54.医務室で
――目を覚ますと、見慣れない白い天井があった。
「……ん」
ぼんやりと瞬きをする。鼻をくすぐるのは、薬草のような独特の匂い。身体を起こそうとすると、思った以上に身体が重かった。
「……ここ、どこ……?」
「医務室ですよ」
「……!」
すぐ近くから声が聞こえ、セラは顔を向けた。そこにいたのは、エリアスだった。
「エリアス先生……?」
「おはようございます、セラさん」
いつもと変わらない穏やかな笑み。けれど、その瞳には僅かな心配が浮かんでいた。
「……私、どうして」
「騎馬戦でニナさんを治療した後、魔力を使い果たして倒れたんですよ」
「……あ」
その言葉を聞いた瞬間、記憶が一気に蘇った。
騎馬戦。
大怪我。
光魔法。
そしてーー
「……ニナは!?」
勢いよく身体を起こす。
「落ち着いてください」
エリアスがすぐに肩を支えた。
「ニナさんなら大丈夫です」
「……本当ですか?」
「ええ。命に別状はありません」
「……よかった」
セラは大きく息を吐いた。身体から力が抜け、そのまま枕へ倒れ込む。
「本当に……よかった……」
「治療も完全に成功しています。少なくとも、今のところ後遺症が残るような様子もありません」
「……そうですか」
セラは胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「あなたは、本当に自分のことより他人の心配をしますね」
「だって……」
セラは少しだけ笑った。
「ニナが無事なら、それでいいです」
「……そうですか」
エリアスは微笑んだ。
その時。コンコン。
扉を叩く音が響いた。
「失礼します!」
扉が開く。
「セラ!」
次々と顔を覗かせたのは、リリア、シオン、カイ、そしてノアだった。
「……みんな」
セラが目を丸くする。
「大丈夫ですか!?」
リリアが真っ先に駆け寄ってくる。
「うん。もう大丈夫」
「本当に心配したんだから……!」
「ごめんね」
「謝らないで!」
リリアは少しだけ頬を膨らませた。
「セラはニナを助けたんでしょう?」
「……うん」
「だったら、謝るべきなのはこっちだよ!私は光属性なのに……」
「リリア……」
セラは優しく笑った。
「ありがとう」
「……はい」
リリアもようやく笑う。その隣では、シオンが腕を組んでいた。
「……馬鹿」
「え?」
「無茶しすぎ」
そっぽを向いたまま、シオンが言う。
「自分が倒れるまで魔法を使うなんて、普通じゃない」
「……ごめん」
「だから謝るなって」
シオンは小さくため息を吐いた。
「……心配した」
「……」
セラが目を丸くする。
「シオン……」
「何」
「ありがとう」
「……別に」
それだけ言って、シオンは顔を逸らした。
けれど、耳が少し赤い。セラは思わず微笑んだ。
「セラちゃん!」
今度はカイが近づいてくる。
「本当に大丈夫?頭痛くない?気持ち悪くない?身体に変なところない?」
「だ、大丈夫です。」
「本当に?」
「はい。」
「……ならよかった」
カイは笑った。
いつもの軽い笑顔。けれど、その目は笑っていなかった。
セラの顔を確かめるように、じっと見つめている。
「俺、あの時――」
「カイ」
ノアが静かに声をかけた。
「今はセラを休ませてあげてよ」
「……俺は」
「カイ!」
ノアが声を張ると、口を尖らせた。
「ちょっと心配してるだけじゃないすか」
「ダメだ。」
「そんなー。」
二人の間に、一瞬だけ妙な空気が流れた。
セラは首を傾げる。その空気を察したのか、エリアスが小さく咳払いをした。
「皆さん。セラさんはまだ目を覚ましたばかりです。あまり興奮させないようにしてくださいね」
「すみません、先生」
ノアが頭を下げる。
「いえ」
エリアスは微笑んだ。
「ですが……一つだけ、確認しておきたいことがあります」
「……?」
セラがエリアスを見る。
「今回の治療についてです」
その瞬間。部屋の空気が少しだけ変わった。
「……光魔法ですよね」
セラは小さく頷いた。
「はい」
「今日の競技場にいた生徒や教師の多くが、あなたの魔法を見ています」
「……ですよね」
「ですから、これからも隠し続けるのは難しいでしょう」
セラは視線を落とした。
「分かってます」
「王家の方々も教会も今、動いていると聞きました。」
エリアスは緊迫感を保って続ける。
「今後、属性検査を受けることになると思います。属性検査で間違いがあったことは一度もないんですが……ウィンドフォール公爵家が娘を守るために…その…不正を行ったのではないかと。」
「……そうですか。」
(それなら私は風属性だから問題ないけど……お父さんに迷惑かけるなあ。)
「それに、あの程度の光魔法は文献にも書かれていないほどの強力なものでしたから。」
それを聞いたシオンが口を開く。
「先生」
「はい」
「文献にもないというセラの治癒はどれくらいすごいものなのですか?」
エリアスの表情が僅かに変わった。
「……そうですね」
エリアスが重々しく口を開く。
「光属性を持つ方の一般的な治癒能力は、傷を癒す程度のものです。」
「……。」
「熟練した光属性の魔法使いでも手足程度の再生が限界です。それこそ四肢を再生する程度の魔法は無理でしょう」
ノアが静かに聞いている。
セラはそんなノアをちらりと見た。ノアは何も言わない。
「では……セラさんの魔法は?」
リリアが尋ねる。
「私にも、まだ断言はできません」
エリアスは少し考えてから答えた。
「ただ、一つだけ確かなことがあります」
「何ですか?」
「セラさんの光魔法は、前代未聞の強力なものです」
その言葉に、セラの胸が僅かにざわついた。
(…何年も習得してきたから?)
「まあ、治ったんだからいいじゃーん」
カイが明るく言った。
「彼女も無事だったんだしー」
「カイ……」
「単にセラちゃんがすごい魔法使いってだけでしょー?」
「……そうですね」
セラは笑う。
「セラ。」
ノアが心配するように声をかけてくる。
「はい?」
「今後、光魔法を使う時は、必ず僕に相談して」
「……分かりました」
「約束だから」
「はい」
その返事を聞いたノアは微笑んだ。
「それなら大丈夫〜」
ノアは安堵したような表情をした。
「……そういえば」
セラが部屋を見回した。
「あれ?」
「どうしました?」
「レオンさんは?」
全員が一瞬、黙った。
「……」
「……そういえば、いないですね」
リリアが答える。
「今日、見てないです」
「俺も」
カイも首を傾げた。
「生徒会の仕事でもあるんじゃない?」
シオンが淡々と言う。
「王家の仕事もあるだろう」
「そう……なのかな」
セラは首を傾げる。
レオンなら。こういう時、一番最初に来る性格な気がした。
「ノアさんは?」
セラが尋ねる。
「レオンさんから何か聞いてませんか?」
「……う〜ん」
ノアは少し考え、突然顔を顰めた。
(え?)
だが、みんながノアに注目していることに気がついてか、すぐに表情を取り繕った。
「特には」
「そうですか…」
セラはそれ以上考えるのをやめた。ノアが反応したということは王家の問題なんだろうなと思いながら。
「じゃあ、忙しいんですね」
「たぶん〜」
カイが笑う。
「今度会ったら、心配してたって言ってやればー?」
「え!?そんな恐れ多いですよ!」
セラはそう言って笑った。
ちょっと小話!
実はニナは組み分けによって騎馬戦に出ることになったので、セラはそれを知っていて、助けようとしました!




