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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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祝福のエレスチャル29

 シセラ様はよろよろとおぼつかない足取りで近づいてくる。

 頭からこめかみにかけて血の筋ができていて、右腕に発生した結晶は首元にまで届いていた。


「信じていましたわ、お兄様! 私を助けに来てくださったのね! やっぱりお兄様は私を愛して――」

「近づくな」


 シセラ様の喉元に剣先が突きつけられ、彼女は「ひっ!」と小さく悲鳴を上げた。


「そ、そんな、どうして……?」

「印章を持ち出し、私をアパテール管理区に留めて、ラドロンを使ってフィルナを殺そうとしたな」

「ち、違います!」

「お前に聞かずとも、調べればわかることだ。ちょうど、お前の使った竜笛が見つかったようだ」


 こちらに駆け寄ってきた竜騎士が、白い布で包まれた竜笛を見せた。

 シセラ様は取り乱した様子で叫んだ。

 

「違うの、違うのよ! レキエスにやれって言われたから!」

「そのレキエスについても聞かせてもらう。フィルナを殺そうとしたお前は、もう私の守るべきアウデンティアの民ではない。敵だ」

「て、き……?」


 ヘリアス様は冷厳な目で、シセラ様を射抜いた。

 シセラ様は怯えたように瞳を揺らし、息切れしたように呼吸を繰り返している。

 さらに追い討ちをかけるように、ヘリアス様は言葉をつづけた。


「お前は私の妻を殺害しようとした。セイレニア教と結託し、公爵家への反逆行為を行ったとして拘束する。もう二度と、外の空気は吸えないと思え」


 明確に敵と認定されたシセラ様は、その事実を拒絶するように激しく首を左右に振った。


「うそよ、私が犯罪者だなんて……痛っ!」


 シセラ様は顔をゆがめて右手を押さえた。彼女の右手の甲は黄色い結晶で覆われていた。

 

「い、嫌よ! こんなのうそ!」


 シセラ様は青ざめ、すがるようにこちらに手を伸ばした。


「ねえ、ごめんなさい! 今までのことは全部謝りますから、私を助けて! 何でも言うことを聞きます! お兄様、フィルナ様、お願いします!」


 シセラ様は祈るように両手を組み、涙を流しながら懇願した。

 私は彼女を鋭く見据えた。脳裏に浮かぶのは、祈るように前足を合わせて動かすエレスチャルの姿だ。

  

「エレスチャルだって、そう思ったでしょう」

「え?」


 シセラ様はきょとんとした顔をした。


「何度もあなたに『お願い』をしたのではありませんか? 何度も『助けて』と。あなたはそんなエレスチャルを見捨てたのではありませんか?」


 シセラ様には何も響かないのか、戸惑うような顔をしていた。

 ヘリアス様はその唇に軽蔑したような笑みを浮かべて言った。


「エレスチャルの苦しみを知るいい機会だ。同じ姿になってみて、どんな気分だ?」

「同じ姿?」


 シセラ様はもう一度右手を見てから、震えるその手で首に触れた。

 その指が首元の結晶に触れた瞬間、彼女はかっと目を見開いた。


「ああ、ああぁぁぁぁ! 汚い! 気持ち悪い! こんなの私じゃない!! 私じゃないのよぉ!!」


 シセラ様は自身の姿に絶望し、力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。


◇◇◇


 静寂に包まれた教会の中で、カツンカツンと靴音が響く。

 海の女神セイレニアの像の前で、熱心に祈りを捧げる背中に近づくと、その人がこちらを振り返った。

 全身をローブに包んだその方の顔は、私からは見えなかった。


「帰ったのですね、レキエス」


 美しい声が私の名を呼ぶ。

 私は内心歓喜に震えながら、恭しく一礼して言った。


「ただいま戻りました。奥様」


 そう、私が本来仕えるべき相手は、あんな馬鹿なお嬢様ではない。


「レキエス。ヘリアスは殺せましたか?」

「……いえ、殺せませんでした。申し訳ありません」

「そう……。やはりただのラドロンでは、あの男は殺せませんか。やはり化け物ですね」


 奥様は残念そうにつぶやいた。ああ、私が力不足なばかりに、奥様を落胆させてしまった。

 彼女は今思い出したというように、「エルヴィアは?」と訊ねた。


 私が首を横に振ると、奥様は特に興味もなさそうに「そうですか」とつぶやいた。


「あの男には最初から期待していませんでしたから。せめて、大罪人の穢れた娘を連れて帰ってきてくれれば、人質にできたのに」


 奥様は両手を組み、再び女神像を見上げた。


「早くあの男と穢れた妻を殺し、アルトリーゼ家を取り戻さなければ。そして今度こそ……私たちの子供が跡継ぎとなるのです。ねえ、オリアス様」


 うふふっと楽しげな声が、やがて調律の乱れた楽器のように揺らぎ始めた。


◇◇◇


 セイレニア教の侵入と大型ラドロンの襲撃により、竜品評会は二週間延期となっていた。けれど、今日ようやく開会式を迎えることができた。


 私はその様子を観覧するために社交館を訪れていた。

 館内の廊下を歩いていると、シーラが弾んだ声で言った。


「建物の中にいても、外のざわめきが聞こえてきますね! どんなお店が出ているでしょうか!」

「ふふ、楽しみね」

「気を緩めてはいけないわ、シーラ。まだレキエスは捕まっていないのよ? 私たちが奥様をお守りしなければ」


 そうフェリシアに諭され、シーラはしょぼんと肩を落とした。


「そ、そうですよね。というか、フェリシア様は病み上がりなんですから、無理しちゃだめじゃないですか!」

「結晶化は完治しましたから大丈夫です」

「えー?」


 私は後ろを歩くふたりに視線を向けた。


「シーラの言う通りですよ、フェリシア。あなたはもう少し休んでいてもいいと思います。まだ背中の傷は治りきっていないのでしょう?」

「お気遣いありがとうございます、奥様。ですが、私はベッドの上で眠っている方が不安になるのです。今この瞬間も、奥様に何かあったらと思うと……」

「その気持ちわかります」


 うんうん、とシーラが神妙にうなずく。

 ふたりとも、近頃やけに過保護になってきたような気がする。きっと、私が何度も危ない目に遭っているのが原因だ。

 

(心配をかけないように、襲われたらとっさに麻酔針を刺せるような訓練が必要ね)


 襲われる前提なのは悲しいけれど、用心に越したことはない。

 脳内で敵の身体にぷすぷす針を刺すイメージを試していると、廊下の先に誰かが立っているのが見えた。

 静かに窓の外を眺めているのは、ルイス様だ。

 

 セイレニア教が近くに潜んでいたというのに、無防備にも彼は、ぽつんとひとりで立っていた。


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― 新着の感想 ―
あけましておめでとうございます! 早速続きが読めて嬉しいです 名前も出したくない気持ち悪い男が速攻で退場してくれてヘリアス様ありがとう 自分の脳内の中だけのことをさも現実のように吹聴して、フィルナさ…
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