花芽ぐむキルシュヴァッサー27
急いで竜舎に向かっていると、次々と竜が空へ飛び立つのが見えた。避難が始まっている。
竜舎の中に入り、シャーロット先生を探す。
どこも混乱状態で、誰がどこにいるのかもわからない。
補助竜医師たちが竜を外へ連れ出そうとしているけれど、怖がって竜房に戻ろうとする子たちもいる。
(とにかく、竜を逃がしてあげないと!)
一度シャーロット先生を探すのを諦め、近くにいる竜を外へ誘導することにした。同時に、補助竜医師たちへの警告も忘れない。
「アジ・ダハーカには絶対に攻撃しないでください! パンドラを積んでいます!」
アジ・ダハーカの三つある首のうち、中央の首には不自然に縄が巻きつけてあった。
おそらく、それが本物のパンドラだ。
今はまだ自然保護区上空を旋回しているけれど、いつ降りてくるかわからない。
ここでパンドラが爆発すれば、この調査団支部は自然保護区とともに一瞬で吹き飛んでしまうだろう。
(セイレニア教はラドロンだけじゃなくて、あんな凶暴な翼竜種まで操れるようになっているなんて……!)
アジ・ダハーカがすぐに自爆しないのは、偽物のラウラさんが爆発に巻きこまれないよう、遠くに逃げたところで自爆するようになっているのかもしれない。
(今は考えている場合じゃない。ここにいるすべての竜たちと調査団の人たちを避難させないと!)
私は、怖がるイネスを落ち着かせて竜装を取り付け、どうにか外まで誘導した。
その背中には、私がここに来て初めて出会った補助竜医師の女性が乗っていた。
「フィルナ様も一緒に!」
彼女はそう言ってこちらに手を伸ばした。
尻尾を噛んだイネスに動揺していたあの時とは違い、その表情は冷静だ。
彼女なら、怖がりのイネスも任せられるだろう。
「私はまだやることがありますから。先に行ってください」
「でも!」
「いいんです。そのための竜聖医の称号です。あなたはイネスを守ってあげてください」
「フィルナ様……。わかりました、どうかご無事で!」
彼女は涙を拭い、イネスとともに空へと舞い上がった。
それを見届け、竜舎に戻ろうとしたところで、誰かに呼び止められた。
息を切らしながらこちらに駆け寄ってくるのは、フロリアンさんだった。
「フロリアンさん!」
「竜はほとんど避難が完了しています! あなたはエアルのもとへ行き、今すぐここから逃げてください!」
「でも、まだキルシュヴァッサーが避難できていないのでは?」
「ええ。土属性の竜が残っているので、私とシャーロット先生で何とかしてみせます」
「火の竜の方が力が強いですから、エアルとシーラのカスカーダで運びます! 先に治療室に行って、準備しておいてください!」
フロリアンさんが何か言っているのが聞こえたけれど、きっと、アルトリーゼ家の人間を巻きこめないとか、そんなことだと思う。
こんな時に身分も家名も関係ない。竜を置いて逃げるなんて、できるはずがなかった。
急いでエアルのいる竜舎に飛びこむと、そこには竜装を装備したエアルがいて、私の姿を見て翼を広げた。
「エアル! 遅くなってごめんね!」
「キャア!」
「逃げる前に、キルシュヴァッサーを運ぶのを手伝ってね」
竜房の扉を開き、エアルを外へ誘導していると、空から水属性の竜が降りてきた。
その背中にはシーラが乗っていた。
「奥様、早く逃げましょう! あの魔物、少しずつ降りてきていますよ!」
「ごめんなさい、シーラ。私と一緒にキルシュヴァッサーを運んでくれるかしら」
「え? まだここにいるんですか!? わかりました、お手伝いします!」
「ありがとう!」
迷いなく協力してくれるシーラが頼もしくて、思わず笑みがこぼれる。
私たちが治療室の方へ飛んで回りこむと、外へ通じる扉が開け放たれていた。そこから、キルシュヴァッサーの頭が見え隠れしている。
(自力で歩けるようになってる!)
