ですよ」
「い、嫌ですよ! 人間が入ってる宝石なんて!」
ヘリアス様は何かに気づいたように、その宝石に近づいた。
「この男に触れても問題ないか?」
「その宝石そのものに触れなければ、大丈夫だと思います」
ヘリアス様は男性の背中を上から覗きこんだ。
男性と王竜の間には分厚い宝石があるため、覗きこめば背中は見える。
「やはりな」
「何か見つかりましたか?」
「背中を見てくれ」
宝石は透き通っているため、宝石に埋まっている身体の状態は確認できた。
男性の背中を見ると、左肩から右の脇腹にかけて大きな傷があり、裂けた服から肌が露出していた。
そして、左肩あたりに見覚えのある紋章が刻まれているのが見えた。
少し皮膚が溶けてにじんでいるけれど、間違いない……。
それは、セイレニア教の紋章だった。
◇◇◇
エレスチャルの治療で使用した大きな浴槽に、今は王竜の子供がぷかぷかと浮かんでいた。
水はルクスリア帝国の海水に合わせ、腹部の傷を治療するために薄めた薬も入れている。
アルトリーゼ家に連れてこられた王竜は、とても大人しかった。
声の力が効いているのか、それとも暴れる必要はないと理解しているのか、本当のところはわからないけれど。
(普段は海で泳いでいるのに、繁殖のために空を飛ぶだなんて……まさに王竜という名に相応しい竜かも)
現在確認できている竜の中で、水中でも空でも戦える竜は王竜のみと言われている。
胸鰭が翼の役割を持つなんて、本当に不思議な竜だ。
その王竜は、ニシンやタラをたくさん食べたあとも、水面から顔を出して、じっとこちらを見つめている。
「どうしたの?」
優しく声をかけながら、驚かせないようにゆっくり近づく。野生の竜だから、距離は慎重に取る。
すると、王竜が口を開いて「ピー!」と笛のような鳴き声を上げた。
王竜は歌う竜とも言われているため、その声は楽器のように綺麗だ。
大きくて丸い瞳が期待するようにキラキラと輝いていて、胸の奥がきゅんと締めつけられた。
敵意は感じない。むしろ、親に甘えるような眼差しをしている。
(構ってほしいのかしら?)
敵意がなければ人間を宝石にすることはないとはいえ、念のため手袋をはめてから、そっと王竜の頭に手を伸ばした。
王竜は私の手をじっと見つめてから、すりっと大きな頭をすり寄せてきた。
まるで、「ありがとう」と言っているように。
私の勘違いかもしれない。それでも、人間に歩み寄ってくれたその優しさに罪悪感を覚えて、ぐっと喉が詰まるような感じがした。
「ごめんね。人間の争いに巻きこんでしまって……」
思わず謝罪を口にしていた。
パンドラが爆発しなければ、この子は怪我をして群れからはぐれることもなかったのに。
「奥様、王竜と仲良くなったんですね」
シーラの声にはっとして、後ろを振り返る。
少し離れた場所に、分厚い本を腕に抱いて微笑むシーラがいた。
「頼まれていた本を見つけましたよ」
「ありがとう、シーラ! 助かったわ」
私は王竜の頭をなでてから、シーラに歩み寄った。
早速受け取った本を開いて、該当のページを探す。
「その本は、王竜の専門書なんですよね?」
「ええ。王竜のことはほとんど解明されていないけれど、この本には王竜の群れの移動経路が詳細に記されているの」
王竜の群れは複数あり、毎年同じ移動経路を使うと言われている。
「えっと、キントバージェ領上空を通過する群れの経路は……」
地図が載ったページを開いて、群れの移動経路を指でなぞった。
どうやら、この王竜がいた群れは、ルクスリア帝国の南側に生息しているようだ。そこから泳いで南西に向かい、インヴィディア王国の海で魚を食べて、そのあと空を飛んで北上する。
「ああ、よかった! この子のいた群れは、アウデンティア上空を通過するみたい」
「じゃあ、今回保護した王竜は、毎年ここにやってくる王竜の群れの子供なんですね! すごい偶然です!」
「そうね。アウデンティア上空を通過する群れは、ふたつあるみたいよ。先に通過する群れは、アケーディア王国を経由してやってくるみたい」
「ふたつもあったんですね! 気づきませんでした!」
「この子も竜だから、傷の回復は早いだろうし、群れが通過するのに合わせて帰してあげないと。このことをヘリアス様に報告してくるわね」
「はい!」
ヘリアス様の執務室に向かう途中、ふと頭に浮かんだのは、あのセイレニア教の男性のことだった。
彼はなぜ、王竜の背中で宝石の一部となっていたのだろう……。
次回更新は4/27です。




