三薙ぎの神官
怒りの形相で男、巫儀型信は左手に持っていた大幣を振り下ろすと、風が巻き起こり透明な何かが飛んでくる。
健は周りに漂っている煙を介して一瞬早くそれを感知し、高田は煙を切り裂く透明な何かで気付く。二人は別の場所にはじけるように飛び退いた。
「健さん、何ですかコレ!?」
「たぶん俺と同じ…同系統の能力。俺が煙の粒子操作なら、多分あいつは気体の分子操作だ!!」
「上位互換って奴ですか…。いやぁ、あの厳つい顔は鬼でしたか」
「真治も言うねぇ、だが確かに屏風で見た気がするわ」
「ぬっ、がぁあああ!!死ね、死ね、死ねぇええええ!!」
型信は完全に怒りに染まり、無茶苦茶に大幣を振り回して透明な何かを連射していた。二人はその透明な何かを必死に躱していた。
健は真治が話を合わせてくれてとても感謝していた。さっきの一連の流れは、実は相手の事を偶然だが知っていたからで、その情報を元に挑発したのだ。
島田健は土木工事の棟梁だが、本業はヤの付く自由業だ。何故、型信を知っているかと言えば知り合いの宮大工に手伝いを頼まれ、型信の勤める神社の大改修を行った事があるのだ。
その時の事は、島田は今でも覚えている。ちょっとした事でもイラついて周囲にあたる、プライドが高いのか自分が間違っていても人に所為にしてマウントを取ったり、自分より下の人間を日常的に罵詈雑言を浴びせる等々。
簡単に言えば厄介なパワハラ気質のクソ野郎である。
余り相手をしたくなくて島田は関わり合いになりたくなかったのだが、自分が可愛がっていた弟子達が型信に我慢がならなかったのか、激しい口論になっていたのだ。
それが原因かは解らないが、それから数週間後に仕事が完了した後に弟子達が三人姿を消した。
島田は何が起こっていた科解らなかった、最初は最近の若者が気分でいなくなってしまったのかと思ったが、あの三人の性格を考えればそれは無いと思った。自分の組の性質上、何かのトラブルに巻き込まれたのかと考えたが、一・二週間と経っても何の情報も集まらない事を考えると違う。そして行方も解らないまま、三年経ったある日サイファからの使者から話を聞いて仕事を辞め、怒りと共に第三部隊に入隊した。
「これくらいで怒るなよクソ野郎。お前の癇癪で嵌められて死んだ可愛い弟子たちは、起こることは出来ないんだからなぁ」
静かに小声でそう言うと、島田はこいつをどうやって殺してやろうかと昏く笑った。だが、少々じり貧だ。空間内に存在する操作できる物の空間内の絶対数が違うからだ。健は煙の粒子、相手は窒素分子。明らかに量が違う、何せ相手が操っているのは空気の78%を占める窒素だ。
更に相手は『三薙ぎの神官』と呼ばれる、『巫儀』の一族だ。その辺りの事情を教えてくれた話を思い出す。
「『巫儀』か、あんたから聞くという事は…復讐の相手か?」
サイファ警備会社内の社内食堂で、七凪あらため疾薙紫門はカレーライスを食べながら健に返事する。健はああと頷くと紫門はむぅと口を閉じた。
「なんでぇ、秘匿しなきゃいけないヤツなのか?」
「いや、そこまで秘匿って事は無い。三薙ぎの神官は能力者界隈じゃ有名な話だしな。気付いていると思うが一応、俺も三薙ぎの神官の一人だ」
「ああ、うちの大将に聞いてるよ。むしろあんたに聞いたのは大将があんたに聞けっていわれたからだ」
「…風文の野郎、人の個人情報を漏らしやがって…」
スプーンをクルクル回しながらイラつく紫門を宥めると、健は頼むと頭を下げた。
「三薙ぎの神官は三とついている様に、三つの家から成る神官の家を言う。一つは神凪家、体術と儀式を掛け合わした神官戦士。解りやすく言えば西欧でいう所の神殿騎士って奴と一緒ですね」
神殿騎士って何だと頭を傾げる健に、紫門は溜息を吐きながら話を続ける。
「解らんならいいですよ、話を続けましょう。俺の家は疾薙家、医療と能力を基礎とした家…まあどんな事をしているかは想像にお任せにします…そして巫儀家は祭事と儀式を中心とした、祭祀を司る家です」
