56.婚約
翌日。
また倒れられては大変だと今日の授業は休んだが、放課後に生徒会室までと呼ばれたので、生徒会室に向かっていた。
「……もう、すっかり元気になったな」
身体に残っていた疲労も、ほとんど消えている。治療で魔力を使い果たしたことを考えれば、エリアスの言っていた通り回復は早いんだろう。
ただ。一昨日の出来事だけは、いくら時間が経っても忘れられそうになかった。
光魔法を、隠し通すことはできない。
「……まあ」
セラは小さく息を吐いた。
「ニナが助かったんだから、後悔はしてないけど」
そう呟き、生徒会室の扉を開ける。
「お疲れ様です」
「お疲れ様〜」
中にいたのはノアだった。いつも通り柔らかな笑みを浮かべている。
「元気そうでよかった〜」
ノアは安心したように笑った。
「ふふ、ありがとうございます。」
けれど。セラは少しだけ首を傾げる。
「ノアさん、何かありました?」
「え?」
「なんだか、ノアさんは少し元気がない気がします」
「……そうかな?」
「はい」
「気のせいだよ」
そう言って笑う。けれど、その笑顔はどこかぎこちなかった。
セラがそれ以上尋ねようとした、その時。
コンコン。
生徒会室の扉が叩かれた。
「どうぞ」
ノアが返事をすると、扉が開く。
「失礼する」
「……レオンさん?」
入ってきたのはレオンだった。いつものような明るい笑顔ではある。
しかし、その後ろには王宮の紋章が入った服を着た男性が一人立っていた。
「こんにちは、セラ嬢」
「こんにちは……?」
セラは不思議そうに二人を見る。
「今日はどうしたんですか?」
「少し話があってね」
レオンはそう言うと、後ろの使者へ視線を向けた。
「ここで話しても?」
「構いません」
使者はそう答えると、扉の鍵が閉じられた。
(え?)
途端に、生徒会室の空気が変わる。セラは無意識に背筋を伸ばした。
「さて」
レオンが口を開く。
「昨日の件について、まずは君に伝えておきたいことがある」
「光魔法のことですか?」
「そう」
レオンは頷いた。
「君が治癒魔法を使ったことは、すでに王宮へ報告されてる」
「……そうですよね」
「当然だよ。あれだけ大勢の人間が見ていたんだから」
レオンは苦笑する。
「むしろ、王宮に報告されない方が問題だ」
「あはは……」
セラは苦笑した。
「ただ、今回王家が問題視しているのは、それだけじゃない」
「……?」
レオンがノアを見る。
「ノア」
「はい」
「君とセラの婚約についてだ」
「……」
セラは目を瞬いた。
「婚約?」
「現在、王家では二人の婚約について、見直しを検討している」
その言葉に、セラは黙り込む。隣を見ると、ノアも表情を硬くしていた。
「理由は?」
ノアが尋ねる。
「リィン家への権力集中を避けるためだ」
レオンは淡々と答えた。
「リィン家は代々、光属性の魔力保持者を多く輩出している。それに加えて、君たちは公爵家の嫡男と長女で、元々無理を通した婚約だった。」
「……」
セラは黙って聞いていた。言っていることは分かる。
リィン家は光魔法の名門。ウィンドフォール家も公爵家。そんな二つの家が婚姻で繋がれば、確かに王家として警戒するのは当然なのだろう。
むしろなぜ一回は婚約が通ったのか不思議なくらいだ。
「……つまり」
セラが口を開く。
「私とノアさんの婚約が、リィン家への権力集中につながると考えられているんですね」
「そういうことだ」
セラは小さく頷いた。
そして。自分でも驚くほどすごいスピードで頭が回転した。
婚約がなくなる。それは後ろ盾がなくなるということだ。
光魔法を使えることが知られた。しかも、自分では気が付かなかったが、相当強力なものらしい。これから、自分がどんな扱いを受けるのか分からない。自分の力を利用しようとする人間だって現れるかもしれない。
そんな中で。
自分を守ろうとしてくれているノアとの婚約を失うのは、あまりにも大きい。
「……私は」
セラは顔を上げた。
「婚約を維持したいです」
ノアが僅かに目を見開いた。レオンも少しだけ目を細める。
「理由を聞いても?」
