祝福のエレスチャル27
「俺はあなたに謝りたいのです」
エルヴィア様は悲しげな顔で言った。
「三年前、俺はシセラの嘘のせいで、あなたにひどいことをしてしまった。あなたが心優しく優秀な竜医師だと知っていたのに……すべてはこの女が仕組んだことです。俺はこの女を許さない」
エルヴィア様は憎々しそうに、気絶しているシセラ様をにらみつけた。
(私を穢れ者と呼んで殴ったことを、すべてシセラ様の責任にするなんて……)
自分は何ひとつ悪くない。そう主張するエルヴィア様がおぞましく思えた。
「あなたは最初から私の言葉を嘘と決めつけて、まったく耳を貸さなかった。私を信じないと決めて、暴力を振るったのはあなたの選択です」
「違う! この女が諸悪の根源なのです。俺を騙した重罪人なのです! 俺は心の底ではあなたを信じていました。だから、あなたも俺を信じてください」
彼の何を信じろと言うのだろう。この人が何を考えているのかわからない。
一刻も早く、つかまれた腕を振り解きたかった。
「安心してください、ウタヒメ。これからは俺があなたを守ります」
「ま、守る?」
「ええ。あなたをあの暴力的で無能なヘリアスから守ります。大丈夫、俺があなたを癒し、必ず幸せにしてみせます。それが俺の使命なのです」
そう、恍惚とした表情で微笑んだ。
頭の奥がかっと熱くなり、反射的に抗議する。
「ヘリアス様を侮辱しないでください! 彼は私のことを、とても大切にしてくださっています。あなたに幸せにしてほしいなんて望んでいません!」
「ああ、フィルナ様、お可哀想に。あの男を裏切ればひどい目に遭うと恐れておられるのですね。大丈夫ですよ、これからは俺がお守りしますから」
そう言って、彼は私の腕を引っ張って歩き出した。
(この人、まったく人の話を聞こうとしない!)
私はせめてもの抵抗として、エルヴィア様の手に思い切り爪を立てた。
エルヴィア様は痛みに驚いて、悲しげに眉を寄せた。
「ウタヒメ……」
「守ってもらわなくても結構です。何を勘違いしているのか知りませんが、私は自らの意思で、ヘリアス様と生きることを選んだのです!」
「違う」
エルヴィア様の瞳孔が開き、その手に力がこめられた。
指が腕に食いこみ、その痛みに私は小さな悲鳴を漏らしてしまう。
「ああ……やはり、ヘリアスに毒されてしまったのですね。あなたをあの男から引き離さなければ」
彼は再び歩き出す。容赦なくずるずると引きずられ、何度もつまづきそうになる。
彼に何を言っても響かない。己の正義に酔い、自分の判断こそが正しいと思いこんでいる。
エルヴィア様は二体のラドロンの前で立ち止まった。
「片方は不良品だが、もう片方は使えそうだな。人間にも作用する毒が使えるのは大きい」
「エルヴィア様?」
「これなら、ヘリアスとルイスを殺せる!」
彼はラドロンを見上げ、勝利を確信したように歓喜の声を上げた。
ラドロンを恐れず、道具扱いしているなんて……。
「あなたは……セイレニア教の人間なのですか?」
エルヴィア様は一瞬気まずそうな顔をして、小さくうなずいた。
「ええ、そうです」
「イーリス騎士団の副団長なのに?」
私の指摘にエルヴィア様は顔をゆがませ、怒声を爆発させた。
「俺は女神イーリスに忠誠を誓った身だ! それは今も変わらない! ですが……」
一度言葉を切り、悔しげに歯ぎしりの音を立てる。
「ルイスを排除するためにはこれしかなかった。あの男は大罪人であり、穢れ者だ! なのに誰も俺の話を信じない!」
「ルイス様が、大罪人?」
「そうです、聡明なあなたなら信じてくれると思っていました! ルイスという異物を排除するには、異端者どもと手を組むしかなかったのです。わかってください、ウタヒメ」
エルヴィア様は切なそうな顔をして、すがるように私の腕をつかむ。
私は首を横に振った。
「私にはわかりません。ただ、あなたのせいでフェリシアが命の危機にさらされた。私は絶対にあなたを許さない」
沸々と怒りが湧き上がり、声が震えた。
エルヴィア様は不思議そうに首を傾げて、
「フェリシア? ああ……シセラを始末するつもりが、あなたの侍女が巻きこまれたのですね。ですが、あんな生意気な女はあなたに相応しくありませんし、死んで当然でしょう。俺が新しい侍女を見つけますよ」
怒りのあまり、言葉を失った私に気づいた様子もなく、エルヴィア様は私の頬に触れた。
「一緒に逃げましょう、ウタヒメ。しばらくセイレニアに身を寄せ、騒ぎが収まれば、静かな場所でふたりで暮らすのです。そして……」
彼は、熱に浮かされたように私を見つめて言った。
「いつか、俺の子供をたくさん産んでくだされば」
「気持ち悪い」
強烈な嫌悪感から、私はすかさず吐き捨てていた。
エルヴィア様の神経を逆なでするとわかっていても、抑えきれなかった。
彼は信じられないとばかりに目を見開き、怒りに顔を真っ赤に染めた。
「こ、この俺に向かって、気持ち悪いと言ったな!」
彼の手が私の腕から離れ、代わりに拳が飛んでくる。
私は持っていた注射器を、エルヴィア様の左肩に突き刺した。
「ぐあぁ!?」
エルヴィア様が悲鳴を上げ、痛みにもがいている隙に、私は駆け出した。
「待て、逃がさないぞ! あなたは俺と一緒にセイレニアに行くんだ!」
背後からエルヴィア様の怒鳴り声が迫ってくる。
私は息を切らしながら、竜舎の方角に向かって無我夢中で走った。
エアルを呼べば、この状況を変えられる。そう信じて。
けれど、私の動きに反応して、シセラ様が操っていたラドロンがこちらに向かってきた。
(まずい! あの竜笛は……!)
竜医師コートのポケットに手を入れる。竜笛を吹くのが先か、噛みつかれるのが先か。
ドクンドクンと心臓が脈打ち、すべての動きが緩やかに見える。
ラドロンが大きく口を開け、鋭い牙が私の身体に突き立てられるその瞬間、ラドロンの首に閃光が走った。
パッと鮮やかな血が舞い散る。
視線を上げると、ラドロンの頭の上に誰かが立っていることに気づいた。
竜騎士のマントを風になびかせ、月の輝きを受けた赤髪が闇の中に浮かび上がる。
暗闇に沈む瞳が私を捉えた。
その冷たい美しさに、胸が震えた。
「ヘリアス様……!」
次回更新は1/2です。
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