祝福のエレスチャル22
(正確に言えば、ふたつ前の所有者だと言っていたけれど)
私はヘリアス様から聞いた、エレスチャルの所有者情報を思い出した。
今から十年前。エレスチャルは竜調教師の資格を持つ、ルネ・レーゲンホルツ男爵の竜だった。
エレスチャルは当時から「光竜の中で最も美しい」と評判だったらしく、彼はエレスチャルを訓練し、次の年の竜品評会でデビューさせるつもりだったそうだ。
しかし、「ルネがエレスチャルを虐待している」と告発した貴族がおり、ルネ様は拘束された。
ルネ様は無実を訴えたけれど、聞き入れられず牢に入れられ、エレスチャルは告発した貴族に引き取られた。
真実はわからないけれど、その貴族がエレスチャルを手に入れるために、ルネ様を罠にはめたのではないかと、調査を行ったヘリアス様は言っていた。
そして、一年前。今度はエルヴィア様の家が、その貴族に対して「エレスチャルを虐待している」と告発し、エレスチャルはシセラ様の所有となったそうだ。
(ルネ様はすでに釈放され、行方がわからなくなっているとヘリアス様はおっしゃっていた……)
ルネ様を探し出し、エレスチャルに会わせてあげたいと考えていたけれど、まさか向こうから会いに来てくださるとは思わなかった。
私はあふれそうになる興奮を抑えながら、静かに訊ねた。
「あの、あなたのお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」
「……私はマルコと申します。レーゲンホルツ家の使用人です」
マルコさんは、手に持ったカゴをそっとこちらに差し出した。
「旦那様より、青い実をお届けするよう仰せつかりました」
「そうだったのですね。ありがとうございます。レーゲンホルツ家の使者とは存じ上げず、失礼いたしました」
私は竜笛を返却し、カゴを受け取った。
その時に見た彼の両手はひどく荒れていて、かすり傷もたくさんあった。靴も泥だらけだ。
まさか、山の中にまで青い実を探しに行っていたのかしら……。
「マルコさん。レーゲンホルツ家は竜調教師の家であり、エレスチャルが育った場所でもありますね」
「ええ、その通りです」
「今、ルネ様はどちらにいらっしゃいますか? ぜひ一度、エレスチャルに会っていただきたいのですが」
彼はかすかに顔を強張らせて、それから首を横に振った。
「旦那様は十年もの間牢に入れられ、爵位もはく奪され、現在は貧しい暮らしをなさっております。エレスチャルを引き取るだけのお金もなく、顔を合わせる資格もないとおっしゃっていました。せめて、あの子の病を治すお手伝いだけでもしたい……そうお考えになり、この青い実を寄付なさったのです」
「ですが――」
「旦那様は、会うつもりはないそうです」
マルコさんは私の言葉をさえぎって、そう言った。その声から、強い覚悟のようなものが感じ取れた。
「エレスチャルはきっと、アルトリーゼ家にいた方が幸せだろうとお考えでした。非常に無責任なことを言ってしまい申し訳ないと、謝罪しておられました」
「そう、ですか」
ほんの少しの沈黙が流れ、マルコさんは軽く目を伏せ、一礼した。
「では、私はこれで。エレスチャルをよろしくお願いします」
「待ってください!」
足早に去っていこうとする背中を、私は慌てて引き止めた。
「マルコさん、どうかエレスチャルに会ってもらえませんか?」
彼の肩がかすかに震えた。真っ直ぐ伸びた背中に、迷いがにじんで見えた気がした。
「私はただの使用人です。竜のことはよく存じ上げません」
「それでも、エレスチャルが今どのような暮らしをしているのか、ルネ様に報告してさしあげてはいかがでしょうか?」
そう提案すると、マルコさんはしばらく黙考した。
それから、渋々といった様子で小さくうなずいたので、私は内心ほっとした。
彼を放牧場に案内する道中で、エレスチャルの結晶化はすでに完治しており、現在は脊髄の治療を行っていることを説明した。
彼は「そうですか」とほとんど表情を変えずにうなずいた。
ただ、結晶化が完治したと聞いた時、一瞬だけその目に安堵の色が宿った。
エレスチャルの状態を説明している間に、放牧場に到着した。
草のベッドの上で、身体を丸くして眠っているエレスチャルが見える。
金色の長い毛がふわふわと風に舞っていた。
すると、マルコさんは突然立ち止まった。まるで、見えない壁に阻まれたかのように、それ以上近づこうとしない。
「マルコさん。エレスチャルに会いに行きましょう。きっと喜びますよ」
「ただの使用人のことなんて、覚えているはずがありません」
「いいえ、覚えているはずです。なぜなら、あなたこそがルネ・レーゲンホルツ男爵だから」
彼は驚愕に目を見開いた。
服も靴も土で汚れているけれど、元々は高価なものだと一目でわかる。その所作も使用人のものではなく、間違いなく貴族のものだ。
「エレスチャルが待っているのは、あなたのはずです」
「……なぜそう言い切れるのですか。私はあの子を虐待した疑惑のある男ですよ」
「あの子」と優しく呼んでいる時点で、答えが出ている気がする。
「シセラ様も、その前の所有者の方も、あの子に会いに来ませんでした。正体を隠してまで会いに来た、あなた以外は」
ルネ様はうつむき加減になって、ぎゅっと拳をにぎった。
彼の本心はわからない。けれど、自分自身へ向けた悔しさと、エレスチャルを悲しませた人々への怒りのようなものを感じた。




