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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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花芽ぐむキルシュヴァッサー28


 私の喉からあふれたのは、最早歌とも言えない音の羅列だった。

 私は、記憶の中の古代竜の声に自分の声を近づける。

 ウタヒメだからといって、竜の鳴き声が再現できるのかはわからない。

 だけど、歌の力があるのなら、音で相手に干渉できる可能性はあるはず。


 そう信じて声を発していると、身体の奥から熱が湧き上がってきた。

 空気が振動し、私の声が波紋のように広く、遠くまで伝わっていく感覚がした。

 私は肉薄するアジ・ダハーカから目をそらさないまま、心の中で念じた。


(来ないで……こっちに来ないで!)


 そう強く念じた瞬間、キィィンと金属音が耳の奥で鳴り響き、鋭い痛みが走った。

 まるで同じ痛みを共有したかのようにアジ・ダハーカが叫び、地面に触れそうな高さから、突然空へ急上昇した。

 私は全身から力が抜けて、その場にへたりこんだ。


「で、できた……?」

 

 漆黒の巨体が頭上を掠めるように飛んでいくのを見て、私は半ば放心状態でつぶやいた。

 すると、喉に激痛が走り、口内に鉄の味が広がった。

 無理をしすぎたかもしれない。


「奥様!!」


 シーラが目に涙を浮かべながら駆け寄ってきた。

 なぜだか、彼女の声が少し遠くに聞こえた。


「お、奥様、耳が……耳が!」

「耳?」


 自分の声すら、少しこもって聞こえる。

 右耳に触れると、指先に血がついた。両耳から出血しているみたいだ。


(上手く制御できなくて、自分に跳ね返った?)


 シーラがハンカチを取り出して、ぼろぼろと泣きながら私の耳を拭いてくれる。


「ど、どうしましょう! 早くお医者様に診てもらわないと!」

「心配かけてごめんなさい、シーラ。もう大丈夫だから。私、行かないと……」


 再び旋回し始めたアジ・ダハーカが見えたので、私はゆっくりと立ち上がった。

 ぐらりと視界が揺れたけれど、歯を食いしばって、どうにか踏み止まる。


「だめです、危険すぎますよ!」

 

 シーラが私の両肩をつかんで引き止めようとする。


「完全に追い返せたわけじゃないわ。また戻ってくる前に、()を使って遠くへ誘導しないと」

「で、でも、その声を使うと奥様のお身体が壊れてしまいます! そんなの嫌です!」

「使いこなしてみせるわ。大丈夫、私を信じて……!」


 シーラはぐっと言葉を詰まらせた。

「信じて」だなんて、ずるい言い方をしたことに罪悪感を覚えた。そんな言葉を使われたら、シーラは私を送り出すしかないのに。


「私に……奥様とともに戦える力があれば」


 シーラは悔しげにつぶやくと、私の手を両手で包みこんだ。


「奥様、どうかご無事で。必ず帰ってきてください!」

「うん、約束する。行ってきます」


 シーラは寂しそうに微笑み、そっと手を離した。

 私は、空を警戒しているエアルに近づいた。


「エアル。私と一緒に戦ってくれる?」


 エアルはその目に私を映し、ゆっくりとまばたきした。「もちろん」という声が聞こえた気がして、頬が緩む。


「ありがとう。さあ、行こう」


 背中に乗って手綱を引けば、エアルは己を奮い立たせるように雄叫びを上げ、空へと舞い上がった。

 火の竜の登場に、アジ・ダハーカはちらりとこちらを見たけれど、三つの首は再び地面を見下ろした。


(こっちよ!)


