52.騎馬戦
表現魔法の競技が終わり、その後もつつがなく競技は進んで行った。
セラは観客席から競技場を眺めながら、先ほどの結果を思い返していた。
(いつも思うけどカイとかノアもゲームの設定上なのかめっちゃ成績いいのずるくない?…私も今回はズルかったけど。)
「セラ!」
「ん?」
隣から声をかけられて顔を向ける。
ニナがこちらを覗き込んでいた。
「次、私の番だから!」
「あっそっか」
「ちゃんと見ててよ?」
「もちろん」
「絶対だからね!リリアも」
「わかってる。」
ニナはリリアの返事を聞いて嬉しそうに笑う。
「頑張ってきて!」
「任せて!」
そう言うと、ニナは元気よく選手待機場所へ向かっていった。
「……ふふ」
「どうしたの?」
リリアが突然ニコニコとし始めたのを不思議に思った。
「ううん。ニナ、こういう大会とか好きそうだから」
「本人は運動苦手って言ってたけど?」
「言ってたけど、今すごく楽しそうじゃない?」
「……確かに。」
思わず二人で笑う。
やがて競技場の中央に、騎馬戦用の魔法障壁が展開された。
選手たちが入場していく。それぞれ三人一組で騎馬を作り、その上に乗る選手が相手の旗を奪う。
ただし、通常の騎馬戦とは違う。魔法学園の競技なのだから、当然魔法も使用される。
直接相手を傷つけるような魔法は禁止されているものの、風で相手の動きを乱したり、土で足場を変えたり、結界で進路を塞いだりすることは認められている。
そのため、単純な力だけでは勝てない。
騎馬の連携。魔法の制御。そして上に乗る選手の判断力。
すべてが必要になる。
『さあ、お待たせしましたー!第五競技、騎馬戦の開始でーす!』
カイの声が響き渡る。
『今回の騎馬戦は、赤組と白組による団体せーん!最後まで旗を守り抜いたチームが勝利でーす!』
歓声が上がった。セラは競技場へ視線を戻す。
その中にニナの姿を見つけた。小さく手を振っている。
セラも手を振り返した。
するとニナが満足そうに笑った。
『それでは――』
カイの声が響く。
『開始!』
一斉に騎馬が動き出した。
「わっ……!」
思わずセラの口から声が漏れる。開始直後から、あちこちで魔法が飛び交う。
風が吹き抜け、土が盛り上がる。ある騎馬が結界を展開すれば、別の騎馬が風魔法でそれを押し返す。
観客席から歓声が上がった。
『おっと、白組の騎馬が一気に前へ出ました! 赤組も負けていません!』
ニナの騎馬も、その中を駆けている。
「ニナ、頑張って!」
リリアが声を上げる。
「おお!結構頑張ってる!」
セラは驚いたように呟いた。
(そういえば組み分けの変更のせいなのか、ニナの騎馬戦は初めて見たかも。)
ニナは普段から明るくて、何かと勢いで乗り切るところがある。けれど、こうして実際に競技をしている姿を見ると、意外と周囲をよく見ている。
「右!」
ニナが声を上げる。騎馬が素早く方向を変えた。直後、先ほどまでいた場所を風魔法が通り過ぎる。
「避けた!」
セラが目を輝かせる。ニナはそのまま別の騎馬へ近づき、手を伸ばした。
「取った!」
赤組の旗が一本、ニナの手に渡る。歓声が上がった。
『赤組、一本獲得ー!』
「やった!」
セラは思わず立ち上がりかける。ニナがこちらを見て、拳を突き上げた。
セラも笑いながら手を振る。
――楽しい。
ニナが頑張っている。それを応援している。ただ、それだけのことが妙に嬉しかった。
『さあー、残り時間もあとわずか!』
カイの声が響く。競技場を見ると、残っている騎馬はかなり少なくなっていた。
ニナのチームもまだ残っている。
「あと少し!」
セラは自然と身を乗り出す。
赤組と白組。両方の騎馬が中央付近へ集まっていく。
『おっと! ここで両組が一斉に中央へ集まりました!』
魔法が飛び交う。
風。土。
互いに牽制しながら、隙を探している。ニナの騎馬も一度後退した。
「今!」
ニナが声を上げる。
騎馬が前へ飛び出す。その瞬間だった。
別の騎馬から放たれた風魔法が、別の魔法とぶつかった。
「――!」
魔法同士が干渉する。
本来なら、そのまま霧散するはずだった。
けれど。片方の魔法に混じっていた土属性の魔力が、思わぬ方向へ弾けた。
巨大な土塊が競技場を跳ねる。
「危ない!」
誰かが叫んだ。セラも反射的に立ち上がった。
土塊は騎馬の間をすり抜け――。
その先にいたニナへ向かって飛んでいく。
「ニナ!」
叫んだ。
けれど、間に合わない。
――ドンッ。
鈍い音が、競技場に響いた。
ニナの身体が、大きく宙へ跳ねる。
「…………」
セラは立ち尽くしていた。
何が起こったのか。理解できない。
競技場では、騎馬が次々と崩れていく。選手たちが慌てて立ち上がり、観客席から悲鳴が上がる。
けれど、セラの視線は一人にしか向いていなかった。
「…………ニナ?」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。さっきまで笑っていた。こちらへ手を振っていた。
