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新たに自分付きの護衛となった騎士を眺めながら、アルメイアはうっとりとしていた。
細身で小柄な体つきは、他のごつくて筋肉質な騎士達の間では一際目立つ。頭一つ低い身長は、他の騎士達と共にいる時にはまるで子供のようだ。だが、そんな外見を持ちながら、剣椀においては副隊長に匹敵する実力の持ち主ときた。
白竜騎士団はその名の通り、白の鎧をまとう。その中でもアルメイアの騎士は新たに作らせた鎧を身につけていた。全身を包むフルプレートではなく、動きを阻害しないように急所や要所のみを覆っている。素材も軽い金属を用いており、重量を感じさせない。またその白く輝く騎士服とマントを翻す姿が、物語のそれを思わせた。
国王と騎士団長による閲兵を終え、整列した騎士達がそれぞれの任務を果たすべく広場を出て行く。その中から、自分の騎士が傍らへと戻ってくるのを見て、アルメイアはやはりくすぐったそうに微笑んだ。
「どうした? アルメイア」
「いえ。リリシアが、まるで物語に出てくる騎士のように見えて」
傍らに立つ夫――ガルデニア国王リディアスの問いに、そう答える。そうするとリディアスは少しだけ目を見開き、苦笑を浮かべると窘めるように名を呼んだ。
「アルメイア」
「分かっております。彼女は騎士。物語の登場人物でもなんでもない」
その大人が子供を窘めるような振る舞いに、思わず唇を尖らせて答える。
だが自分はまだしも、侍女達にも同じような認識が広がっている事を、アルメイアは知っていた。上級貴族の子弟が大多数を占める白竜騎士団は、同じく上級貴族の子女が多く含まれる侍女達にとっては、格好の結婚候補である。とはいえ、幼いころから騎士団で育った彼らは、貴公子と呼ぶには少々がさつであり、スマートにエスコートできる者もいるが、そういった優良物件はすぐに売れてしまうのだ。
そんな中、リリシア=フェンブルックという女性騎士は、乙女の夢想を現実にしたような振る舞いをする騎士だった。
当人は不調法者だと言うが、任務中でなければ侍女達を自然と手伝う彼女は、すぐに侍女達の信頼を得た。酒に酔って絡む者がいればそれをいなし、侍女へ不当に当たる貴族がいればそれを窘める。確かに淑女のようなしとやかさはない。だが、騎士としては理想的な姿を持つ彼女を、侍女達は支持した。
それはこの三年ほどの間、アルメイアが我慢してきた浮ついた事柄なのかも知れない。だがそれだって、仕方ないではないか。そう考えてしまう程度には、アルメイアは理想的な『騎士』だったのだ。
「……妃殿下?」
アルメイアが拗ねた顔をしていた事に気付いたのか、リリシアが小首を傾げながら歩み寄る。
「なんでも無いわ。では陛下?」
「ああ。昼食の席で、また」
そう言うと、リディアスは大臣や宰相達を伴って執務室へと歩み去った。その背を、アルメイアはじっと見つめてしまう。
2年間。
それは、21歳のアルメイアからすれば、ほんの僅かな時間だ。だが同時に――とても長い時間だった。
王太子の婚約者として、幼いころからリディアスと、そしてリヒャルトと共にいた。幼なじみの友情が淡く幼い恋心へと変わるのは当然の事だったろう。そして、淡い色が濃く鮮やかになるのも、また当然だった。
そんな彼が突然行方知れずとなった。王太子として、即位する前に国土を見ておきたい。そう言って少数の供を連れて旅立った彼を見送った。今と同じように、彼の背を見送ったのだ。それはすぐに帰ってくるはずの旅だった。
だが、彼は姿を消した。連れて行った供も戻らず、王太子の不在は王都を揺るがした。
国王こそ健在とはいえ、即位も間近と言われた王太子が行方知れずとなった事はそれだけ衝撃的だったのだ。
最初の半年は、それでも皆がそれぞれに息を潜めてリディアスの帰還を待った。王太子の不在を他国に知られる訳にはいかなかった。国内の王太子の反対勢力によって謀殺されたのか、それとも他国の間者の手によるものかも分からない状況下では、おおっぴらにリディアスを探索する事もできなかったのである。幸いにして王太子はお忍びの国内視察に出るために、諸行事への出席を控える旨がすでに国王へ奏上されていた事か。
貴族達の間でも、王太子派のままでいるべきか。それとも新しい将来の権力者におもねるべきかと、揉めていた。
だが王太子が帰還した時、下手に立場を変えていればその後の生き残りもままならない。だからこそ、皆は情報を集め王太子捜索を進めながらも以前のままの立場を保っていたのだ。
それが一年過ぎた頃、一部の貴族が密やかに動き出した。
リディアスの年の離れた弟を立太子し、その後見に収まろうと画策した者達である。
そして王太子の婚約者であったアルメイアにも、結婚の話が寄せられるようになってしまったのだ。
父や母からも、リディアスはすでに死んだとして婚約を破棄し、新たに大貴族との姻戚を結ぶようにと話を向けられるようになった。それは当然だろう。もしも生きているのならば、彼がここに帰還しないはずがない。彼は王太子であり――この国の未来の王なのだから。ならば、帰還しない理由は死亡以外にありえない。
その言葉はアルメイアにも理解できた。
そして、戻らぬ者を待って婚期を逸する危険も、また同様に。
それでも、信じたかった。リディアスが死んだなど、到底信じられなかった。だから待った。あらゆる勢力の均衡を保ち、彼が帰還した時にこの国が荒れ果てていないようにと願って。
アルメイアはその賭に勝った。リディアスが平民が着るような質素な服の上にボロボロのマントをまといながら王城の正門前に立った日に、この城は新たな国王の帰還に湧いた。それでもリディアスは2年の空白の間に生まれた齟齬を埋めるべく、1年間を要したのだ。
王となるべく空白期間の情勢を頭に入れ、父王と夜遅くまで政務に励んでいた。その姿に、王弟を担ぎ上げようとしていた者達も次々に帰順していった。
そうして今、彼は王としてこの国を纏めている。
「妃殿下?」
後ろに立ったリリシアが、怪訝そうに声をかけてくる。それに「なんでもない」と返し、アルメイアはすっと姿勢を正した。
「戻りましょう」
リリシアは無言で頷くと、アルメイアの斜め後ろにつく。それが彼女の定位置だった。