祝福のエレスチャル12
ふかふかの藁が敷かれた竜房の中で、エレスチャルが眠っていた。
胸がゆっくり上下しているのを見ると、ほっとする。
処置を終えたあと、エレスチャルは一度麻酔から目を覚ましたけれど、ラドロンと遭遇した恐怖と治療のストレスで疲れ果てて眠ってしまった。
身体についた血は綺麗に拭き取られていたけれど、全身が包帯とガーゼで覆われていて、痛々しい姿だった。
(ストレスが原因と思われる脱毛の症状もあった。アパテール家でどんな暮らしをしていたんだろう……。身体だけでなく、心のケアも必要だわ)
そこへ、ラドロンの調査を終えたヘリアス様とラインさんがやってきた。
「お帰りなさいませ、ヘリアス様」
「今戻った。大型ラドロンは見つからなかった」
「そうでしたか……」
「エレスチャルの容体はどうだ」
「今は落ち着いていますが……こちらをご覧ください。右前足の付け根の部分です」
エレスチャルの右前足の付け根には、夜光石の光をきらりと反射する何かがあった。
「何だ? 黄色い結晶のようなものが貼りついているように見える」
「はい。あそこにはトゲ……というより、細長い針に近いものですが、それが刺さっていた場所です。トゲの毒が血液に反応し、急速に結晶化しています」
「結晶化……初めて見たな」
「私も初めてです。トゲの形状からして蜂系の魔物と思われますが、このような毒を持つ魔物はいません。恐らく、ラドロンと掛け合わせた段階で毒の性質が変化したのだと思います」
トゲは全部で十本刺さっていた。その傷口はすべて結晶化を始めている。
「このままだと全身が結晶化して、死に至るでしょう」
「治療薬開発が急務だな。あのラドロンがいる限り、他の竜にも同様の被害が出るだろう。セイレニアめ、厄介なものを生み出してくれたな」
ヘリアス様は悪態をついた。
私もうなずき、「ただ」と言葉をつづけた。
「セイレニアも、まだラドロンの能力を使いこなせていないかもしれません」
「というと?」
ラインさんが訊ねる。
「これほど強力な力を持っているなら、もっと大規模な被害が出ていてもおかしくありません」
「たしかに、そうですね」
「能力が不完全なラドロンか」
私はヘリアス様に向き直り、胸の前できゅっと拳をにぎった。
「私はこれから治療薬を作ります。ですが、もうひとつ問題があります」
「何だ」
小さく息を吐いてから、覚悟を決めて口を開く。
「エレスチャルは脊髄を損傷し、下半身が麻痺しています。後ろ足が動きません」
おふたりは同時に息を飲んだ。それから、くうくうと寝息を立てるエレスチャルに視線を向ける。
胸の前でにぎった拳が、かすかに震えた。
つらい思いをしてきたあの子に、さらに追い討ちをかけるような事実に胸が苦しくなる。
「立てないのか」
「……はい」
ヘリアス様は悲痛な面持ちで、エレスチャルを見つめた。
その時、私の後ろに控えていたマシーシャさんが、震える声で言った。
「た、たしか、脊髄損傷の治療薬がありましたよね?」
泣きそうな彼の顔を見て、私は静かにうなずく。
「治療薬は存在します。ただ、効果はあまり期待できません。それに、あの結晶化のせいで、その治療薬も使えそうにありません」
絶望的な状況に、重い沈黙が流れる。
その沈黙を破るように、私は口を開いた。
「脊髄損傷の治療法はあります」
ヘリアス様たちだけじゃない。近くにいた補助竜医師たちの視線も一斉に集中する。
「フィルナ」
名を呼ばれ、顔を上げる。
ヘリアス様は真っ直ぐに私を見つめていた。ぴんと背筋が伸びる。
「そう断言する根拠はあります」
「わかっている。疑ってなどいない。あなたが諦めないということも」
ヘリアス様の微笑みに、肩の力が抜ける。
その眼差しには、優しく寄り添ってくれるような温かさを感じた。
「どのような治療法だ?」
「果実の種を身体に植えます」
「種を、身体に植える?」
「はい! とある竜医師が事故で脊髄を損傷した際に、自分の身体で試した治療法です。私も左腕で試して成功したので――」
大丈夫です! と言い終える前に、ガシッと強い力で両肩をつかまれて、目を丸くする。
ヘリアス様の表情から、先ほどまでの笑みが一瞬で消え失せた。
「左腕で試した、だと?」
「は、はい、二年前に。大成功、でした」
ヘリアス様は目を閉じて言葉を飲みこみ、深く息を吐き出した。
「……後遺症は」
「ありません」
「よかった。竜の命を救いたいというあなたの気持ちはわかる。だが、命に関わるような真似は……」
「はい。二度としません。」
するりと、約束が口からこぼれた。
心配をかけてしまったことを申し訳なく思いつつも、胸の奥が温かくなる。
ヘリアス様はうなずき、「怖がらせてすまない」と手を離した。
「身体に種を植えるという治療法が存在するのだな」
「はい。あまり広まっていないため、扱う竜医師は少ないですが、既存の治療薬よりも効果が見込めます。もちろん個体差があるので、あとはエレスチャル次第ですが」
「わかった。私にも手伝えることがあれば言ってくれ」
「ありがとうございます!」
治療法がある。まだ希望がある。
それを知ったヘリアス様たちの表情に、少し明るさが戻ってきた。
その治療法を試す前に、まずはあの結晶化を止めなければならない。
私は治療薬の開発に取りかかる前に、一度城へ戻ることにした。
というのも、トゲを抜く処置のあとずっとエレスチャルに付きっきりだったから、マシーシャさんや補助竜医師たちから「少し休憩してください」と心配されてしまったのだ。
私は治療薬の材料の準備を彼らに任せて、竜舎の外に出た。
すると、シーラが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「奥様! 大変です!」
「どうしたの?」
「アパテール管理区の市民新聞を見てください!」
「これです!」とシーラが差し出した新聞を受け取り、ぱっと広げる。
ラインさんが横から覗きこみ、「どれどれ……」と記事の内容を読み上げた。
「見出しは『魔物に襲撃された悲劇のご令嬢とヘリアス様の恋の行方は!?』ですって」
「え?」
「は?」
私の声とヘリアス様の声が重なった。




