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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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祝福のエレスチャル26

「そんな、フェリシア……!」


 私は倒れているフェリシアに駆け寄った。

 呼吸はある。でも、トゲが刺さった場所からじわじわと血があふれ出している。


「フェリシア、しっかりして!」


 呼びかける声が震える。

 フェリシアは小さく呻いて、視線だけでこちらを見上げた。


「奥様、ご無事で?」

「ええ、私は大丈夫! でも、あなたが……」

「よかった……奥様を守れて」


 フェリシアは痛みに眉を寄せながら、ふっと微笑んだ。


(まずは応急処置を……とにかく、安全な場所に移動させないと!)


 次の攻撃を警戒しながら、ラドロンの様子を確認する。

 不思議なことに、ラドロンはその場から一歩も動いていなかった。じっとこちらの命令を待っているだけで、攻撃を仕掛けた様子もない。


 どういうこと? そう疑問に思っていると、シセラ様の悲鳴が上がった。


「いやぁぁぁぁ! 何よ、これ!?」


 シセラ様の右腕には、かすかに血がにじんでいた。

 彼女のそばにはトゲが一本落ちている。どうやらトゲが掠ったようだ。

 すると、その傷から黄色の結晶が発生し、シセラ様の肌を侵食し始めた。


(まさか、結晶化!?)


 フェリシアの背中を見ると、トゲが刺さった場所から結晶が発生し、凄まじい速度で広がっていくのが服越しにわかった。


「うそ、うそよ! 人間は結晶化しないんでしょう!? ねぇ、フィルナ様!」

「シセラ様、静かに!」


 素早く周囲に視線を向けると、木々の間をゆっくりと移動する大型ラドロンの姿が見えた。


(もう一体!? そうか、二体の殺し屋……もう一体が隠れていたなんて!)


 私はぐったりとしているフェリシアの上半身を抱えながら、声を上げて泣いているシセラ様に呼びかけた。


「シセラ様。死にたくなければ、静かについて来てください」

「う、うぅ……!」


 シセラ様が泣きながらついて来るのを確認し、フェリシアを連れて近くの大木に向かう。


「奥様……私を置いて、逃げてください。感染、してしまいます」


 フェリシアが掠れた声で言った。意識を保つのもつらいのか、目が閉じかけている。

 

「私なら大丈夫です。それに、あなたを置いてはいけません」

「でも、ラドロンが近くに……」

「何とかしてみせます。私、運は強い方ですよ」


 安心させるように、そして彼女が意識を失ってしまわないように声をかけると、腕の中でフェリシアがふっと微笑んだ気がした。


「私も、奥様のお役に立てましたか?」

「フェリシア?」

「私も、シーラみたいに……ずっと、奥様のお役に立ちたかったから……うぅっ!」

「フェリシア!」


 私は大木の陰にフェリシアを移動させると、その体を横向きに寝かせて、背中の状態を確認した。

 トゲは浅く刺さっていたようで、移動させている最中に自然と抜け落ちていた。


(トゲが二本も刺さっていたから、シセラ様と比べて結晶化が早い)


 服の隙間から背中を確認すると、結晶はすでに首の方まで伸びていた。


(人間用に治療薬を作っている暇はない。竜用の治療薬を使わないと)


 私はフェリシアの手を取って、強くにぎった。


「私を守ってくれてありがとう、フェリシア。あなたのことは絶対に助けます。だから、眠ってしまわないで。お願い、どこにも行かないで」

「奥様……っ!」


 フェリシアの目から涙がこぼれ落ちる。

 私は彼女の手をそっと地面に下ろすと、腰のポーチから治療薬の入った小瓶を取り出し、中身を注射器で吸い出した。


(大丈夫、あせらないで。薬剤耐性がつくのは二度目の投与から。とにかく今は、これ以上の進行を止めないと!)


 注射器をフェリシアの右腕に近づけると、横からシセラ様の手が伸びて、私の腕をつかんだ。


「シセラ様!? 離してください!」

「それは私の薬でしょう! 侍女がひとり死ぬくらいいいじゃない!」

「何てことを言うのですか!」


 フェリシアの命を軽んじられた怒りと、治療を邪魔されたあせりで、心臓がバクバクと鳴り響いた。

 シセラ様は必死の形相で、私の手から注射器を奪い取ろうとする。


「身体中が針で刺されたみたいに痛いのよ! もう我慢できない! 私は絶対に死にたくな――」


 風を切る音とともに、何かが凄まじい勢いでシセラ様の頭を打った。

 ガンッと鈍い音が響き渡り、シセラ様は白目を剥いてその場に倒れる。


「シセラ様!?」


 彼女の後ろに、誰かが立っている。

 そして、彼女の頭を打ったのが、剣の鞘だということがわかった。 


「最後に役に立ってくれたな。ヘリアスをアパテール管理区に留めてくれたことには感謝しているよ、シセラ」


 恐る恐る顔を上げると、そこにはエルヴィア様が立っていた。

 彼はシセラ様を冷たく見下ろしている。


(どうして、エルヴィア様がここに?)


 でも、薬を投与するなら今のうちだ。私は素早くフェリシアに薬を投与した。

 すると、首にまで広がっていた結晶の侵食速度が、徐々に遅くなっていく。

 治療薬が人間にも有効だとわかり、ほっと息をつく。


「あなたは本当に優秀ですね」


 頭上からエルヴィア様の声が降ってきて、ドッと心臓が跳ねた。

 さりげなく、背後に置いた騎兵銃に手を伸ばす。


(先ほどのエルヴィア様の発言からして、ヘリアス様をアパテール管理区から動けなくしたのは、エルヴィア様の指示?)


 真相はわからないけれど、エルヴィア様はヘリアス様がここにいないとわかって、こちらに接触してきた。

 油断はできない。


 あと少しで騎兵銃に手が届く。その時、エルヴィア様が騎兵銃を蹴り飛ばした。

 そして、私の左腕をつかんで、強く引き寄せられる。


 顔を上げたその向こうには、軽蔑の表情を浮かべたエルヴィア様がいる……そう思ったのに、彼はなぜかうっとりと目を細めて、私を見つめていた。


「ああ、やっと会えましたね! さあ、こちらに来てください」

「や、やめて、離してください!」

「抵抗しないで、俺のウタヒメ。俺と幸せになりましょう」

 

 そう言って、エルヴィア様は目元を染めた。

 全身に鳥肌が立ち、背筋が凍った。


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