59.ノアとカイ
翌日の放課後。
最後の授業が終わると、セラはいつものように教科書を鞄へしまった。
(今日はノアさんと話す約束をしたから)
昨日の教会からの申し出について、まだ答えを出せていない。
ノアとは少し話をしたが、もう一度きちんと作戦を立てておくべきだという話になった。
そんなことを考えながら教室を出ようとした時。
「セラちゃーん」
「カイ先輩?」
廊下にカイが立っていた。
「今から生徒会室だよねー?」
「はい」
「よかったー。ちょっといい?」
カイは手に持っていた紙を見せる。
「レオンパイセンから資料を取ってきてほしいって頼まれてるんだけどー、場所がわかんなくてー……一緒に来てくれない?」
「資料ですか?」
「去年の魔法競技大会の記録。資料室にあるんだってー」
セラは紙を見る。
「結構ありますね」
「そうなんだよー。一人で持つの大変そうだし、セラちゃんいつも資料運び手伝ってるからー。どこにあるかわかるかなって」
「分かりました」
「ありがとー」
カイは嬉しそうに笑った。
「じゃあ行こっか」
「はい」
二人で旧校舎へ向かう。その途中、セラがふと思い出した。
「あ」
「どうしたの?」
「今日、ノアさんと話す約束をしてたんでした」
「ああ……」
カイは少しだけ目を伏せた。
「じゃあ、急いで取ってこよう」
「そうですね」
♡ ♡ ♡
資料室に入った途端、カイは棚を見上げた。
「……うわ」
「どうしました?」
「これ、どこにあるんだろう」
「去年の大会ですよね」
「うん」
二人で棚を探す。しばらくして、セラが棚の上の方に一冊の資料を見つけた。
「あ、ありました」
「ほんと?」
「あれです」
「じゃあ、俺が取るよー」
カイが手を伸ばす。
そして――。
「あ」
隣に積まれていた薄い資料へ指が引っかかった。
ぱさっ。
積まれていた十数冊のファイルが床へ落ちる。
「あっ!」
「ごめん!」
カイが慌てたようにしゃがみ込む。
「大丈夫ですか?」
「うん。俺は平気」
「でも……」
「資料散らかしちゃったね」
「一緒に拾いましょう」
「ありがとう」
二人で床に散らばった資料を拾っていく。
セラが一冊を拾おうとした、その時。
「――あ」
足元に落ちていたファイルに、カイの靴が触れたた。
「カイ先輩!」
身体が大きく傾く。セラが咄嗟に腕を掴んだ。
「危ない!」
けれど、支えきれない。カイはそのまま床へ倒れ込んだ。
――どさっ。
「カイ先輩!」
セラが慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「……痛ったー」
カイは顔をしかめる。
「腰打ったー」
「えっ……」
セラの顔が一気に心配そうになる。
「立てます?」
「ちょっと待って」
カイはゆっくり身体を起こした。
「……うん。大丈夫そう」
「本当ですか?」
「うん」
「カイ先輩が資料を落とすから…」
「心配してくれる?」
「……軽口叩けるなら大丈夫そうですね。」
「ひどー」
カイは笑った。
セラは心配して損したような気がしてきた。
「……ッ…」
カイはセラの様子に苦笑いしながら立ちあがろうとしたら、途中で少しバランスを崩した。
「大丈夫ですか!?」
「あはは……」
「本当に痛いなら言ってくださいよ!」
そう言いながらセラは光魔法の準備を始めるが、カイに止められた。
「セラちゃん。俺は大丈夫だから、自分の体を気遣ってよ。また倒れたりしたら嫌だし。」
「転んだ程度の腰痛なら大した魔力も使わないんで、平気ですよ」
「でも少し休めばいいだけだから。」
カイは壁に背を預ける。
「……でも」
「じゃあ一緒にいてくれる?」
「え?」
「一人で休んでるの心寂しいんだよねー」
「……分かりました」
「ありがと」
カイは嬉しそうに笑った。
「好きな子が隣にいると、治りも早そうだし」
「……またそういうこと言う」
セラはそういえばと気まずくなりながらも、カイの茶化したような口ぶりに本気で心配になったセラが隣に座る。
「……わかりました。でも、少し休んでも治らなかったら光魔法使いますから。」
「はは。マジでセラちゃんかっこいいー」
心地のいい沈黙が流れる。
セラはその空気の中、ゆっくりと資料を探した。
セラが資料を見つけ終わった時には、もうだいぶ回復したようで、カイがストレッチをするように体を伸ばしていた。
「もう大丈夫そうですか?」
「うん」
「じゃあ、資料を持って戻りましょう」
「そうだね」
二人は立ち上がった。
そして、予定より少し遅れて生徒会室へ戻った。
♡ ♡ ♡
(……ノアさん、待ってるかな)
今日は話す約束をしていたのに、思ったより時間がかかってしまった。カイが転んだことも気になるし、資料もきちんと届けなければならない。
