祝福のエレスチャル26
「そんな、フェリシア……!」
私は倒れているフェリシアに駆け寄った。
呼吸はある。でも、トゲが刺さった場所からじわじわと血があふれ出している。
「フェリシア、しっかりして!」
呼びかける声が震える。
フェリシアは小さく呻いて、視線だけでこちらを見上げた。
「奥様、ご無事で?」
「ええ、私は大丈夫! でも、あなたが……」
「よかった……奥様を守れて」
フェリシアは痛みに眉を寄せながら、ふっと微笑んだ。
(まずは応急処置を……とにかく、安全な場所に移動させないと!)
次の攻撃を警戒しながら、ラドロンの様子を確認する。
不思議なことに、ラドロンはその場から一歩も動いていなかった。じっとこちらの命令を待っているだけで、攻撃を仕掛けた様子もない。
どういうこと? そう疑問に思っていると、シセラ様の悲鳴が上がった。
「いやぁぁぁぁ! 何よ、これ!?」
シセラ様の右腕には、かすかに血がにじんでいた。
彼女のそばにはトゲが一本落ちている。どうやらトゲが掠ったようだ。
すると、その傷から黄色の結晶が発生し、シセラ様の肌を侵食し始めた。
(まさか、結晶化!?)
フェリシアの背中を見ると、トゲが刺さった場所から結晶が発生し、凄まじい速度で広がっていくのが服越しにわかった。
「うそ、うそよ! 人間は結晶化しないんでしょう!? ねぇ、フィルナ様!」
「シセラ様、静かに!」
素早く周囲に視線を向けると、木々の間をゆっくりと移動する大型ラドロンの姿が見えた。
(もう一体!? そうか、二体の殺し屋……もう一体が隠れていたなんて!)
私はぐったりとしているフェリシアの上半身を抱えながら、声を上げて泣いているシセラ様に呼びかけた。
「シセラ様。死にたくなければ、静かについて来てください」
「う、うぅ……!」
シセラ様が泣きながらついて来るのを確認し、フェリシアを連れて近くの大木に向かう。
「奥様……私を置いて、逃げてください。感染、してしまいます」
フェリシアが掠れた声で言った。意識を保つのもつらいのか、目が閉じかけている。
「私なら大丈夫です。それに、あなたを置いてはいけません」
「でも、ラドロンが近くに……」
「何とかしてみせます。私、運は強い方ですよ」
安心させるように、そして彼女が意識を失ってしまわないように声をかけると、腕の中でフェリシアがふっと微笑んだ気がした。
「私も、奥様のお役に立てましたか?」
「フェリシア?」
「私も、シーラみたいに……ずっと、奥様のお役に立ちたかったから……うぅっ!」
「フェリシア!」
私は大木の陰にフェリシアを移動させると、その体を横向きに寝かせて、背中の状態を確認した。
トゲは浅く刺さっていたようで、移動させている最中に自然と抜け落ちていた。
(トゲが二本も刺さっていたから、シセラ様と比べて結晶化が早い)
服の隙間から背中を確認すると、結晶はすでに首の方まで伸びていた。
(人間用に治療薬を作っている暇はない。竜用の治療薬を使わないと)
私はフェリシアの手を取って、強くにぎった。
「私を守ってくれてありがとう、フェリシア。あなたのことは絶対に助けます。だから、眠ってしまわないで。お願い、どこにも行かないで」
「奥様……っ!」
フェリシアの目から涙がこぼれ落ちる。
私は彼女の手をそっと地面に下ろすと、腰のポーチから治療薬の入った小瓶を取り出し、中身を注射器で吸い出した。
(大丈夫、あせらないで。薬剤耐性がつくのは二度目の投与から。とにかく今は、これ以上の進行を止めないと!)
注射器をフェリシアの右腕に近づけると、横からシセラ様の手が伸びて、私の腕をつかんだ。
「シセラ様!? 離してください!」
「それは私の薬でしょう! 侍女がひとり死ぬくらいいいじゃない!」
「何てことを言うのですか!」
フェリシアの命を軽んじられた怒りと、治療を邪魔されたあせりで、心臓がバクバクと鳴り響いた。
シセラ様は必死の形相で、私の手から注射器を奪い取ろうとする。
「身体中が針で刺されたみたいに痛いのよ! もう我慢できない! 私は絶対に死にたくな――」
風を切る音とともに、何かが凄まじい勢いでシセラ様の頭を打った。
ガンッと鈍い音が響き渡り、シセラ様は白目を剥いてその場に倒れる。
「シセラ様!?」
彼女の後ろに、誰かが立っている。
そして、彼女の頭を打ったのが、剣の鞘だということがわかった。
「最後に役に立ってくれたな。ヘリアスをアパテール管理区に留めてくれたことには感謝しているよ、シセラ」
恐る恐る顔を上げると、そこにはエルヴィア様が立っていた。
彼はシセラ様を冷たく見下ろしている。
(どうして、エルヴィア様がここに?)
でも、薬を投与するなら今のうちだ。私は素早くフェリシアに薬を投与した。
すると、首にまで広がっていた結晶の侵食速度が、徐々に遅くなっていく。
治療薬が人間にも有効だとわかり、ほっと息をつく。
「あなたは本当に優秀ですね」
頭上からエルヴィア様の声が降ってきて、ドッと心臓が跳ねた。
さりげなく、背後に置いた騎兵銃に手を伸ばす。
(先ほどのエルヴィア様の発言からして、ヘリアス様をアパテール管理区から動けなくしたのは、エルヴィア様の指示?)
真相はわからないけれど、エルヴィア様はヘリアス様がここにいないとわかって、こちらに接触してきた。
油断はできない。
あと少しで騎兵銃に手が届く。その時、エルヴィア様が騎兵銃を蹴り飛ばした。
そして、私の左腕をつかんで、強く引き寄せられる。
顔を上げたその向こうには、軽蔑の表情を浮かべたエルヴィア様がいる……そう思ったのに、彼はなぜかうっとりと目を細めて、私を見つめていた。
「ああ、やっと会えましたね! さあ、こちらに来てください」
「や、やめて、離してください!」
「抵抗しないで、俺のウタヒメ。俺と幸せになりましょう」
そう言って、エルヴィア様は目元を染めた。
全身に鳥肌が立ち、背筋が凍った。




