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【2巻3/1発売】竜医師フィルナは第二の人生で幸せになります~さようなら、騎士団長様~  作者: 屋根上花火
竜聖医編

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祝福のエレスチャル22

(正確に言えば、ふたつ前の所有者だと言っていたけれど)


 私はヘリアス様から聞いた、エレスチャルの所有者情報を思い出した。


 今から十年前。エレスチャルは竜調教師の資格を持つ、ルネ・レーゲンホルツ男爵の竜だった。

 エレスチャルは当時から「光竜の中で最も美しい」と評判だったらしく、彼はエレスチャルを訓練し、次の年の竜品評会でデビューさせるつもりだったそうだ。


 しかし、「ルネがエレスチャルを虐待している」と告発した貴族がおり、ルネ様は拘束された。

 ルネ様は無実を訴えたけれど、聞き入れられず牢に入れられ、エレスチャルは告発した貴族に引き取られた。


 真実はわからないけれど、その貴族がエレスチャルを手に入れるために、ルネ様を罠にはめたのではないかと、調査を行ったヘリアス様は言っていた。


 そして、一年前。今度はエルヴィア様の家が、その貴族に対して「エレスチャルを虐待している」と告発し、エレスチャルはシセラ様の所有となったそうだ。


(ルネ様はすでに釈放され、行方がわからなくなっているとヘリアス様はおっしゃっていた……)


 ルネ様を探し出し、エレスチャルに会わせてあげたいと考えていたけれど、まさか向こうから会いに来てくださるとは思わなかった。

 私はあふれそうになる興奮を抑えながら、静かに訊ねた。


「あの、あなたのお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「……私はマルコと申します。レーゲンホルツ家の使用人です」


 マルコさんは、手に持ったカゴをそっとこちらに差し出した。


「旦那様より、青い実をお届けするよう仰せつかりました」

「そうだったのですね。ありがとうございます。レーゲンホルツ家の使者とは存じ上げず、失礼いたしました」


 私は竜笛を返却し、カゴを受け取った。

 その時に見た彼の両手はひどく荒れていて、かすり傷もたくさんあった。靴も泥だらけだ。

 まさか、山の中にまで青い実を探しに行っていたのかしら……。


「マルコさん。レーゲンホルツ家は竜調教師の家であり、エレスチャルが育った場所でもありますね」

「ええ、その通りです」

「今、ルネ様はどちらにいらっしゃいますか? ぜひ一度、エレスチャルに会っていただきたいのですが」


 彼はかすかに顔を強張らせて、それから首を横に振った。


「旦那様は十年もの間牢に入れられ、爵位もはく奪され、現在は貧しい暮らしをなさっております。エレスチャルを引き取るだけのお金もなく、顔を合わせる資格もないとおっしゃっていました。せめて、あの子の病を治すお手伝いだけでもしたい……そうお考えになり、この青い実を寄付なさったのです」

「ですが――」

「旦那様は、会うつもりはないそうです」


 マルコさんは私の言葉をさえぎって、そう言った。その声から、強い覚悟のようなものが感じ取れた。


「エレスチャルはきっと、アルトリーゼ家にいた方が幸せだろうとお考えでした。非常に無責任なことを言ってしまい申し訳ないと、謝罪しておられました」

「そう、ですか」


 ほんの少しの沈黙が流れ、マルコさんは軽く目を伏せ、一礼した。


「では、私はこれで。エレスチャルをよろしくお願いします」

「待ってください!」

 

 足早に去っていこうとする背中を、私は慌てて引き止めた。


「マルコさん、どうかエレスチャルに会ってもらえませんか?」


 彼の肩がかすかに震えた。真っ直ぐ伸びた背中に、迷いがにじんで見えた気がした。


「私はただの使用人です。竜のことはよく存じ上げません」

「それでも、エレスチャルが今どのような暮らしをしているのか、ルネ様に報告してさしあげてはいかがでしょうか?」


 そう提案すると、マルコさんはしばらく黙考した。

 それから、渋々といった様子で小さくうなずいたので、私は内心ほっとした。


 彼を放牧場に案内する道中で、エレスチャルの結晶化はすでに完治しており、現在は脊髄の治療を行っていることを説明した。

 

 彼は「そうですか」とほとんど表情を変えずにうなずいた。

 ただ、結晶化が完治したと聞いた時、一瞬だけその目に安堵の色が宿った。


 エレスチャルの状態を説明している間に、放牧場に到着した。

 草のベッドの上で、身体を丸くして眠っているエレスチャルが見える。

 金色の長い毛がふわふわと風に舞っていた。


 すると、マルコさんは突然立ち止まった。まるで、見えない壁に阻まれたかのように、それ以上近づこうとしない。


「マルコさん。エレスチャルに会いに行きましょう。きっと喜びますよ」

「ただの使用人のことなんて、覚えているはずがありません」

「いいえ、覚えているはずです。なぜなら、あなたこそがルネ・レーゲンホルツ男爵だから」


 彼は驚愕に目を見開いた。

 服も靴も土で汚れているけれど、元々は高価なものだと一目でわかる。その所作も使用人のものではなく、間違いなく貴族のものだ。


「エレスチャルが待っているのは、あなたのはずです」

「……なぜそう言い切れるのですか。私はあの子を虐待した疑惑のある男ですよ」


 「あの子」と優しく呼んでいる時点で、答えが出ている気がする。


「シセラ様も、その前の所有者の方も、あの子に会いに来ませんでした。正体を隠してまで会いに来た、あなた以外は」


 ルネ様はうつむき加減になって、ぎゅっと拳をにぎった。

 彼の本心はわからない。けれど、自分自身へ向けた悔しさと、エレスチャルを悲しませた人々への怒りのようなものを感じた。


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