「……急ごう」
セラは少しだけ歩く速度を上げた。
生徒会室の前まで来て、扉を開ける。
「お疲れ様です」
「あ、セラ」
顔を上げたノアが、ほっとしたように微笑んだ。
「お疲れ様〜」
「遅くなってすみません」
「ううん。……何かあった?」
ノアの視線がセラの隣へ移ると、怪訝そうに顔がしかめられた。
「カイと一緒だったんだ」
「はい。レオンさんに頼まれた資料を取りに行っていて」
「そうなんだ〜」
「資料、これです」
セラが机の上へファイルを置く。
「ありがとう」
ノアは資料を受け取る。
「……カイ」
「なんすかー?」
「……これレオンはカイに頼んだんじゃない?」
「えー?」
カイがきょとんとした顔をする。
「俺はあんまり資料室行かないんで、セラちゃんと一緒に探したほうがいいかなと思ったんですけどー?」
「いや〜」
ノアは笑ったまま、カイを見る。
「にしては随分遅かったから」
「ああ、それ?」
カイは腰へ手を当てた。
「俺が資料落としちゃってー」
「資料を?」
「はい。十三冊くらい」
「……十三冊?」
「そうなんですよー」
カイは悪びれもせず笑う。
「そのあと俺が転んじゃってー」
「……」
ノアの笑顔が、一瞬だけ止まった。
「転んだ?」
「はいー」
「怪我は?」
「もう平気ですよー」
「そう」
ノアは頷いた。
「それならよかった〜」
それだけ。
けれど、なぜか室内の空気が少しだけ重くなった気がする。
「カイ先輩、結構痛そうでしたよ」
セラが耐えられなくなって口を挟む。
「だから光魔法を使おうとしたんですけど、断られちゃって」
「……光魔法を?」
ノアがセラを見る。
「はい。でも、本当に軽い打撲みたいだったので」
「そう」
ノアは小さく息を吐いた。
「セラは自分の魔力のことも、ちゃんと考えないとね〜。あと、使う時は僕に言ってって言ったでしょ。」
「……ああ、そういえば…ごめんなさい。」
「軽い症状なら自分の心配をして〜」
ノアはそう言ってから、再びカイを見る。
「カイ」
「なにー?」
「セラはまだ完全に回復したわけじゃないんだから気をつけて」
「分かってますよー」
「なら、あまり無理させないでね〜」
「俺が無理させたみたいな言い方じゃないすかー」
「違うの?」
「ひどーい」
カイは笑う。いつもの軽い調子。
けれど、セラが笑えるような雰囲気ではない。
「俺はむしろ、セラちゃんに心配してもらっただけだよ?」
「……」
ノアの手が止まった。
「心配してもらった?」
「うん」
カイは楽しそうに笑う。
「俺が転んだら、すっごい心配してくれてさー」
「……そう」
「隣に座ってくれたし」
「……」
「優しいよね、セラちゃん」
(ノアって、そういうの嫌がるんじゃなかったっけ!?)
「カイ先輩」
セラがヒヤヒヤしながら口を挟む。
「それは言わなくていいことです。」
「えー? なんで?」
「なんか恥ずかしいので」
「俺は嬉しかったけどなー」
カイは笑う。
その言葉に、ノアが静かにカイを見る。
「カイ」
「なんですかー?」
「セラを困らせないで」
「困らせてないですよ?」
「……本当に?」
「はい」
カイは笑った。
「セラちゃんが嫌がってないなら、俺は問題ないと思いますけど」
「……」
「ね、セラちゃん?」
「え?」
急に話を振られて、セラは目を瞬いた。
「私は……別に」
(あれ?これ困ってるって言った方が良かった気がする。)
「ほら」
カイが笑う。
「本人もそう言ってるし」
「……そうだね〜」
ノアも笑った。けれど、その笑顔は先ほどより少しだけ薄かった。
二人の間で視線がぶつかる。
笑っているのはカイ。微笑んでいるのはノア。
なのに。
――なんだろう。
セラは二人を交互に見た。
(……なんか、怖い)
別に怒鳴っているわけでもない。険悪な言葉を交わしているわけでもない。
それなのに、妙に空気が張り詰めている。
「……どうしたんですか?」
「なにが〜?」
ノアがセラの問いに答える。
「……空気がなんとなく険悪?じゃないですか?」
「「別に」」
二人の声が重なった。
「……」
セラは思わず瞬きをする。
カイが笑う。
「ほら、仲良しじゃん」
その横で、ノアも微笑んでいた。
「そうだね〜」
けれど。
ノアの視線は、カイから離れない。
そしてカイもまた、笑顔のままノアを見ていた。
――どちらも、一歩も引くつもりはなかった。
ちょっと小話!
【カイ視点】
生徒会室を出たカイは、一人で廊下を歩いていた。
「……ふふ」
今日は、思ったより上手くいった。
資料を落として、少し転んで。
その結果、セラは心配して隣にいてくれた。
「やっぱり、セラちゃん優しいなぁ」




