60.三つ巴
カイが帰ったあと、生徒会室には再び静けさが戻った。
セラはノアと話し合おうと向き合う。
「……ノアさん」
「うん?」
「王家の話と、今日の教会の話。少し整理してみてもいいですか?」
「もちろん」
ノアも書類を脇へ寄せた。
「まず、王家が問題にしているのは……私とノアさんの婚約そのものではないですよね」
「僕もそう思う」
「リィン家への権力集中」
「うん」
「私が光魔法を使えると分かったことで、私とノアさんが結婚した場合の影響が大きくなった」
「そうだね」
セラは頷いた。
「だったら、仮に私が光魔法を使えなかったとしても、二つの公爵家の婚姻という時点で、王家は多少警戒していたはずです」
「その通り」
「でも……今回の件で、それが無視できないほど大きくなった」
「僕もそう考えてる」
やっぱり。
セラは小さく息を吐いた。
「じゃあ、教会は?」
「王家とは少し違うだろうね」
「教会は、リィン家に光魔法を独占されたくない」
「うん」
「だから、私を保護下に置いて婚約を解消させたい」
「そうなる」
セラは指先で机を軽く叩いた。
「……でも、それなら」
「うん?」
「私が教会の保護を受けた場合、今度は教会が私の光魔法を独占することになりませんか?」
ノアが一瞬黙った。
「……そこだよね」
「王家だって、それを歓迎するとは思えません」
「たぶんね」
「つまり」
セラは顔を上げる。
「王家も教会も、リィン家に私を渡したくない。でも、互いに相手へ渡すのも嫌」
「そういうことだと思う」
「……なら」
セラは少し考えた。
「私とノアさんの婚約を維持すること自体が、必ずしも王家にとって一番悪い選択ではない?」
「僕もそこを考えてた」
「ただし、条件が必要」
「うん」
二人の声が重なった。
「リィン家が私を独占しないこと」
「王家や教会にも一定の関与を認めること」
「でも、どちらかに完全に渡すわけではない」
「そして何より――」
ノアがセラを見る。
「君自身の意思を無視しないこと」
「……」
セラは少しだけ目を見開いた。
「そこまで認めさせるのは、簡単じゃないですよ」
「分かってる」
「王家も教会も、自分たちが正しいと思って動くでしょうし」
「だから、どちらかを説得するんじゃなくて」
ノアが静かに言った。
「どちらも、婚約を解消するより維持した方がいいと思う状況を作る」
「……なるほど」
セラは納得した。
「王家にとっては、教会に光魔法が集中するよりリィン家と婚約している方がいい」
「そう」
「教会にとっては、リィン家が独占するより、自分たちも関与できる方がいい」
「そういうこと」
「そしてリィン家としては、私をどこか一つの勢力に渡したくない」
「うん」
セラは思わず苦笑した。
「……三者に、それぞれ妥協させるんですね」
「そう」
「難しそうです」
「かなりね〜」
二人で顔を見合わせる。そして、同時に小さく笑った。
「でも」
セラは言った。
「婚約を解消してしまったら、私がどこへ行くかは王家と教会の交渉次第になってしまいます」
「うん」
「だったら、今のうちに動いた方がいい」
「僕もそう思う」
セラは頷いた。
「……やりましょう」
「うん」
「婚約を維持するために」
「一緒にね」
ノアは微笑んだ。その笑顔を見て、セラもつられるように笑う。
「……なんだか」
「うん?」
「こうしてノアさんと話していると、安心します」
「……」
ノアの笑顔が、ほんの少しだけ止まった。
「安心?」
「はい」
セラは何気なく頷く。
「私一人だったら、王家と教会が何を考えているのかなんて、整理できなかったと思います」
「そっか〜」
「ノアさんがいてくれてよかったです」
「……」
ノアはしばらく黙っていた。それから、少しだけ困ったように笑う。
「それなら、婚約者としての役目は果たせてるかな」
「もちろんです」
セラは即答した。
「私、最初は脅されましたけど……ノアさんが婚約者でよかったと思っています」
「……そう」
ノアは視線を落とした。その姿はどこか苦しそうで、何かを抑えているようにも見える。
「……セラ」
「はい?」
「もし」
ノアは一度言葉を切った。
「もし、光魔法のことも、王家のことも、教会のことも全部関係なかったら」
「?」
「それでも……君は僕との婚約を続けたいと思う?」
「……」
思わぬ質問だった。
(初期だったら、絶対してこない質問……ちょっとは情が移ってくれたのかな?)
「……難しい質問ですね」
「うん」
「でも」
セラは小さく笑った。
「たぶん、今と同じ答えだと思います」
「……本当に?」
「はい」
「どうして?」
「だって」
セラは当たり前のように言った。
「ノアさんといると(断罪されなくて)安心するので」
「……」
「それに、一緒にいると楽しいですし」
ノアは何も言わなかった。
ただ、ほんの少しだけ目を伏せる。
「……そっか」
「はい」
「なら」
ノアは顔を上げた。
「僕も、頑張らないとね」
「?」
「君が安心できる場所を、ちゃんと守らないと」
「……ふふ」
セラは笑った。
「お願いします、婚約者さん」
「任せて〜」
ちょっと小話!
【ノア視点】
いつもの柔らかな笑顔。けれど、その奥では。ノアは静かに決意していた。
政治的な理由だけではない。家のためでもない。王家や教会に対抗するためだけでもない。
――自分が、セラの隣にいたい。
その気持ちだけは、もう誤魔化せなくなっていた。
(……いつまでも、婚約者だからという理由だけで隣にいるわけにはいかない)
セラが自分をどう思っているのか。
それを、いつかきちんと聞きたい。
そして――自分が彼女をどう思っているのかも。
(……もし、この騒動が落ち着いたら……ちゃんと伝えよう)
ノアはそう、静かに決意した。
(……もし、この状況がひと段落したら…ちゃんと伝えよう)