「はい」
セラは考えながら言葉を選んだ。
「今の私は、昨日までとは立場が違います」
「光魔法を使えると知られたから?」
「はい。しかも強力な。」
セラは頷いた。
「これから先、私を利用しようとする人が出てくる可能性もあると思っています」
そして。
「だから、私には後ろ盾が必要です」
セラはノアを見る。
「ノアさんは、光魔法についても詳しいですし……今まで何度も私を助けてくださいました」
ノアは何も言わない。
「婚約までなくなってしまったら、私は今より無防備になると思います」
「……」
「だから私は、婚約を維持した方がいいと思っています」
しばらく沈黙が続いた。やがて、レオンが静かに口を開く。
「もちろんそれは考慮済みだよ。」
「……え?」
「王家としては、セラ嬢の立場をより明確にする必要があると考えている。」
「王家が……」
「そう」
セラは少し考える。王家の保護。確かに、それも悪い話ではない。ただそれは。
「王家との婚姻関係を結ぶ、とかね」
「……!」
セラの身体が僅かに強張った。
王家との婚姻。分かってはいたがその言葉を聞いた瞬間嫌な予想が頭の中で構成された
(今、リリアはいつも通りレオンルートで話が進んできてる。つまり、ここでレオンとの婚約を結んでしまうと、レオンにとって私は邪魔な存在となる。)
「もちろん、現段階で決まった話ではない」
レオンが穏やかに言う。
「……分かりました」
セラはなんとか頷いた。
けれど。
(ノアさんとの婚約がなくなったら……)
その先に待っているのは。
(レオンさんとの婚約……?)
セラの顔から、少しだけ血の気が引いた。
――それだけは、避けたい。
また、あの未来へ近づいてしまう。
断罪。そして――死。
「……」
セラは膝の上で、そっと手を握った。
「私は……」
もう一度、顔を上げる。
「やっぱり、婚約を維持したいです」
今度は、先ほどよりはっきりと言った。
「理由は?」
「私自身の安全のためです」
セラは答える。
「今の私には、ノアさんとの婚約が必要だと思っています」
ノアの目が僅かに揺れた。けれど、何も言わない。
「……分かりました」
使者は頷いた。
「あなたの意思も含め、王家へ報告しましょう」
「ありがとうございます」
話はそこで一区切りとなった。使者が扉の鍵を開け退室し、レオンも立ち上がる。
「それじゃあ、私はこれで」
レオンも退出する。二人きりになったセラは、息苦しい沈黙に耐えられず、口を開いた。
「ノアさん」
「うん?」
「私……」
少し迷ってから、口を開いた。
「婚約、続けたいです」
「……うん」
「迷惑じゃないですか?」
「どうして〜?」
「リィン家への権力集中が問題になっているなら……私が婚約を続けたいと言ったら、ノアさんの家に負担がかかるんじゃないかと思って」
「それは気にしなくていいよ〜」
ノアは穏やかに笑った。
「僕がどうしたいかは〜、僕自身が決めることだから」
「……でもリィン公爵様も」
「……。」
ノアは少しだけ視線を逸らす。
「僕は、婚約をなくしたいとは思っていない。父上も、さらに婚約を強固にしたいと考え始めていると思う。」
「……そうなんですね」
セラはほっとしたように笑った。
「よかった」
その笑顔を見て。ノアは一瞬だけ言葉を失った。
「……セラ」
「はい?」
「いや……なんでもない」
「?」
セラは首を傾げる。
ノアはそんな彼女から視線を逸らした。
――婚約を維持したい。
その言葉だけが、何度も頭の中を巡っていた。けれど、それがセラにとって「自分が好きだから」ではないことも、ノアには分かっている。
だからこそ。
嬉しいのに。
どこか、苦しかった。
一方。
セラもまた、窓の外へ目を向ける。
(……絶対に、婚約をなくしちゃいけない)
今の自分を守るため。
そして何より――。
(レオンとの婚約なんて、絶対に避けないと)
ちょっと小話!
実はセラは光魔法を公開したことがなかったので、というか使えるようになってから少ししか経っていないので、今回の出来事に戸惑っています!




