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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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花芽ぐむキルシュヴァッサー29


「ヘリアス様!」


 私は手綱を離さないよう振り返る。

 アジ・ダハーカが塔のそばを通り過ぎるのと、ヘリアス様が胸壁を蹴って空へ跳んだのは、ほぼ同時に見えた。

 一番端の首がヘリアス様に気づき、食らいつこうと口を開く。

 けれど、その鋭い歯がヘリアス様を捉える前に、ヘリアス様の剣が上から振り下ろされた。

 三つの首が軽々と斬り飛ばされ、巨大な胴体だけが意思を持ったかのようにしばらく低空飛行し、墜落する。

 

 すると、近くに待機していたらしい二頭の風属性の竜が姿を現した。

 アルトリーゼ家の竜であるヴェルトとカリスだ。その背に乗ったラインさんとブランさんが叫んだ。


「あの悪夢は五年前に終わってるんですよ!」

「吹き飛べ!」


 相棒たちの叫びに呼応するように、ヴェルトとカリスが風の渦を吐き、三つの首を空高く吹き飛ばした。

 上空でパンドラを爆発させるつもりだ。


「ヘリアス様!」


 私はエアルを旋回させ、落下していくヘリアス様を追いかけた。

 近くにドゥルキスがいるのはわかっている。

 それでも、今は一秒でも早く、彼に会いたかった。


 ヘリアス様は驚いたように目を見開いて、それから空中で体勢を変えた。首から下げた首飾りが光を反射する。私が贈った、火の竜の鱗とティロの石だ。

 記憶を失ったヘリアス様は、あの首飾りを「私にはつける資格がない」と言って持ち歩いていた。


(あの首飾りをつけているということは、もしかして……!)


 期待に胸が高鳴った。

 ヘリアス様の落下に合わせて、エアルがその下に潜りこむようにして飛行し、背中を見せて待ち構える。

 ヘリアス様は危なげなくエアルの背中に降り立った。


「フィルナ! 怪我はないか?」

「はい! 大丈夫です! ヘリアス様こそ、お身体は大丈夫ですか?」


 ああ、本当にヘリアス様だ……! そう思って元気よく返事をしたつもりだったけれど、その声はひどく掠れていた。

 ヘリアス様は心配そうに眉を寄せた。


「その声はどうしたんだ? それに、耳に血がついている」

「これは、その……あとで全部説明します。でも、身体は元気なので大丈夫です!」


 ヘリアス様は何か言いたげな顔をして、その言葉を飲みこんだ。

 これは、あとでお説教されるかもしれない……。

 彼は小さく息をついて、気遣うような目で私を見つめた。

 

「……わかった。今は聞かない」

「も、申し訳ありません」

「あなたが謝る必要はない。私は、あなたに無茶をさせた自分に腹を立てている」


 ヘリアス様は私の後ろに跨ると、私をそっと抱きしめた。


「遅くなってすまない。よく戦った」


 ヘリアス様の労いの言葉とその温もりに、じわりと涙がにじんだ。

 こんな場所じゃなかったら、今すぐ彼に抱きついて、声を上げて泣いていたかもしれない。

 だから今は、肩に乗せられたヘリアス様の頭に頬を寄せた。

 いつもは上げられている前髪が崩れて、私の頬に触れる。そのくすぐったい感触ですら嬉しかった。


「そろそろ爆発するだろう。急いでここから離れよう」

「はい!」


 本当は、ヘリアス様の記憶が戻ったのか確かめたかったし、キルシュヴァッサーのことやジンさんと会ったことなど、話したいことがたくさんあった。

 けれど、今はパンドラの爆発から逃れるのが先だ。


 ヴェルトとカリスも旋回し、撤退を始めている。

 私は、近くを飛んでいるドゥルキスに竜笛で指示を出し、急いでその場を離れた。

 すると、空が突然パッと明るく光って、その光が急速に膨らんだ。

 わずかに遅れて爆発音が響き渡り、その凄まじい衝撃が爆風となって襲いかかってきた。


「く……っ!」


 距離はじゅうぶん離れているはずなのに、それでも肌を焼くような熱と暴風で吹き飛ばされてしまいそうだ。

 パンドラという兵器の威力を、まざまざと思い知らされる。

 エアルがわずかに体勢を崩しかけたその時、全身を襲っていた熱と風が、ふっと消えた。


「どうして? 一体何が……」

「フィルナ、空を見てみろ」

「空?」


 ヘリアス様に促されて空を見上げた私は、目の前の光景に目を見張った。

 私たちの頭上には、透き通った桃色の膜のようなものが広がっていた。

 空そのものを覆い尽くすかのような膜が、爆風を防いでくれているようだ。

 膜の範囲は広く、調査団の支部がある方角から、ここまで伸びているように見えた。

 まるで、すべての命を守る盾となるように。


(この膜のようなものは一体……?)


 爆風によって削られた膜は、竜の鱗が剥がれるように小さな欠片となって宙を舞った。

 無数の欠片が桃色の花弁のように、はらはらと舞い落ちていく。


(空から桃色の雪が降っているかのようだわ……)


 その幻想的な光景に見惚れていると、どこからか竜の鳴き声が聞こえた気がした。

 慌てて周囲を見渡すと、調査団の支部がある方向から、二頭の竜が飛んでくるのが見えた。


 一頭は水属性の竜、カスカーダ。その背には、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたシーラがいて、こちらに向かって激しく手を振っていた。

 

「奥様ー! やっと追いつけました!」

「フィルナ様! ご無事ですか!」


 シーラにしがみつくようにして、シャーロット先生が声を上げる。

 そしてもう一頭、桃色の体表の竜が、少し不安定ながらも翼を広げて空を飛んでいた。

 その姿に、思わず自分の目を疑った。


「キルシュヴァッサー……?」


 久しぶりの空に歓喜するかのように、キルシュヴァッサーは甲高い鳴き声を上げた。

 その背中には、興奮した様子でこちらに手を振るフロリアンさんがいた。


次回更新は4/12です。

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― 新着の感想 ―
フィルナさんもヘリアス様もみんなもとにかくかっこいい! キルシュ空飛んでる、良かった! フィルナさんにのど飴差し入れしたい、そんな気持ちでいっぱいです
すごいなぁ…見たことがない情景が描かれていて、それなのに脳裏に浮かんでくるこの感覚。 まるでファンタジー映画です❣️
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