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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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氷解アイオン

 黒い羽根が舞う。

 私が黒竜――アラストルのいる竜舎に足を踏み入れた瞬間、竜房の中が騒がしくなった。

 ここにいるのはアラストル一頭のみだ。


「どうしたの?」


 アラストルは鉄格子の隙間に鼻を差しこんで、ふんふんとひくつかせている。

 私のにおいを嗅いでいるみたいだ。

 黙って様子を見ていると、アラストルは興奮したように翼をばたつかせ始めた。


「落ち着いて」


 竜笛を吹くと、翼をばたつかせるのは止めてくれたけれど、「キャア、キャア」と鳴いて、目を爛々とさせている。

 怒っているわけじゃない。むしろ、何かに喜んでいる反応だ。


「どうしたんだろう……」


 私が移動すると、アラストルも雛のようについて来る。

 それを見たマシーシャさんが首を傾げて、


「急にどうしたんでしょう。フィルナ様から美味しそうなにおいがしたとか?」

「におい……?」


 直前までエアルの散歩をしていたけれど、アラストルとエアルは、まだそこまで仲良くなっていないはず。

 ひとつ思い当たるとすれば……。


「まさか、この竜笛?」


 私は、ポケットに入れていた竜笛を取り出した。

 すると、アラストルの目はその竜笛に釘付けになった。

 これは、ルイス様から渡された、ヘリアス様の記憶を取り戻すための竜笛だ。


 まだ、ヘリアス様の記憶は戻せていない。

 記憶を戻した時にヘリアス様が気を失う可能性を考えて、仕事が落ち着いた日に行うと決めていた。それが、今日だった。


(ヘリアス様が巡回から戻ったあとに試すという話だったから、持ち出してきたのだけれど……)


 なぜ、アラストルはこの竜笛に反応したの? 思考の海に沈みそうになった私を、騒がしい鐘の音が引き戻した。


「誰か来た?」


 客人訪問の連絡は受けていない。

 私はマシーシャさんにアラストルを任せて、城門の方へ向かった。

 そこには、ちょうど巡回から戻られたばかりのヘリアス様の姿もあった。


「ヘリアス様! あの鐘の音は……?」

「連絡はなかったが、珍しい客人が来たようだ」


 そう言って、ヘリアス様は空を仰いだ。

 空には二頭の竜が飛んでいて、こちらの様子を探るように旋回している。


 やがて、二頭の竜は風を巻き上げながら、私たちの前に舞い降りた。

 その竜の姿を見た時、身体の奥から高揚感が湧き上がってきた。


 私たちが普段目にしている野生の竜よりも、さらに大型の竜だった。

 削り出した氷のように透き通った二本の角。

 下顎から胸部にかけての鱗は深い紺色をしていて、残りの半身は雪のような白で覆われている。


「氷竜……!」


 私の声は興奮でうわずっていた。

 インヴィディア王国では滅多にお目にかかれない、氷属性の竜だ。


「これが氷竜なんですか!」


 いつの間にか背後にいたシーラが、ひどく驚いた声を上げた。


「ええ。氷竜はルクスリア帝国にしか生息していない、とても珍しい竜よ」

「へぇ〜! え? ということは、彼らは……」


 シーラの顔に、さっと緊張が走る。

 低く唸り声を上げる氷竜の背中から、漆黒の竜騎士服を纏った男性が降り立った。

 濡れた氷のように煌めく銀髪に菫色の瞳をした、十代後半くらいの端正な顔立ちの青年だ。


 彼がヘリアス様に向けて敬礼をすると、それに応えるように、ヘリアス様も敬礼をした。

 ヘリアス様の隣に並んだ私も、深く一礼した。


「私はルクスリア帝国の竜騎士、オスカー・クリスタロスと申します。突然お伺いして申し訳ありません。ヘリアス卿に頼みがあって参りました」

「帝国の竜騎士……それもクリスタロス侯爵家のご子息が、なぜここに?」


 クリスタロス侯爵。帝国の最有力貴族の序列において、第二位に数えられる家のはず。

 オスカー様は深くうなずいて、


「あなたの奥方は、腕のいい竜医師だと聞いたので」


 ちらりと、その目が私を見た。そう言われると少し緊張する。


「フィルナに用があるということは、竜の治療か」

「その通りです」

「その竜はどこに?」

「はい。私の竜、アイオンです」


 彼は、自身の氷竜――アイオンを見上げた。

 見たところ、怪我をしている様子はない。それに、怪我だったらここに運ばず、帝国で治療しているはず。


 私がじっとアイオンを観察していると、ちょうど首のあたりから、白い靄のようなものが噴き出したように見えた。


(今のは……?)


