氷解アイオン2
アイオンを隔離竜舎に移して、冷却石を使って室温を下げる。
インヴィディア王国の気候は、氷竜にとって暑すぎるとまでは言わないけれど、なるべくルクスリア帝国で暮らしていた時と同じ気温にしてあげたかった。
アイオンはしばらくの間、新しい竜舎を物珍しそうに眺めていた。
「どうかな?」
そう声をかけると、アイオンはじっと私を見た。
そして、クシュンッと小さなくしゃみをした。垂れた鼻水が一瞬で凍りついて、小さなつららができてしまった。
「オスカー様、あのつららは自然に落ちるのですか?」
そう訊ねると、オスカー様はうなずいた。
「ええ、自然に落ちますよ。氷結化を発症してから、ずっとあんな感じで」
「そうですか……」
氷竜の飼育と診察は初めてだから、何もかもが新鮮で、学ぶことばかりだ。
すると、アイオンは竜房の中をのしのしと移動し始めた。
右へ左へ、同じ所を行ったり来たりしている。
「常同行動……」
無目的に同じ行動を繰り返す異常行動のことをそう呼んでいる。
外部からの刺激が足りなかったり、ストレスだったり、原因は様々だ。
「急な環境の変化で、ストレスを感じているのかもしれません」
「それもあるかもしれませんが……。じつは、氷結化を発症する直前からこんな調子なのです」
「そうなんですか?」
氷結化の直前に、何か大きなストレスを感じる出来事があったのかもしれない。
(そのストレスが、氷結化を発症した原因かしら)
氷結化を発症する原因は、まだ解明されていない。
主な治療法は、投薬や氷管の穿刺の他に、氷管を切って氷を取り除く方法がある。
ただ、氷結化は再発率が高いため、ストレスなどの原因を取り除かなければ意味がない。
(痩せているわけでもない。鱗も綺麗に手入れされている。とても丁寧に、大切にされてきた竜だわ)
とりあえず、氷結化が始まった時期に何かあったのか聞いてみないと。
そう考えていると、オスカー様が私より先に口を開いた。
「フィルナ様、今日はアイオンにこれを飲ませる日なのですが、飲ませても大丈夫でしょうか?」
これ、と言って見せられたのは、小さな木箱だった。
「これは、何かの薬ですか?」
「氷竜専用の滋養強壮薬です」
「これが噂の帝国の秘薬ですか……!」
思わず興奮気味に木箱を見つめると、オスカー様は不思議そうな顔をした。
「そんなに珍しいものですか?」
「はい! 帝国の秘薬ですから! 何を使用しているのか、とても気になります」
「そうなんですね。どうぞ、手に取ってご覧ください」
「え? よろしいのですか? 薬の飲み合わせを確認したいので、私は助かりますが……」
「もちろんです」
「ありがとうございます!」
差し出された木箱を受け取ると、チャリ、と音を立てて何かが床に落ちた。
それは金属製の竜笛に見えた。
「これは……?」
「うわぁ!?」
「えっ!?」
オスカー様が、びっくりするくらい大きな声を出すので、私の心臓が跳ね上がった。
こちらの様子を見守っているヘリアス様やラインさんも目を丸くしている。
「す、すみません、私の竜笛です」
オスカー様は恥ずかしそうに謝罪して、慌てて竜笛を拾った。
一体何だったんだろう。今も心臓がバクバクと暴れている。
(大きな傷がついた竜笛に見えた。それに、女神イーリスが刻まれていたような気がするけれど……)
気にはなったけど、オスカー様の表情からして、先ほどの竜笛には触れてほしくなさそうだ。
竜笛のことはひとまず脇に置いて、私は木箱の蓋を開いた。
中には茶色の粉末が入っていた。これを水で何倍にも薄めて、竜に飲ませるらしい。
(この薬は、帝国から持ち出し厳禁のはず……。まさか偽物とか?)
情報漏洩を考えて、竜には無害の別の薬に変えている可能性はある。
でも、オスカー様はそれほど重要なものだと思っていないみたいだし、もしかしたら本物なのかもしれない。
どちらにしても、資料に残せば後々問題になるだろう。
私は、木箱をそっと鼻に近づけた。
鼻にツンとくる、強いにおいがする。
頭の中に、数種類のハーブや特殊な材料が思い浮かぶ。すべてではないけれど、何となく使われている材料がわかった。
「今の状態のアイオンには、負担になる可能性がありますね。しばらくの間、控えた方がいいと思います」
オスカー様は目をぱちくりとさせた。
「においで判断できるのですか?」
「すべてではありませんが、使用されている材料は、主に美麗ニンジンや太陽の木の樹皮、勝利のオリーブなど、他にも数種類のハーブでしょうか」
「すごい……! そんなことまでわかるなんて!」
「ふん。偶然、または当てずっぽうでしょう」
マクシミリアン様は、気に入らないとばかりに鼻を鳴らした。
「そんなことで威張られても困りますね。まったく、インヴィディアの小娘に何がわかるというのだ」
「やめるんだ、マクシミリアン! 無礼にもほどがあるぞ!」
「お言葉ですが、滋養強壮薬は氷竜の力の源。人間であれば、たちまち卒倒してしまうほどの強力な薬ですが、これを与えるからこそ、帝国竜は強い竜として育つのです! これさえあれば、病などたちまち治ってしまうでしょう」
「それでも治っていないから、フィルナ様に頼んでいるのだろう」
「効果を発揮するまでに時間がかかっているだけです。氷竜の相棒である我らが判断し、我ら自身で治療するべきです。インヴィディアの竜医師など、頼る必要はありません」
マクシミリアン様は威圧的な口調で言った。
「氷竜のことを何も知らない素人同然のインヴィディアの竜医師に、何も指図されたくありませんな」