「祭祀?てぇと、供物を用意したり祝詞を上げたりするやつか」
「概ね間違ってない。ただそれは古代の話で、近代ではそう言うのを連綿と続けていた家って事です」
成程と何となく理解した健は、話を深く掘り下げるのではなく自分の聞きたい事を聞いていた。
「何となく解ってんだが…俺はそいつに復讐をしたい。主にどういう事をするやつなんだ?」
「…うーん、昔の話は面白いんですがね?…まあ直接攻撃すると言うならば、巫儀は儀式を中心とした構成になっていると思います」
「儀式?」
「ええ、数年前の記憶だとあいつ等の戦闘は、能力者の固有能力を拡大・強化を主としている筈です。あれから家の方針が変わっていなければですが」
思い出した事が今目の前で起こっている事は一致している。だからこそマズいなと健は、背中に冷や汗を流しながら草むらに隠れ状況を見ていた。
「どこだ!!どこだ!!どこだ!!出て来い!!今までの生を後悔するように縊り殺してやる!!」
語彙が死んでるなと思いながら同じように隠れている高田と目を合わせ、アイコンタクトを取る。一か八かで二人が狩りでヤルか、それとも健が囮になって高田を逃がすかと身振り手振りを加えて相談していた。が、見つかってしまう。
「みぃつけたぁ!! 死ねっ!!」
「うるさいわ!!てめぇは海外のホラーモノかよ!!」
二人は草むらを切り裂きながら飛んでくる何かを咄嗟に避ける。しかし、飛んでくる透明な刃は一つではない、、怒りに任せて無軌道に飛ばしてきているのだろう、ランダムに飛んでくる複数の刃は健にとっては操作している煙が漂っている空間において死角はない。
しかし高田は別だ、今彼は仲間全てを能力によって繋いでおり主に飯田に意識をやっている。その所為で一拍、動きが遅れた。
「高田ぁっ!!」
気付いたら飛び出していた、透明な刃が高田に迫っていたのだ。高田は気付いているが、気付くまでほんの少しだけ初動が遅れた、仕方がないが馬鹿野郎とも思った。
そんな自分も馬鹿野郎だ、仲間を守る為に防御が出来ない攻撃の前に跳び出たのだ。
能力で相手の攻撃の鋭さは解っている、だから励起法を最大にそして高田を護る様に引き寄せる。
「健さん!!」
「耳元で叫ぶんじゃねえよ…老人は耳が遠いが、それ以前に能力者なんだぜ…」
「でも、健さん!!傷が!!」
「慌てんな…まさか、結晶化が有利になるとは思わなかった。見な、血が少ない」
ガキンと硬いものがぶつかった様な音と共に、高田と健は土煙を上げながら十数メートル吹き飛ばされる。高田が起き上がり見れば覆いかぶさっている健の服の脇腹辺りがざっくり切り裂かれ血が滲んでいた。慌てた高田が応急措置をしようとするが、健が手で止め傷口を見せれば結晶化した胴がごっそり砕け血は少しだけ滲むだけだった。
「とはいえ、絶体絶命だがな…、高田逃げな」
「健さん!!諦めちゃだめだ!!」
「ここまで来たら今死ぬか後で死ぬかなんて誤差だよ誤差…それに」
そこまで言った時だった、型信が近づいて来ていたのだ…その距離3m。これ以上は避けきれない、この身を盾にして高田を逃がすしかない。覚悟して結晶化で固まった身体を無理やり動かすと、能力の射線に身体を割り込ませる。
「俺が時間を稼ぐ、逃げろ」
「死ね!!」
間に合わないどころか、周囲に無数の刃が出来て顔が青ざめる。大幣からだけじゃない、いつでも透明な刃は何処からでも出せたのかと健は自分の固定観念に歯噛む。
刃が二人に迫る、これで終わりかと諦めそうになった時だった。
「爺さん達が冷や水を取るなよ…しかもこんな格上との戦闘とか、無茶苦茶無謀すぎる」
物がぶつかり崩れる音。気付けば二人の周りには輝く結晶がグルグルと回って透明な刃を砕いていた。
「この能力はっ!?」
「やーっと追いついた、周りの迷惑を考えてくれよ…爺さんども」
声の方を見れば、男が居た。戦闘服を着た無精ひげの男、香取幸也が獰猛な笑顔で浮かべていた。




