表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

258/293

氷解アイオン5


 アイオンはその場に座って、静かに目を閉じていた。

 喉の周囲から、白い冷気が激しく噴き出している。

 

(氷結化の範囲が背中にまで広がって、霜がついている……。一度穿刺をして、氷を抜かないとだめか)


 私は、アイオンを心配そうに見つめているオスカー様へ視線を向けた。


「明日、アイオンの体力の回復を待ってから、氷管の氷を取り除こうと思います」

「わかりました。よろしくお願いします」


 オスカー様は沈痛な面持ちで、深くうなずいた。


「本当に、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それに、アイオンのことだけでなく、我々のことも助けてくださってありがとうございます」

「ありがとうございます」


 オスカー様に倣って、マクシミリアン様も同じように感謝を告げた。

 彼の声や態度からは、先ほどまでの敵意は感じない。

 

「いえ、そんな、気になさらないでください」


 私はアイオンに視線を戻した。

 この様子だと、夜中に氷結化の痛みを訴えるかもしれない。今日はずっとそばにいた方が安全だろう。


「私が見ていますから、おふたりはお休みください。長旅でお疲れでしょう」

「フィルナ様が? まさか、夜通しアイオンのそばに?」

「はい。ですから、安心してお休みください」

「ですが、それではフィルナ様に負担が……」

「そんなことはありませんよ。仮眠もとりますし、きちんと防寒対策をしますから!」


 安心させようと言葉を重ねるほど、オスカー様は困ったような顔をした。

 すると、マクシミリアン様が静かに訊ねた。


「なぜ、あなたはそこまでしてくださるのですか?」


 警戒しているわけではなく、彼は純粋な疑問からそう問いかけたようだ。

 私は少しの間考える。


 アイオンがエアルで、オスカー様が私だったら。

 竜医師が、「無理だ。治せない」と言ったとしたら、私はきっと絶望するだろう。

 こんな胸の痛みや苦しみを、誰にも味わってほしくない。

 

「すべての竜と、その家族を救う竜医師でありたいから……でしょうか」


 そう答えると、オスカー様とマクシミリアン様が息を飲んだ。

 無理だ、綺麗事だと笑われたとしても、私はそんな竜医師でありたいと願っている。


 オスカー様がふわりと微笑んだ。彼の感情の高まりを示すように、目元がほんのりと染まっている。


「そんなことを言ってくれる竜医師は、初めてです」

「ええ、本当に」

「マクシミリアン、お前……泣いているのか?」


 あふれた涙をこらえるマクシミリアン様の姿に、その場にいる全員がぎょっとした。


「フィルナ様のお言葉に、か、感激してしまって!」

「はは! お前の気持ちもわかるよ。こんなに寄り添ってくれる人はいなかったものな」


 オスカー様が優しく声をかけて、マクシミリアン様の肩に触れる。

 マクシミリアン様はぐずぐずと鼻をすすりながら、何度もうなずいた。

 よくも悪くも、自分の感情に素直な人なのかもしれない。

  

「不気味な光景だ」


 ヘリアス様が嫌そうな顔でつぶやくので、ちょっと笑ってしまった。

 