 その時、私の視界をさえぎるように、体格のいい男性が立ちはだかった。

 彼は私を見下ろして片眉を跳ね上げ、それからオスカー様に視線を向けた。


「オスカー様、やはり私は反対です。インヴィディア王国の、それも女の竜医師に診察させるなど、不安でしかありません」

「よせ、マクシミリアン!」


 オスカー様が鋭く叱責する。

 マクシミリアン様は、三十代くらいの目つきの鋭い竜騎士の男性だ。

 彼は不満そうな顔で、私をにらんでいる。

 ルクスリア帝国では、女性の竜医師はまだまだ少ないとは聞いていたけれど……。


「貴様……わざわざ乗りこんできて、いい度胸だな」


 ヘリアス様が鼻で笑った。

 冷え切ったその目を見て、オスカー様が慌てて謝罪した。


「フィルナ様、そしてヘリアス卿、不快にさせてしまい申し訳ありません!」

「い、いえ、大丈夫です。私のことよりも、竜の状態が気になります」


 正直に言うと、早くアイオンに近づきたいし、一刻も早く症状を和らげてあげたい。

 私がうずうずしていることに気づいたのか、ヘリアス様は少し困ったように笑った。


 仕方ないというように、ヘリアス様は一度怒りを鎮めて、オスカー様に視線を向けた。


「オスカー殿。本来、帝国の竜は帝国の竜医師が治療することになっているはずだが」

「ご心配ありません。すでに両国の許可は得ております」

「……ならば、せめて連絡くらい入れてくれ。撃墜されたいのか」

「も、申し訳ありません」


 ヘリアス様はあきれたようにため息をついてから、私を見た。


「頼めるか、フィルナ」

「もちろんです。オスカー様、気になるのは喉元ですよね」


 オスカー様は目を見張り、大きくうなずいた。


「驚きました。すでに気づいておられましたか」

「はい。冷気のようなものが見えましたから」


 マクシミリアン様はふんと鼻を鳴らし、「偶然でしょう」とつぶやいた。

 だけど、ヘリアス様ににらまれ、慌てて視線をそらした。


 私はアイオンにゆっくり近づいた。

 アイオンが唸り声を上げるたびに、わずかに開いた口から冷気がこぼれた。


 威嚇しているのかと思ったけれど、近づいても暴れることはなく、とても大人しい子だった。

 オスカー様たちが、じっと真剣な顔でこちらを見つめている。

 私は下からアイオンの身体を覗きこんだ。やはり、首周りに霜がついている。


「これは、氷結化ですね」

「氷結化とは?」


 ヘリアス様が訊ねる。


「本来は外に吐き出す氷が、体内に逆流してしまう病気です。今は、氷の通り道である氷管ひょうかんが凍っていますが、やがて全身が凍りつきます。このまま放置すれば、命に関わります」


 オスカー様が痛みをこらえるように眉を寄せた。


「帝国で治療は?」

「受けさせましたが、まったく効果がありませんでした」

「そうですか……」


 氷竜の治療はさすがに初めてだ。ここで治療できるとは断言できない。

 だからといって、見過ごすことはできない。アイオンも、オスカー様のことも。

 

 オスカー様に視線を向けると、彼のにぎり拳がカタカタと震えていた。

 ここにたどりつくまでに、何度「治せない」と言われてきたのだろう。

 私は覚悟を決めるように深く息を吐いて、それから口を開いた。


「まずは隔離竜舎で、アイオンの状態を確認させていただきます。この子にとってどのような処置が良いのか、一緒に考えていきましょう」

「フィルナ様……!」


 オスカー様はっと息を飲み、それから胸に手を当てて微笑んだ。

 歓喜と安堵からか、色素の薄い肌がじわじわと赤く染まっていく。


「ありがとうございます! どうか、アイオンをよろしくお願いします!」


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― 新着の感想 ―
ヒーローが主人公との思い出を失ってしまったなら記憶の回復を最優先にして欲しい! と思うところでしょうが、笛を渡してきた相手がちょっと胡散臭いもとい怪しいし、ヘリアス様記憶無くても安心感が凄いし、何より…
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