第六十二射目
ここは何処だろう……。
前も後ろも上も下も分からない場所に僕はいた。
立つ事も座る事も出来ず、ただふわふわと浮いている。
目の前に見えるのは、両親と楽しそうに笑い合っている子ども。
幼い頃の僕だ。
そうか、これは夢の中なんだ。
いくら記憶を辿っても目の前の光景は存在しない。
そう認識した直後に場面は切り替わり十歳の誕生日、あの日の出来事が流れてくる。
水属性の加護も授からず、下級職種を授かった僕。
よく見ると父上の視線は僕に対してでは無い事に気付いた。
殺気を込められた視線は僕でも司祭でも無く、何処か遠くを見ている様にも思えたが、定かではない。
思い出したくない記憶に目を瞑る。
ふと右手に暖かいもの感じ、見ようとしても身体が動かない。
次第に視界がぼやけてくる。
夢も終わりなんだと身を任せ、僕は白んだ世界に沈んでいった。
目を開けると、そこは……何処だ、ここ?
夢の中で暖かさを感じた事を思い出し、ふと右手に視線を落とすとフラン様……フランが両手で僕の右手を握りしめてベッドにもたれ掛かるように眠っていた。
身体を起こす為に力を入れると全身に激痛が走る。
「いっ!……つぅ……」
「あ……。あっ!ユウリ!目が覚めたの!?」
「はい。なんとか……。それよりもフラン、手を握ってくれてありがとう」
「えっ?あっ!えっ……と、これは……その……早くユウリに元気になってほしくて……」
「お陰ですっかり元気になったよ。身体中痛いけどね……」
「そ、そうだ!皆を呼んでくるね!」
身体の痛みで思わず声を出してしまい、フランを起こしてしまった。
あの様子だとここに運ばれてからずっと手を握ってくれていたんだろう。
顔を真っ赤にしたフランがバタバタと部屋から出ていく後ろ姿に改めて感謝した。
フランが部屋を飛び出した後、ここが何処か気になり悲鳴を上げる身体を無理矢理起こして部屋を見渡すが、記憶に無い。
ディーセス家でもないし、宿でもないし……。と思案していると、扉をノックされたので返事をする。
「お待たせユウリ!皆を呼んできたよ」
顔を覗かせたフランの後ろには、旦那様と奥様・ソーラさんもロビンさんと……ガルシア団長?何故ここに?そしてもう一人……誰?多分不沈艦の誰かなんだろうけど、見た事無い方だ。
「やぁ、ユウリ。気分はどうだい?」
「はい、思った以上に頭はスッキリしています。身体が物凄く痛いですけど」
「それは仕方ないね。見つかった時には全身の至る所の筋肉が千切れて、骨に罅が入っていた位だ。治癒魔法をかけてもらったとはいえ、三日程度じゃ完治とはいかないからね」
「三日も眠っていたんですか!?」
「そうだよ。竜と魔獣・魔物の軍勢の襲来からもう三日が経った」
「それで!どうなったんですか!?」
「それは余から話そう」
「国王陛下っ!?」
まさかの陛下の来訪に慌ててベッドから降り頭を下げようとするも、身体が言う事を聞かず、ただ痛みに襲われただけだった。
「そのままで良い。この国を救った【英雄】なのだ」
「英……雄……?」
「そうだ。まずは事の顛末を話すところから始めよう」
そう言ってベットの脇に用意された椅子に腰掛けた陛下が全てを教えてくれた。
僕の矢は寸分の狂い無く火炎竜を貫き、今まさに放たれようとしていた息吹の暴発で地上の軍勢の約半数を壊滅させた。
その後息を吹き返した方舟の面々、特にクランベイン団長とセルハさん、エルさんの獅子奮迅の活躍で瞬く間に地上と空中の軍勢を殲滅していったが、最初の息吹で団員の三分の一が魔力を使い果たし、陣の突破を許してしまった。
冒険者の人達が応戦するも危険度二級・三級が入り交じる軍勢を抑えきれず、王都の防壁に達してしまう。
その時、空から物凄い速さで飛んでくる一匹の黒い飛竜から人が降ってきた。
それこそガルシア団長とその脇にいるもう一人、ガルシア団長の姪に辺り、不沈艦アリシア=ローレライ副団長だった。
