花芽ぐむキルシュヴァッサー11
(竜を溺死させた?)
あまりにも衝撃的な言葉に、心臓が激しく鳴った。
補助竜医師たちは声をひそめて、さらに話をつづける。
「でも、その噂ってデマでしょ?」
「デマじゃないって。あのお子様ご令嬢が竜を乱暴に扱った結果だよ」
「ご令嬢って言ったって、オプサリア家なんて大したことないでしょ? 竜医師の資格だってどうせ、ないお金を必死にかき集めて買ったやつだし」
「うわっ、最低! だからあんなお子様でも、竜医師資格がとれたんだ。これだから貴族って大嫌いなのよ。何の知識もない馬鹿なガキのくせに、私たちに命令すんなって感じ!」
「今日さ、試しにあいつの指示を無視してやったの。そしたら、泣きそうな顔してて本当に最高だった! メンタル弱ってるみたいだし、今度みんなでやろうよ!」
「あはは! やめなよ、お子様の竜医師なんだから泣いちゃうでしょ! やるならバレないように――」
「楽しそうですね」
補助竜医師たちが一斉にこちらを振り返り、青ざめた。
あまりにも度が過ぎていたので、つい口を出してしまった。
「シャーロット先生がお金で資格を買ったというのは、本当ですか?」
「あ、いや、その……」
「たしかに、今まではお金を積んで資格を得ていた貴族が存在していたのも事実です。だからこそ、あなた方が竜医師資格に不審を抱くのも当然です」
実際、私の妹もそうだったのだから、否定はできない。
「とはいえ、シャーロット先生は竜医師資格の再試験を受けて合格し、さらには竜の治療実績も上げています。彼女の治療を見せていただきましたが、竜医師としても優秀だと思います。これだけ正式な情報がそろっているのに、あなた方はシャーロット先生の噂に詳しいですよね。その噂の出所を知りたいのですが」
「い、いえ……誰に聞いたかまでは……」
補助竜医師たちはうつむいて、怯えたように身体を震わせていた。
私は小さくため息をついた。
「私はべつにあなた方をどうにかしようとは思っていません。ですが、代表竜医師の指示には絶対に従ってください。竜医師の指示を無視されてしまうと、保護された竜たちが困ってしまいます」
「は、はい……本当に申し訳ありません」
補助竜医師たちは深く頭を下げて、沈んだ声で謝罪した。
これで、ひとまずシャーロット先生の指示が無視される心配はないと思う。
「竜たちがお腹を空かせる時間です。仕事に戻ってください」
「は、はい! 失礼します!」
と、補助竜医師たちはそそくさと去っていった。
竜を死なせてしまったという話は気になったけれど、デマという可能性もあるし、何より本人以外の口から聞くのは憚られた。
◇◇◇
「シャーロット先生、どこに行ったのかしら……」
私はシャーロット先生を追って、竜舎の外へ出た。そのまま自然保護区に足を踏み入れる。
空が分厚い雲に覆われているせいか、月明かりは届かず、あたりは闇に沈んでいた。
ぽつり、と頬に冷たいものが当たる。雨が降り始めていた。
その時、山の方から甲高い竜の声が響き渡った。
この自然保護区には野生の竜も生息している。
ひどく悲しげな竜たちの声が夜の闇の中にこだまして、足が自然と速くなる。
早くシャーロット先生を探さないと。
夜光石の照明を手に、シャーロット先生の姿を探していると、湖の近くに小さな人影が見えた。
(いた! シャーロット先生だわ!)
桃色がかった金髪が、どこか寂しげに揺れている。
彼女は竜医師のコートを脱いでいた。
私は彼女に近づきながら、そっと声をかけようとした。
すると、シャーロット先生が右手を高く上げた。その手ににぎられた何かが、私の持つ照明を受けてきらりと反射する。
ナイフだ――そう思った瞬間、私は駆け出していた。
間に合って! そう願いながら、私は彼女の右腕をつかんだ。
「だめです! シャーロット先生!」
「わあ!?」
腕を引かれたシャーロット先生は体勢を崩し、そのまま私の胸元へ倒れこんできた。
その身体を受け止めながら、彼女の右手にあったナイフを取り上げる。
「え? フィルナ様? どうしてここに」
「早まってはだめですよ、シャーロット先生! 死のうとするなんて絶対にだめです!」
「死のうと……?」
シャーロット先生は私の言葉に目を丸くした。
その反応に、私は「あれ?」と首を傾げた。
「シャーロット先生がナイフを持っていたから、命を絶とうとしているのかと」
「そ、そんなつもりでは……。それに、ナイフではありませんよ」
「え?」
右手を見ると、そこにあったのは金属製の竜笛だった。
私の早とちりだったとわかって、強張った身体から力が抜けていく。
「ナイフじゃなくてよかったですが、シャーロット先生はこの竜笛をどうするつもりだったのですか?」
シャーロット先生は雨に打たれながら、顔を背けた。
その疲れきった横顔を伝う雨粒が、まるで涙のように見えた。
「……捨てようと思いました」
察してはいたけれど、その言葉の重みが胸にのしかかった。
竜医師が竜笛を捨てるのは、その仕事を辞める時だ。
「本当に、竜医師を辞めるおつもりですか?」
シャーロット先生は小さくうなずいた。
「先ほどの補助竜医師たちに何か言われたからですか?」
「いいえ。彼女たちは何も悪くありません。私には、竜を救う資格がないのだと気づいたからです」
「資格がないとは、どういう――」
シャーロット先生は悲しげに眉を寄せた。
「フィルナ様。これまでの数々の無礼、申し訳ございませんでした」
「え?」
「私はイネスもキルシュヴァッサーも救えませんでした。何もできないくせに……できなかったくせに、私はフィルナ様に嫉妬して、八つ当たりをしました。本当に最低の人間です!」
「シャーロット先生、落ち着いてください」
「やっぱりあの時、私も一緒に死んでいれば――」
「シャーロット先生!」
シャーロット先生ははっと正気に戻り、雨に濡れた顔で私を呆然と見上げた。
かなり自分を追い詰めているようで、潤んだ目が怯えたように揺れている。
「シャーロット先生、とにかく一度竜舎に戻りましょう」
「フィルナ様」
シャーロット先生は震える声で訊ねた。
「私が竜を死なせたという話を聞きましたか?」
「いえ、詳しくは……」
「あれ、本当なんです。私は、トルマリが水底に沈んでいくのを、ただ見ていることしかできなかった罪人なのです」
シャーロット先生は深くうつむいて、土属性の鱗で作られたブローチを強くにぎりしめた。
次回更新は2/28です。




