祝福のエレスチャル14
「実験中止」
私の指示により、目の前でぶくぶくと急速に膨れ上がった黄色の結晶が、補助竜医師たちによってすぐさま燃やされる。
その結晶は炎の中でもがき苦しむようにうごめいて、パキンッと甲高い断末魔のような音を立てて崩れた。
私はマスクをしたまま、ふうっとため息をついた。
(これで十回目か)
塵のように小さくなった結晶を見下ろしながら、次の治療薬について考える。
シセラ様に「エレスチャルを必ず幸せにしてみせる」と啖呵を切った私は、あれからすぐに治療薬開発にとりかかった。
蜂系や、他の毒を持つ魔物に対する治療薬を試したけれど、結晶化の勢いは止まるどころか急激に促進されてしまった。
まさか、治療薬が逆に息の根を止める毒になるなんて……。
「このままでは、エレスチャルの方が先に限界を迎えるのでは?」
「間に合うのかしら……」
「こうも失敗がつづくと……」
補助竜医師たちは不安そうに顔を見合わせて、ささやき合う。
私は不安が広がる前にすかさず口を開いた。
「大丈夫ですよ。何も無駄ではありません。既存の治療薬が逆効果であることがわかりましたし、人の血液に反応しないこともわかりました。正解にたどり着かないからといって、すべて失敗というわけではありません」
私はマスクをとって、彼らの顔を見渡して微笑んだ。
「仮説を立てて何度も試す。失敗も無知も、恥ずかしいことではありません。たくさん知っていきましょう。私たちは今、スタート地点を出発したところです」
彼らは真剣な顔で、私の言葉に耳を傾けている。
「私たち竜医師と補助竜医師は、いつもそうやって困難を乗り越えてきましたね。挑みましょう……何度でも」
アルトリーゼ家のモットー「挑め、支配せよ」を心に刻むように、私は左胸に手を当てた。
補助竜医師たちはうなずき、「はい!」と声をそろえて答えた。
彼らの顔に笑顔が戻り、内心でほっとする。
その後、私は実験室を出て、エレスチャルが隔離されている竜舎に向かった。
(とはいえ、何か手がかりになるものがほしいな)
そんなことを考えながら扉を開くと、「キュー、キュー……」と寂しそうな鳴き声が聞こえたので、足早に中に入る。
すると、エレスチャルのお世話をしていたマシーシャさんがこちらに気づいて、ぱっと顔を輝かせた。
「ほら、フィルナ様が来たよ!」
「お待たせ、エレスチャル」
そう声をかけると、エレスチャルは「キャア!」とはしゃいだ声を上げた。
前足を使って床を這いずって、動かない下半身を引きずりながら近づいてくる。
エレスチャルがここに来て四日。竜舎に慣れてきたのか、こうやって出迎えてくれるようになった。
鉄格子の隙間からにょきっと長い鼻を出すのがとても可愛い。
「お出迎えしてくれてありがとう」
鼻の頭から額にかけてなでると、エレスチャルは嬉しそうに目を細め、「キュルキュル」と喉を鳴らした。
「人懐こい竜ですよね」
マシーシャさんが微笑ましそうに言った。
「そうですね。大勢の人の前に出るのは慣れていないみたいですが」
竜品評会が近いのに、なぜ訓練を受けていないのか謎だけれど。
すると、エレスチャルは私が腕に抱えているものに気づき、鼻息を荒くした。
それを見たマシーシャさんが「あ!」と声を上げた。
「フィルナ様も持ってきたんですね! ぬいぐるみ!」
「はい。エレスチャルは隔離されているので、寂しくないようにとアンモナイトと火の竜のぬいぐるみを持ってきました。でも……」
ちらっと竜房の中を見ると、巨大な竜のぬいぐるみや様々な動物のぬいぐるみがたくさん置いてあった。
エレスチャルの移動の邪魔にならないように、壁に沿って重ねられている。
「必要なかったかもしれませんね」
「いえ、そんなことないッスよ! きっとエレスチャルも喜びます!」
きっとあのぬいぐるみは、補助竜医師たちが持ってきたのだろう。
みんな考えることは同じみたいで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
私は扉を開き、ふたつのぬいぐるみを中に入れた。
エレスチャルはぬいぐるみをしばらく嗅いでから、アンモナイトのぬいぐるみに噛みついた。
ぶんぶんと首を振って、振り回して遊んでいる。
(エアルに与えたら、一瞬で壊しちゃうだろうけど)
ぬいぐるみを千切って遊ぶエアルを思い出して、くすっと笑みがこぼれる。
ぬいぐるみを前足で突いて遊んでいるエレスチャルを見つめていると、どうしても黄色の結晶が目に入る。
徐々に身体を覆いつつある結晶。そして、動かない後ろ足……。
暗い気持ちになりかけたその時、エレスチャルがぬいぐるみを天井に向かって高く放り投げた。
落下してきたそれを、ちょんっと鼻先で受け止める。
それを二、三度繰り返す。
「す、すごい! すごいわ、エレスチャル!」
そう褒めると、エレスチャルは嬉しそうに鳴いた。
そして、ごろんっと豪快に寝転がり、「もっと褒めて!」と前足を合わせて上下に動かす。
「すごいよ、エレスチャル! 賢くてかっこいいね!」
エレスチャルは「えへへ」と笑っているように見えた。
まるで、こちらを慰めてくれるかのようだ。
後ろ足が動かなくなっても、身体が結晶に蝕まれようとも、この子は自分のことよりも人間を喜ばせようとする。
その健気さに、目の奥が熱くなる。
(シセラ様がこの子に芸を教えたとは思えないわ)
エレスチャルは芸達者な竜だ。
芸をする時、エレスチャルは怖がったり、嫌がったりする素振りを見せない。
シセラ様が教えたのなら、もっとこちらの顔色をうかがいながら不安そうにしていてもおかしくない。
きっと、優秀な竜調教師がいたはずだ。
エレスチャルのことをたくさん褒めて、たくさん愛情を注いで可愛がっていた人が……。
(そうあってほしいという私の願望なのかしら)
もし、そんな竜調教師が実在したとして、その人は今どこにいるのだろう。
その時、竜舎の扉がそっと開かれた。
「お邪魔するわねぇ」
そう柔らかな声が響く。竜舎の出入口には、大きな火の竜のぬいぐるみとカゴを持ったベアトリクス様が立っていた。




