祝福のエレスチャル13
「悲劇のご令嬢って、シセラ様のことですよね。どうしてこんな記事が……」
「内容もでたらめばかりです!」
シーラは顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
私は記事のつづきを読んだ。
現場を目撃した女性によると、「ヘリアス様は魔物を斬り倒すと、迷いなくシセラ様に駆け寄り、熱い抱擁を交わしておりました。おふたりはお互いを兄、妹と呼び合うほど親しい間柄のようですが、それ以上のご関係では?」と記者に語ったという。
他には「シセラ様との結婚も間近という話も……」という根拠のない噂まで記されている。
「ふざけるな。結婚などあり得ない」
ヘリアス様の唸り声が響く。
ラインさんも不快そうに顔をゆがめて言った。
「これはまた質の悪いゴシップですね、笑えない。シセラ様の差し金でしょうか」
「記者を呼べ」
「叩き斬るおつもりで?」
「訂正させる。『私はフィルナにもう一度プロポーズしたところだ』と」
「え!?」
ラインさんとシーラが驚いたように同時に声を上げた。
プロポーズと聞いて、じわじわと頬が熱くなる。
「いや、待て、フィルナから首飾りを貰うまでは恋人だ」
「さようですか。そういう大事なことは言っておいてくださいよ」
ラインさんはニヤニヤと笑い、シーラはぽっと頬を染めていた。
「おめでとうございます、奥様!」
「あ、ありがとう、シーラ」
エレスチャルのこともあって少し控えめな声量だったけれど、嬉しそうに微笑むシーラに、私も自然と頬がゆるんだ。
私は再び、記事に視線を向ける。
シセラ様のインタビューでは、エレスチャルについて語られていた。
「エレスチャルはもう助からないのです」と涙していた、と書かれていて、新聞を持つ手に力が入った。
(大切な竜のことまで、こんな風に利用するのね)
エレスチャルは今も必死に生きているのに、どうしてこんなことが言えるのだろう。
怒りと不快感で、胸の奥がじりじりと焼けつくようだった。
愛しい光竜を失った悲劇の令嬢として、シセラ様のもとには彼女を励ますための花束や手紙がたくさん届けられているという。
「励ましを必要としているのはエレスチャルだが」
ヘリアス様が軽蔑したように笑った。
モヤモヤとしたものを抱えながら城に戻ると、メイドが少し緊張した面持ちで私たちを出迎えた。
「お帰りなさいませ、ヘリアス様、奥様。たった今、シセラ様がお見えになられたため、応接室にお通しいたしました」
まさか、こんなに早く再会することになるとは思わなくて、自然と眉が寄る。
あの記事を見る限り、エレスチャルを心配して訪ねてきた、というわけではなさそう。
「ヘリアス様に会いに来られたのですね」
「そのようです」
メイドがうなずく。
ヘリアス様を見ると、彼は敵と相対した時のように、目を鋭く光らせた。
「ちょうどいい。フィルナ」
「はい」
「不快だろうが、少しだけ付き合ってもらえるだろうか。彼女とふたりきりになれば、今度は何を書かれるかわからん」
「もちろんです。同席させていただきます」
私は力強くうなずいた。
「私も彼女に言いたいことがありますから」
◇◇◇
応接室の扉が開き、中からフェリシアが現れた。
すると、部屋の中からシセラ様の苛立った声が聞こえてきた。
「アパテール家の娘にこんな普通の紅茶を出さないで。私は星屑の紅茶が飲みたいのです。そんなことも理解できないのですか? 頭の悪い侍女ですね」
「申し訳ありません。すぐに用意いたします」
「必要ない。下がれ」
フェリシアはヘリアス様の声にはっとして、一礼した。
ヘリアス様につづいて部屋に入ると、不機嫌そうにソファーに座っていたシセラ様がぱっと顔を輝かせた。
「お兄様!」
弾かれたように立ち上がり、ヘリアス様に駆け寄る。隣にいる私など眼中にないとばかりに。
「なぜここに来た」
「なぜって、また魔物が現れたら怖いもの。だから、最強の竜騎士であるお兄様のもとにいた方が安全かと思いましたの」
「優秀な竜騎士を警備につけたはずだが?」
「だめです! 私を守れるのはお兄様だけ! それに……」
彼女は一度言葉を切り、恥じらうように頬を染めた。
「民衆にも注目されているみたいで、アパテール家にいても落ち着かなくて……うふふ」
そう困ったような顔をして微笑む。けれど、その目には隠しきれない優越感がにじんでいた。
「きっと女神様は、美しい私に試練を与えているのです。これは、お兄様と一緒に乗り越えないといけませんね」
「何が試練だ」
ヘリアス様は軽蔑するように笑い、新聞をテーブルに叩きつけた。
「このふざけた記事は何だ。あなたが書かせたのか」
「まさか、私は何もしていません。ですが、私の影響力と人脈の広さをご理解いただけたかと」
「何だと?」
「困ったことがあっても、誰かが助けてくださるのです。誰かさんと違って」
シセラ様は私を見て、ほくそ笑む。
「これこそが、公爵夫人に必要な才能です。お兄様を支えるための能力を、私はすべて持っています。そして美しさも」
シセラ様は両手で頬を包みこみ、恍惚とした表情で語りだした。