 そう強く念じながら、もう一度声を発する。

 再び耳の奥で金属音のようなものが鳴り響き、アジ・ダハーカも不快を訴えるように叫んだ。

 けれど狙い通り、私たちの後についてきた。


「……げほっ!」


 咳きこむと、かすかに血のにおいがした。

 魔物の思考を操れるだなんて、すごい力だと思う。だけど、反動が大きすぎて何度も使えないし、短い命令しか出せない。

 エアルはアジ・ダハーカから逃れながら、ちらりと私を見た。

 その意味に気づいて、私は小さく笑みを浮かべる。


「私は大丈夫。心配かけてごめんね」


 エアルの首をなでてから、手綱をにぎり直す。


(このまま誰もいない場所へ誘導し、攻撃して爆破させる!)


 そのためには、アジ・ダハーカを誘導しつつ、爆発に巻きこまれないように距離を離す必要があった。


「エアル! 追いかけっこなら誰にも負けないよね!」

「キャア!」


 頼もしい返事が返ってきて、ぐんと速度が上がった。

 風が壁のように身体にぶつかってきて、気を抜くと吹き飛ばされそうになる。


(フロリアンさんの話では、この近くに旧調査団支部の廃墟があるはず……)


 目の前には広大な平野が広がっていて、人もいなければ竜の姿もない。ここでなら爆破させられそうだ。

 背後を確認すると、アジ・ダハーカは飢えたような目をして、必死になってエアルを狙っていた。


(おかしい……エアルの速さについてきてる!?)


 速度を上げたはずなのに、先ほどとまったく距離が変わっていない。

 この近さで爆破させれば、私もエアルも巻きこまれてしまう。


(通常の翼竜種が火の竜に追いつけるはずがない。このアジ・ダハーカも手を加えられているのね)


 魔物といえど、その命を弄ぶような行為に吐き気がする。

 エアルは、背後から飛んでくる三つの火の玉の攻撃を避けながら、背中にいる私が耐えられる限界まで速度を上げた。

 それでも振り切れない。


(声を使って停止させるしかない!)


 わずかにエアルの速度を落とし、私は全力で声を発した。

 だけど、喉だけでなく耳や全身に激痛を感じて、それ以上声を出すことができなかった。

 息苦しさと全身を襲う痛みで、自然と涙がにじんだ。呼吸が上手くできない。


 アジ・ダハーカはわずかに速度を落としたように見えたけれど、すぐに追いつかれてしまった。


(上手く声が使えなかった。効果が落ちてる)


 喉がズタズタに引き裂かれたかのように痛い。これ以上は使えそうになかった。

 背後から、まるでこちらを嘲笑うかのような咆哮が聞こえてくる。

 手綱をにぎる手に力が入った。


(冷静になって、フィルナ! 声が使えないなら、別の方法を考えるだけ!)


 落ちかけた心を奮い立たせたその時、どこからか指示笛の音が聞こえた気がして、はっとした。


(誰かが……呼んでる?)


 間違いない。指示笛の音がする。

 諦めるなと、こちらに道があると示してくれるように。


「エアル!」


 ひどい声だったけれど、気にしていられない。

 私はエアルに指示を出し、指示笛の音のする方向へ向かった。

 すると、森の中にぽつんと古びた塔が建っているのが見えた。

 きっとあれが、旧調査団支部の建物の一部だ。


 その塔の頂上に誰かが立っている。

 マントを風になびかせながら、その人はじっとこちらを見つめていた。

 じわりと胸の奥から熱いものがこみ上げてきて、視界が涙で揺らいだ。


 さらに指示笛の音が大きくなった。

 指示は「直進」。

 迷うことも、疑う必要もない。


 エアルには「全速力で」と指示を出し、その身体にしがみつく。

 翼が風を切り、勢いよく塔のそばを横切る。

 その瞬間、鮮やかな赤髪が風に舞い、エメラルド色に輝く瞳と目が合った。

 その唇が動く。「あとは任せろ」と。


次回更新は4/10です。

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― 新着の感想 ―
あぁ…これは無茶したことのお説教も不可避だ…
はぁ、今回もニ話分ドキドキしながら読ませていただきました。エアルとフィルナ先生のコンビは最強!エアルもママと一緒に翔べて良かったね!そしてピンチにまさかの旦那様が。まるでドラマとかで、ここぞという時に…
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