「フィルナ。私も今日はここで眠ろう」

「え? ヘリアス様もですか?」

「あなたがきちんと仮眠を取っているか、そのための監視だ」

「監視!?」

「あなたは放っておくと無茶をしそうだ」

「だ、大丈夫です! きちんと眠ります! 以前、ヘリアス様と約束しましたから」

「だろうな。私ならきっと約束させる」


 ヘリアス様は、なぜか得意げにうなずいた。

 私が彼の忠告を聞かずに徹夜をしたことは、覚えていないはずなのに……。

 無茶をする人だと思われているのなら、これから気をつけないと。


「私はきちんと休みますので、ヘリアス様もお休みください。ヘリアス様だってお疲れなのに」

「あなたも同じだろう。それに、一日二日の徹夜で倒れるほど柔な鍛え方はしていない。迷惑でなければ、そばにいさせてくれ」

「迷惑だなんて、そんなことはありません! むしろ心強いです」

「そうか」


 ヘリアス様が優しく目を細めた。

 彼の後ろで、ラインさんが手を上げて言った。


「当然、俺もお供しますよ。氷の掃除でも何でもお手伝いします」

「ラインさん! ありがとうございます、助かります!」

「いえいえ! あ、ちょっと、ヘリアス様……お前はいらないって顔しないでくださいよ」

「していない」


 ヘリアス様はむすっとしたように視線をそらした。

 そこへ、オスカー様も控えめに手を上げて言った。


「私もお供してもよろしいですか? 寒さには慣れておりますし、少しでもアイオンのそばにいたいのです。マクシミリアン、お前はどうする?」

「もちろん私もお供します。ただ、その前に」


 マクシミリアン様は片膝をついて、私に向けて頭を下げた。


「まずは、数々のご無礼を謝罪いたします。申し訳ありませんでした!」

「顔を上げてください、マクシミリアン様、あなたの謝罪はすでに受け取りましたよ」


 マクシミリアン様は頭を下げたまま、首を横に振った。


「あなたは、帝国の竜騎士である私たちや帝国の竜にも、分け隔てなく手を差し伸べてくださいました。私も、そのお心に報いたい」


 彼はようやく顔を上げた。


「どうか何なりとお申し付けください、フィルナ様。力には自信がありますので!」


 と、彼は目を輝かせた。

 オスカー様は苦笑し、ヘリアス様は嫌そうに顔をゆがめた。


「言っておくが、たとえフィルナが許しても、私は許していないからな」

「もちろんです!」

「返事だけはいいが……」


 ヘリアス様は小さくため息をついて、オスカー様をじろっと見やった。


「オスカー殿、あなたはどうなんだ。自分の竜にこの男を関わらせていいのか。私なら絶対に近寄らせないが」

「マクシミリアンのやったことを許すつもりはありません。アイオンにも、そしてフィルナ様たちにも迷惑をかけましたから。それでも……」


 オスカー様はマクシミリアン様を見て、申し訳なさそうな顔をして言った。


「アイオンのために、私について来てくれた男です。彼の罪を、私も一緒に背負います」

「あなたがそう言うのなら、これ以上何も言わない」


 短くそう告げて、ヘリアス様はこの話題を終わらせた。

 その後、ヘリアス様は一度城に戻ると言って、ラインさんとともに竜舎を出ていった。

 マクシミリアン様もオスカー様に声をかけて、防寒具を取りに外へ出た。


 補助竜医師の数も少なくなり、静けさが訪れる。

 すると、背後からアイオンの鳴き声が上がった。

 狼が遠吠えをするように、天を仰いで悲しげに鳴いている。

 子竜が母親を呼ぶ声とよく似ていた。


「たくさん不安なことがあったから、安心するためにオスカー様を呼んでいるのでしょうね」


 オスカー様はアイオンを見つめたまま、黙っていた。


「オスカー様?」

「フィルナ様。アイオンの安全装置を解除できませんか?」

「え……」


 安全装置とは、竜が必ず人を守るように訓練することを指す俗称で、実際にはそのような仕掛けは取りつけられていない。

 それほど特別な訓練ではなく、子竜の時から一緒に過ごし、深い信頼関係を築くことで、竜は自然と相棒を守るようになる。

 または、人を優先的に守るように訓練を施す家もある。


「アイオンの安全装置を解除したいのですか?」


 つまりそれは、アイオンとの絆を断ち切ると言ってもいい。

 オスカー様は迷いなくうなずいた。


「はい。いざとなれば私を捨てて、自分の命を優先してほしいのです」

「それは……」


 竜騎士の中には、自分よりも竜の命を優先する者たちがいる。

 その気持ちは痛いほどわかるけれど……。


「申し訳ありません。安全装置を解除する方法は、わからなくて」


 そもそも、解除しようと思ってできるものではない。

 竜の心を操ったり、それこそ記憶を操らなければ無理な話だ。

 ふと、ルイス様から貰った竜笛を思い出す。教会なら、そういった術を知っている可能性はあるけれど。


「そうでしたか。すみません、変なことを言って。どうか、このことは忘れてください」


 オスカー様は寂しげに微笑み、それから竜房に近づいた。


「おいで、アイオン。私はここにいるよ」


 そう声をかけて、鉄格子の間から手を差しこみ、アイオンへ伸ばす。

 アイオンはようやく鳴くのをやめて、オスカー様の手にすりすりと頭を擦りつけた。


「ごめん。ごめんよ、アイオン。私はここにいるよ」

「キュウゥ……」


 オスカー様の謝罪が、凍りついた竜舎内に寂しく響く。

 いざとなれば……。彼にそんな時が迫っているというのだろうか。


次回更新は1/25です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
私はこういう手のひら返しは大好きです 判断が早くてえらい! フィルナさんがあんまり気にしてないのも、ヘリアス様は根に持つ気満々なのもそれぞれらしくて好きです 感謝の家族もとい身内の理解と協力を得られ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