「私が公爵夫人になった暁には、毎日盛大なパーティーを開きましょう。宝石をあしらったドレスも、たくさん作らなければなりませんね。それから、今よりも侍女を倍以上に増やして……あとは、美しい光竜をたくさん購入しましょう! きっと誰もが羨む美しい国になりますわ!」
美しい光竜をたくさん購入するだなんて……まるで自分を飾る道具のような考え方に、吐き気がした。
彼女の頭からは、エレスチャルのことなんてすっかり忘れ去られているのだろう。
悔しくて、強くにぎった拳が震える。
「長々と夢を語っているところ悪いが、あなたには副団長殿がいるはずだが」
「ああ……彼との婚約は破棄しました。それに、エルヴィア様はフィルナ様と愛し合っておられるようですから」
「何の話です。そのような事実はありません」
ただの揺さぶりだ。それでも、ヘリアス様の前で私とエルヴィア様の関係を捏造されるのは我慢ならなかった。
すると、ヘリアス様がそっと私の肩に触れ、「大丈夫だ。わかっている」と優しく目を細めた。
彼がシセラ様の言葉を信じるはずがないとわかっていても、ほっとした。
その様子を不満に思ったのか、シセラ様が「あら!」と声を上げた。
「エルヴィア様はフィルナ様を取り戻すと息巻いておられましたよ? 取り戻すということは関係があったと言う証拠!」
「シセラ、いい加減に――」
ヘリアス様の発言をさえぎり、シセラ様は矢継ぎ早につづける。
「それに、フィルナ様は大罪人リスティーの姉であり、あのキントバージェ家の汚れた血が流れています。彼女を妻にしておくのはリスクでしかありません! それに対して私は血筋も良く、あらゆる場所で顔が利く。教会にも影響力がありますから、保守派と改革派の間を取り持つことだってできます!」
シセラ様は自信たっぷりに胸を張り、声を張り上げた。
「私こそが公爵夫人に相応しい!」
そう宣言し、シセラ様は勝ち誇ったように私を見た。赤く彩られた唇の端が吊り上がっている。
私は心を落ち着かせるために息を吐き、それから静かに口を開いた。
「シセラ様のおっしゃることも一理あります」
ヘリアス様は目を見開き、シセラ様は「あら」と意外そうに微笑んだ。
「私は公爵夫人として未熟です。社交場での人脈作りも不十分なのでしょう」
「しかし」と、私は挑むようにシセラ様を見つめた。
「私は竜が痛みを感じている顔、それを見て苦しむ竜騎士の顔をよく知っています」
「はあ?」
シセラ様は「何を言い出すの?」と言いたげに首を傾げた。
ヘリアス様はじっと私の言葉に耳を傾けている。
「私は、竜に携わる人々の情熱を知っています。五年前の傷を抱えながら、それでも前を向こうとする人々の努力を知っています。戦いつづける竜や竜騎士たちを支えようとする人々の真っ直ぐな想いを知っています。それは、私が竜医師として彼らと接してきたからです」
私はヘリアス様に視線を向けた。
向こうもこちらに目を向けていたようで、静かに視線が重なった。
「あの、それが一体何の役に立つというのですか? 何ひとつお兄様の役に立たないと思いますが」
「それが答えです」
シセラ様が怪訝そうな顔をした。
私はさらに言葉をつづける。
「あなたは自分こそが公爵夫人に相応しいと言いながら、先ほどから竜や国民のことは何ひとつ考えておられない。彼らの苦しみを、願いを聞こうともしない。贅沢をして、美しく着飾ることばかり考えていらっしゃる」
「そ、そんなことはありません! 私だって竜や国民のことを考えております!」
シセラ様はたじろいで、慌ててそう言い返した。
「どうでしょうか。あなたは高価な星屑の紅茶のことばかり気にして、あなたを守って重傷を負ったエレスチャルのことは訊ねようともしない」
「ち、違います!」
シセラ様の慌てぶりを見て、ヘリアス様は鼻で笑って言った。
「顔が利くというのも怪しいものだな。それを言うのなら、フィルナはスペルビア王家に顔が利く。それに匹敵する何かをあなたは持っているのか?」
「そ、それは……っ!」
シセラ様は悔しそうに、歯ぎしりの音を漏らした。
「あなたは王の剣の花嫁という称号を得て、贅沢三昧をしたいだけだ。あなたとフィルナでは、立っている場所、見えているものが違う」
「私だって、きちんと考えて……ひどいわ、お兄様!」
泣き真似で誤魔化そうとするシセラ様に、私は逃げ道を塞ぐように言った。
「私はこれからも竜医師として、妻として、ヘリアス様をお支えします。そして、あなたが見捨てたエレスチャルを、必ず幸せにしてみせます!」
私がそう言い切ると、シセラ様は悔しそうに顔をゆがめた。
何度も口を開きかけるけれど、結局反論の言葉は出てこない。
「フィルナが私の妻であることは揺るがない」
そう言って、ヘリアス様が私の肩を抱いて引き寄せた。
「ヘリアス様……!?」
「今日は一度も触れていなかったな」
ヘリアス様の唇が前髪に触れる。不意打ちの接触にドキッと心臓が高鳴った。
その指先が前髪をすくい、それから頬をなでる。
「何だ、つづきを見たいのか?」
ヘリアス様がシセラ様に向かってくすりと微笑むと、シセラ様は赤い唇を震わせて、逃げるように部屋から出ていった。