その二人が来てから、防壁の憂いが無くなった。
王都を守るように展開された《不屈の盾》、地上空中問わず、舞い踊るかの様に切り裂き焼き尽くす双剣と炎。
夜が明け、日が昇る頃には地上と空を埋め尽くしていた軍勢は一匹足りともいなくなっていた。
「……以上が、此度の戦の顛末だ。死者は二十七名、重軽傷者は数え切れないが、我々の勝利だ。最良と言っても過言ではない」
「二十七名も亡くなってしまったんですね……」
「うむ。亡くなった者はいたが、今回の戦の規模に比べれば奇跡としか言いようがない戦果だ」
「そう……ですよね」
僕がもっと早く矢を射る事が出来たら。
僕が倒れずにその後も戦えてたら。
もっと救えた命があったかもしれない。
そう思うと自然と涙が溢れてくる。
「ユウリよ。お主が心優しい少年なのは重々承知だ。今ももっと自分が戦えてたらと思ったのだろう。だが、違う。お主のおかけだ。お主のおかけでこの王都が、この国は救われたのだ。皆お主を褒め称えようとも責める者はおらん」
「はい……。ありがとう…………ございます」
肩に手を置かれて、子どもを諭す様に優しく話しかけてくれた陛下。
言葉遣いが間違っているのは分かっているが、その言葉しか出てこなかった。
そんな事を言われて泣いてばかりはいられない。
陛下に許可を取り、クランベイン団長が僕の横に立つ。
「今回、ユウリには本来騎士団全員が背負う重責を、君一人に背負わせてしまった。本当に申し訳ない」
クランベイン団長が腰を折り、深々と頭を下げてくれる。
「頭を上げて下さい。僕が言い出した事ですから。無事完遂出来て良かったです。それに、クランベイン団長がいなければ、許可してもらえなければそもそもこんな作戦とも呼べない作戦、実行すら出来なかったんですから。こちらこそありがとうございます」
「……重ね重ね感謝する。本当にありがとう」
クランベイン団長はきっと自分を責めているのだろう。
でもクランベイン団長が責められるのはお門違いだ。
むしろこの方のお陰で、今回の僕の功績を挙げられたんだ。
「ユウリ、良く頑張ったね。一応ではあるけど、君の君主として鼻が高いよ」
「ありがとうございます、旦那様。きっとフラン様の事だから沢山泣かせてしまったのでしょう。大変申し訳ございません」
「その件は後でたっぷり反省してもらおうかな」
「はい……」
優しい瞳でこちらを見据えながらも、いたずらっ子の様な笑みを浮かべる旦那様。
「さて、話を戻そう。ユウリはこの国の危機を救った正に英雄だ。その英雄への感謝として、褒美を授けようと思う。ユウリよ、其方は何を望む?叶えられる限り叶えよう」
「……それでは大変失礼ながら申し上げます」
「何なりと申せ」
「亡くなった方のご家族に見舞金をお渡し願いますか?その方々が、少なくとも子ども達が大きくなるまで困らない額を」
陛下の目が大きく見開かれる。
まさかそんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。
そしておかしな奴だと言わんばかりに大きな笑い声をあげた。
「失礼。よもやそんな事を言われるとは思わなんだ。良かろう。その願い余の名に賭けて叶えよう」
「感謝致します」
「では、お主への褒美を申してみよ」
「え……?今まさに…………」
「それはお主の願いだが、お主への褒美では無かろう」
あれ?この流れ前に何処かで……?
横目に笑いをこらえる旦那様の顔が見える。
この野郎。
「えっと……。じゃあ今笑いを必死に堪えてる某辺境伯様を力の限りぶん殴るのは如何でしょうか?」
「笑いを……?うむ、許可しよう」
「ちょ、ちょっと!?ユウリ!?陛下もお戯れを……」
部屋の中は大きな笑い声に包まれた。
少しの後悔はあったけど、それは後で反省しよう。
今はここにいる皆を、とても無邪気な笑みを浮かべるフランを守れた事を誇りに思って。




