祝福のエレスチャル30【次回1/16に更新変更の追記】
ルイス様は私に向き直り、にこりと愛想よく微笑んだ。
「また会えましたね、フィルナ様」
「ええ。お会いできて光栄です、ルイス様」
この方は以前、ヘリアス様について何か困りごとはないかと訊ねてきた。
そのことがあって、どうしても警戒してしまう。
「開会式を見届けたあと、エレクトラに戻るつもりなのです。その前に、これをあなたに渡そうと思いまして」
そう言って、ルイス様は竜笛を差し出した。
何の変哲もない木製の竜笛に見える。
受け取って眺めてみても、特におかしなところは見当たらなかった。
「この竜笛は?」
「ヘリアス卿の前でこれを二度吹いて、『あなたはすべて思い出す』と言ってください。そうすれば、記憶が戻りますよ」
シーラとフェリシアが息を飲んだ気配が伝わってきた。
一拍置いて、心の乱れを鎮めてから口を開く。
「やはり、ヘリアス様の記憶喪失を知っていたのですね」
「ええ」
「そして、記憶の戻し方も知っている」
「それについて詳しいことはお教えできませんが……今回、教会関係者が引き起こした一連の件により、みなさまに多大なご迷惑をおかけしました。そのお詫びのひとつとして受け取ってください」
「……わかりました」
「禁術ですので、使用後は燃やしてください」
彼はさらっと恐ろしいことを口にした。
細められた瞳の奥に深い闇が垣間見えた気がして、背筋に冷たい汗が流れる。
「教会は、古代竜の存在を把握しておられるのですか?」
ヘリアス様の記憶喪失やその戻し方を知っているのなら、古代竜の存在を知らないはずはない。
ルイス様は隠すことなくうなずいた。
「もちろんです。古代竜は元々教会が管理しておりましたから」
「え?」
「二百年前、エレクトラに迷いこんできたのですよ。古代竜が見つかったとなれば、インヴィディア王家の王位争いが始まる。そのため、古代竜の存在を隠して管理していたのです」
教会の重大な秘密が明かされ、私だけでなく、シーラとフェリシアも激しく動揺している気配が伝わってきた。
彼はこちらのことなどお構いなしに言葉をつづける。
「ですが、古代竜は逃げてしまった。その管理者とともに」
「管理者……」
それがエマさんなのだろう。つまり彼女はイーリス教会の人間ということだ。
「フィルナ様。あなたは古代竜の保護を目的としているはず。もし古代竜を保護したその時は、その扱いや所有権に関しては王家にお任せします。ただ、管理者の少女だけはこちらに引き渡してください」
「彼女をどうするおつもりですか」
「古代竜を逃した重罪人として裁判にかけますが……大丈夫、悪いようにはしませんよ」
抱えている秘密があまりにも多いためか、彼の言葉を素直に信じることができない。
セイレニア教も彼女を狙っていた。エマさんは、古代竜の管理者以外にも、大きな秘密を抱えた存在なのかもしれない。
「それでは、これで失礼いたします。またどこかでお会いしましょう」
ルイス様はこちらの返事を待つことなく、私のそばを通り過ぎていった。
◇◇◇
開会式は中央広場で行われる。私が演説で使用した場所だ。
バルコニーの前にはヘリアス様がいた。彼は私に気づくと優しく目を細め、穏やかに微笑んだ。
「こっちだ、フィルナ。もう始まる」
「はい、ヘリアス様!」
差し出された右手を取って、彼の隣に並ぶ。
中央広場には大きな舞台が設置されていて、その周囲を埋め尽くすように人々が集まっていた。
「主催地の責任者が開会式に遅れるところだった」
「お疲れ様です、ヘリアス様」
ヘリアス様の横顔には、わずかに疲労の色が浮かんでいた。
連日、シセラ様やエルヴィア様の件で忙しくされていたのだから、当然だろう。
あのあと、シセラ様は結晶化の治療を受けつつ、尋問を受けた。
彼女は私への殺意を認め、殺人未遂の他にも、複数の重罪が確定した。
けれど、レキエスという侍女について、セイレニア教であること以外は特に新たな情報はなかった。
そして、そのレキエスはすでにアパテール家から姿を消しており、行方がわからなくなっていた。
アパテール家は今回の一件で七将から外され、シセラ様の父親は娘と同罪として拘束された。
母親はこの件に関与していないとして、監視つきの軟禁状態となった。
そして、牢屋で拘束されていたエルヴィア様は、剣で心臓を貫かれて亡くなっていたそうだ。
レキエスの仕業なのか、それとも別の誰かなのか……エルヴィア様はよほど怖い目に遭ったのだろう、その顔は恐怖にゆがんでいたという。
(彼はルイス様を大罪人と呼び、殺害しようとしていた。何かを知っていたから、消されてしまった?)