とはいえ、まだ飛行することはできないはず。
シャーロット先生もそう考えたのか、外に竜専用の運搬網が置いてあった。
「シャーロット先生! フロリアンさん!」
エアルを降ろしながら声をかけると、シャーロット先生とフロリアンさんはこちらを見上げてほっとしたような顔をした。
キルシュヴァッサーは初めて見る二頭の竜に興味津々の様子で、鼻をヒクヒクと動かしている。
私がエアルの背中から降りると、シャーロット先生が駆け寄ってきた。その後ろから、運搬網を抱えたフロリアンさんも近づいてきた。
「フィルナ様! ああ、よかった……!」
「エアルとカスカーダに運搬網の装着を――」
私の声をかき消すように、緊急を知らせる鐘の音が激しく鳴り響いた。
嫌な予感がして空を見上げると、アジ・ダハーカがこちらに向かってきているのが見えた。
「まずい……! ここで自爆するつもりだわ!」
「お、奥様!!」
シーラが悲鳴のような声を上げた。
シャーロット先生も恐怖に顔を引きつらせて、ぶるぶると震えていた。
今からキルシュヴァッサーを運びながら逃げるのは無理だ。
(何か方法は……!)
すると、フロリアンさんは運搬網をその場に放って、キルシュヴァッサーの方へ駆け出した。
「フロリアンさん!?」
「フィルナ様はシャーロット先生を連れて逃げてください! 私はキルシュのそばに!」
フロリアンさんはキルシュヴァッサーとともに死ぬつもりだ。
引き止めようと伸ばした手は、彼に届くことはなかった。
「大丈夫だ、キルシュ! お前をひとりにはさせない!」
そう言ってフロリアンさんがキルシュヴァッサーに手を伸ばすと、キルシュヴァッサーは翼を広げて、フロリアンさんの身体を抱き寄せた。
まるで、自分の身体を盾にするように。
「キルシュ……!?」
フロリアンさんが驚愕して目を見開く。
竜の身体は頑丈だけれど、パンドラの爆発には耐えきれない。
でも、フロリアンさんを守ることはできるかもしれない。
「やめろ……やめてくれ! キルシュ!」
フロリアンさんは翼の間から抜け出そうとするけれど、キルシュヴァッサーは抱き寄せる力を強めて、フロリアンさんを身体の下へ押しこもうとしている。
「違う! 私は守ってほしいんじゃない! お前を犠牲にして生き残るつもりなんてないんだ!」
フロリアンさんは涙ながらに叫んだ。キルシュヴァッサーは静かに目を閉じて、その時を待っていた。
メルキオールと同じだ。キルシュヴァッサーは自分を犠牲にして、フロリアンさんを守ろうとしている。
安全装置――竜が必ず人を守るように訓練することを指す俗称……。
(そんな言葉を使わなくたってわかる。人も竜も、大切な家族を守りたいだけ……!)
キルシュヴァッサーとフロリアンさんの命を、こんなところで終わらせたりなんかしない。
(どうすればいい? 何か、何か方法があるはず!)
アジ・ダハーカは咆哮しながら、こちらに向かってくる。
その恐ろしい鳴き声を聞いた瞬間、古代竜の鳴き声が頭の中に響いた。
古代竜の声は、人の記憶を消してしまうほどの強力な力だ。
それはエマさんの能力なのか、それとも古代竜の属性攻撃なのかはわからないけれど、あの声を再現できれば……魔物に対しても有効かもしれない。
(やるんだ。何のためのウタヒメの力なの!)
自分を鼓舞し、迫りくる魔物を見据える。
大切な人や竜を守りたいという願いから発現した力なら、どうか応えて。
次回更新は4/8です。




