祝福のエレスチャル23
ルネ様は深く息を吐き出し、顔を上げる。
「……合わせる顔がありません。もう十年も会っていない。あの子が一番つらかったその時に、そばにいてやれなかったというのに」
「それでも、エレスチャルはずっとあなたを待っていますよ。必ず会いに来てくれると信じているはずです」
ルネ様は息を飲み、痛みをこらえるように強く目を閉じる。
本当は今すぐに駆け寄りたいはずなのに、十年の歳月と罪悪感が足を重くさせている。
私は眠るエレスチャルと、苦しげな表情を浮かべるルネ様を見て、そっと竜笛を吹いた。
すると、少し遅れて、エレスチャルがゆっくり顔を上げた。
ルネ様はびくりと身体を震わせ、食い入るようにエレスチャルの動きを見つめていた。
エレスチャルはヒクヒクと鼻先を動かして、こちらを見た。その瞬間――
「キャア! キャア!」
エレスチャルは今までにないほど、大きな声で鳴き始めた。
動かない下半身の代わりに翼を広げて、前足で地面をかいて必死にこちらに向かってくる。
(え……左の後ろ足が……!)
千切れ舞う草の向こうで、エレスチャルの左の後ろ足がわずかに地面を蹴るのが見えた。
(動いてる! 少しずつ、修復されてる!)
ルネ様に会いたい一心で、エレスチャルは全力を振り絞って、地面をえぐりながら前へと進む。
ルネ様は目に涙を浮かべて、開いた口から短く浅い呼吸を繰り返している。
その時、エレスチャルの前足が滑り、大きく体勢を崩して転倒してしまった。
「エレスチャル!」
私とルネ様の叫び声が重なる。
ルネ様は私よりも先に駆け出し、何度もつまづきながら、息を切らしてエレスチャルに迫った。
「エレスチャル!」
ルネ様がもう一度叫ぶと、エレスチャルはぱっと顔を上げ、再び上体を起こした。
ルネ様が駆け寄りながら両腕を広げると、エレスチャルはその腕の中に飛びこむように、鼻先をぐいっと押しつけた。
ほとんど頭突きの勢いだったため、ルネ様は頭を抱きしめながら尻餅をついた。
エレスチャルはすっかり興奮していて、ルネ様の涙に濡れた顔を夢中で舐めている。下半身が動いていれば、きっと尻尾も振り乱していただろう。
悲しげな顔をしていたルネ様は、その熱烈な再会の挨拶に、思わずといった様子で笑っていた。
「ああ、エレスチャル。会いたかったよ。十年間ずっと……お前のことを思い出さない日なんてなかった!」
「キュウ、キュウ……!」
エレスチャルは本当に嬉しそうに目を細めて、甘えた声を上げている。
そして、彼の膝の上に顎を乗せて、そっと目を閉じた。
その頭を、ルネ様は優しい手つきで、慈しむように何度もなでた。額から立派な角をなでて、さらさらと流れる美しい毛に指を埋める。
「もっとたくさん、言いたいことがあったはずなのに……涙ばかりがあふれてしまうよ」
ルネ様は小さく肩を揺らして笑い、泣いていた。
エレスチャルが愛おしくて仕方がないと、その表情が物語っていた。
エレスチャルは上目遣いにルネ様を見上げて、「キャア!」と明るく鳴いた。「会いたかったよ」と伝えるように。
「私もだよ。ひとりにしてすまなかった。寂しい思いをさせたね。フィルナ様に、大切にしてもらったんだね」
ルネ様は涙で声を詰まらせながら、何度も何度も優しく声をかける。
初対面の時に見せていた、すべてを諦めたかのような表情は、そこにはなかった。
私にとっても待ち望んでいた光景に、目の奥が熱くなる。
その後、ヘリアス様が城に戻られ、エレスチャルのいる竜舎を訪れた。
そこに、捜索していたルネ様がいたため、とても驚かれていた。
「ちょうどいい、あなたに提案がある」
そうヘリアス様が切り出した。
ルネ様は緊張した面持ちで、つづく言葉を待っている。
「エレスチャルの所有権はアルトリーゼ家に移った。エレスチャルの脊髄が治療できれば、早ければ来年の竜品評会に出場させる」
「エレスチャルを竜品評会に……」
「ああ。だが、この十年間は貴族の家で観賞用として暮らしていたらしく、大勢の前に出られるような訓練は受けていない。そのため、竜調教師による訓練が必要だ」
ヘリアス様はルネ様を真っ直ぐに見つめて言った。
「あなたは腕の良い竜調教師だと聞いた。あなたの知識と経験を信じて、臨時の竜調教師としてあなたを雇いたい。そして結果を出せたその時、正式にアルトリーゼ家専属として雇いたいと思っている」
「ヘリアス様……っ!」
ルネ様はその申し出に感激したように、再び目に涙をあふれさせた。
「結果を出せたその時」と、あえて条件を提示したのは、エレスチャルの家族だからという理由で専属にしたのではなく、彼の能力をきちんと評価したうえで専属としたのだと……そう、ルネ様に思ってほしいからだ。
ルネ様はまるで忠誠を誓うように片膝をついて、祈るように両手を組んだ。
「ヘリアス様、フィルナ様。その申し出、喜んでお受けさせていただきます。私のすべてを懸けて、エレスチャルと向き合い、結果を出してみせます」
強い覚悟と感情の強さの表れか、組んだ両手がわずかに上下に揺れている。
エレスチャルの前足を合わせたお願いのポーズによく似ていて、胸の奥が温かくなった。