底の見えない闇を宿したルイス様の目を思い出し、身体が震えた。
憶測で考えるのはよくないと思いつつも、ひとつの可能性が頭をよぎってしまう。
私は嫌な想像を振り払い、ヘリアス様の手を取った。
「ヘリアス様。ほんの少しでいいので、ソファーでお休みください」
「もっと、あなたと話していたいのだが」
「う……!」
そんなことを言われて、嬉しくないはずがない。けれど、ここは絆されないようにしないと、ヘリアス様が倒れてしまう。
「私もお話ししたいですが、今はお休みください。あなたの身体が心配です」
「だめか」
ヘリアス様は諦めたように小さく笑い、バルコニーに設置されたソファーに腰を下ろした。
その隣に、私も腰を下ろす。
「どうぞ、肩に寄りかかってもらっても大丈夫ですよ! お支えしますから!」
「あなたは頼もしいな」
ヘリアス様はくすりと笑って、私に寄りかかって目を閉じた。ほんの数秒で寝息が聞こえてくる。本当に疲れていたらしい。
アルトリーゼ家の象徴である赤い髪が、私の視界を埋める。
その光景と左肩のかすかな重みが信頼の証のようで、思わず口元が綻んだ。
その時、ヘリアス様の胸元できらりと光が反射した。
火の竜の鱗とティロの石をつけた首飾りだ。
これをお渡しした時のヘリアス様の瞳の輝きと、彼の熱烈なプロポーズの言葉を思い出して、かあっと顔が熱くなる。
(ルイス様から貰った竜笛のことを伝えるのは、開会式が終わってからにしよう)
今はこのひとときの休息を、静かに味わっていたかった。
しばらくして、竜品評会の開会を告げる竜笛の音が鳴り響き、弦楽器の壮麗な旋律が流れ出した。
小さな寝息を立てていたヘリアス様が目を覚まし、顔を上げる。
すると、空から金色の流れ星が降ってきた。
それは大きく翼を広げて、静かに中央広場に降り立った。
その瞬間、広場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「エレスチャル! ヘリアス様、エレスチャルが来ましたよ!」
「ああ。待ってくれ、今行くから」
つい興奮気味にヘリアス様の手を取ると、彼は困ったように小さく笑いながら立ち上がった。
私はバルコニーから少し身を乗り出し、中央広場を見下ろす。
エレスチャルは、こんなに大勢の人々に囲まれ、拍手や声援を送られても、怯えるどころかむしろ得意げに胸を張っていた。
その後ろ足はしっかりと地面を踏みしめている。
自らの足で歩いている姿を見られただけで、こみ上げてくるものがある。
(後ろ足が動くようになっただけじゃなく、ルネ様との訓練のおかげで、この短期間で人前に出られられるようになるなんて……!)
ルネ様の腕前はもちろんのこと、彼とエレスチャルの信頼関係の強さを改めて思い知らされた。
そして、そのエレスチャルの背中には、脊髄が修復したことを示す水色や薄い桃色の花が咲き誇っていた。
金色の星の川に咲いた淡い花畑の美しさに、人々は息を飲み、やがて感嘆のざわめきが広がっていった。
「これが光竜か! なんて綺麗な竜だろう」
「見て、背中にたくさん花がついてる! 可愛い!」
「よかったわ。後ろ足、ちゃんと動くようになったのね!」
人々の賞賛と祝福の声を浴びながら、ルネ様はエレスチャルの背中から滑り降りた。
彼はアルトリーゼ家所属であることを示す、赤を基調とした華やかな衣装に身を包み、誇らしげに微笑んでいる。
そんなルネ様を見て、ヘリアス様が言った。
「エレスチャルと再会してから、見違えるように明るくなったな」
「そうですね。彼にとってエレスチャルは、生きる意味そのものだそうですから」
ルネ様は竜品評会開催の挨拶をしてから、エレスチャルの治療に協力してくれた人々への感謝を告げた。
一斉に拍手が沸き起こり、ルネ様はその波が静まった頃に再び口を開く。
「結局、竜品評会とはどのような競技なのかと疑問に思う方もいらっしゃるでしょう。竜品評会とは竜の強さではなく、美しさを競う祭典でございます。そして、竜を誘導する竜調教師との絆も審査対象です」
ルネ様はエレスチャルを見上げ、その目を見つめてひとつうなずく。
「我々が勝ち上がるために必要なのは美しさと絆……最後にほんの少しの愛嬌。つまり、審査員に贔屓してもらうためのジャッジアピールです」
うんうん、とエレスチャルが大きくうなずいたので、人々の中から温かな笑いが起きた。
「エレスチャルは今回出場できませんが、観客であり審査員でもあるみなさまに向けて、精一杯の感謝の演技をお見せします。改めまして、エレスチャルの治療へのご協力、心より感謝いたします。そして――」
ルネ様はこちらを見上げて、祈るように両手を組んだ。
「ヘリアス様とフィルナ様に、私の愛した竜を助けてくださったことへの深い感謝と祝福を捧げます」
その瞬間、ルネ様のポーズを真似るようにエレスチャルが後ろ足で立ち上がり、私たちに向かって前足を合わせてお願いのポーズをした。
しっかりと前足を上下に振って、何かをねだるように期待の眼差しを向けてくる。
そのあまりの可愛さに、私とヘリアス様は吹き出してしまった。
「ジャッジアピールだ!」
「成功したみたい!」
「おめでとう、エレスチャル!」
中央広場に人々の笑いと祝福の声が響き渡った。
それを見て、ヘリアス様は何かを思いついたように言った。
「開会式部門の優勝者が決まったようだ。そうだろう、フィルナ」
「ええ、そのようです!」
私たちは顔を見合わせて微笑み合う。
本来はそのような部門はないけれど、エレスチャルとルネ様にとっては、きっと忘れられない記念になるだろう。
「開会式部門の優勝者は、エレスチャルとルネ様です!」
私がそう声を張り上げると、広場はどっと歓声に包まれた。
今までで一番の盛り上がりを見せ、いつまでも拍手とエレスチャルへの祝福の声が鳴りやまなかった。
祝福のエレスチャル 終
追記:次回更新1/16に変更について
1/14までお休みをいただいておりましたが、次回更新を1/16に変更させていただきます。
自分が納得できる作品をお届けしたいため、少し延長させていただきます。
お待たせして本当に申し訳ありません。
どうぞよろしくお願いいたします。