それなのに。
「……ニナ」
もう一度呼ぶ。やっぱり返事はない。
その瞬間。
『競技を中断してください! 医療班は直ちに競技場へ!』
カイの声が響き渡る。同時に、教師たちが一斉に競技場へ駆け込んでいった。
「危険です! 生徒はその場から動かないで!」
「結界を二重に!」
「他の選手を下げて!」
怒号のような指示が飛び交う。
セラは動けなかった。
競技場の中央。教師たちに囲まれて、ニナの姿が見えなくなる。
「……」
胸が、嫌な音を立てて鳴った。
「ニナ……」
行かなきゃ。そう思うのに、足が動かない。教師たちが何かを話している。
「四肢への損傷が大きすぎる……」
「まず魔力の安定を優先してください!」
断片的な言葉だけが聞こえてくる。
「…………」
セラはただ、それを聞いていた。
四肢。
損傷。
言葉の意味は分かる。けれど、頭が理解することを拒んでいた。
ニナが。さっきまで笑っていたニナが。どうして。
「セラ!!」
隣で状況を理解し始めたリリアが顔を真っ青にして競技場へかけて行った。けれど、セラは反応できない。
セラは唇を噛んだ。
何度も死に戻った。死ぬ瞬間の痛みも。絶望も。もう何度も諦めようと思った。
ーーそれでも今、廃人となっていないのはニナが私と一緒にいてくれたおかげなのに。ニナが死んだら。
「治療班が来ました!」
教師の一人が叫ぶ。数人の治療担当が競技場へ駆け込んでいく。
さらに何人かの教師が魔法陣を展開し、ニナの周囲を囲む。
(あの怪我で魔力を安定させて本人の治癒力を高める方法だと、本人に負担がかかりすぎて逆に……)
セラは無意識に一歩踏み出したが、すぐに足を止める。
分かっている。邪魔をしてはいけない。自分が行ったところで、何ができるわけでもない。
だから。ただ見ているしかない。しばらくして、治療班の一人が顔を上げた。
「……これ以上行うと彼女の負担が大きすぎます。」
「何?」
「損傷が深すぎます。」
教師たちの間に、ざわめきが広がる。
「このままでは……」
「王都の治療院へ搬送を――」
「それでは間に合わない!」
「なら、ーー」
「どいてください!僕の光魔法なら治せるかもしれません。」
その言葉に、セラの胸が大きく跳ねた。
光魔法。その言葉だけが、妙にはっきりと聞こえた。
「……」
セラは自分の手を見る。
けれど。まだ、何も言えない。自分が使えると知られてはいけない。そんなことは分かっている。だから黙っている。
遠くで、ノアは膝をついた。
光が彼の手のひらに集まる。淡い光。いつもの、ノアの治癒魔法。
「{ヒール}」
光がニナの身体を包むだが、
「……ごめんなさい。難しそうです。」
セラは俯いた。自分の手を見る。
指先が震えている。
使えば。きっと治せる。
でも。使ったら。
一瞬。こないだの魔力暴走の件を思い出した。あの時はノアの魔法があったから助かった。でも、今は?
無意識に一歩一歩と競技場へ降りていく。
ニナの近くではリリアも治療しようと頑張っているようだが、一年生のリリアでは大変そうだ。
(私がやらなきゃならない……そうだ。私が。)
けれど、近づいてくるセラに気づいたノアがさっきよりも顔を真っ青にしてこちらに駆け寄ってきた。
「駄目だ」
ノアの声が響いた。
「……ノア?」
「駄目だ、セラ」
ノアはセラの前へ回り込む。その表情には、いつもの余裕がなかった。
「君が何を考えているのか分かる。だけど、絶対に使わせない」
「でも……」
「ニナさんを助けたいんだろう?」
「……うん」
「だったら、なおさらだ」
ノアは苦しそうに眉を寄せる。
「彼女は僕の時よりも酷い怪我の仕方をしている。こないだ気づかず魔法を使いすぎてどうなった?」
「……」
古代魔法陣の魔道具。光魔法を使った瞬間、身体から一気に魔力を奪われた。
そのまま――倒れた。
「……あれは、魔道具が原因で」
「今回だって、同じくらい多くの魔力を使うかもしれない。」
ノアが遮る。
「でも、私なら――」
「分からないだろ!」
珍しく、ノアが声を荒らげた。
セラが目を見開く。
「君は自分の魔法がどれだけの魔力を使うのか、ちゃんと分かってない」
「……」
「もし治療の途中で魔力が尽きたら?」
ノアの声が震える。
「また倒れるだけならまだいい」
「……」
「意識を失って、そのまま魔力が枯渇したら? 身体が耐えられなくなったら?」
セラは答えられない。もちろん、そんなことは考えたこともなかった。
逃亡中に魔力が枯渇したら死ぬだけだから。
「……それに」
ノアが一度、言葉を止める。
「君が光魔法を使えば、ここにいる全員に知られる」
「……分かってる」
「本当に?」
ノアがセラを見る。
「光魔法が使えることが知られれば、君は今まで通りではいられなくなる」
教師たち。生徒たち。学院。王家。教会。
ーーそして、攻略対象者たち。
「君ほどの光魔法なら、なおさらだ」
ノアの手が、強く握り締められる。
「王家が君を必要とするかもしれない。教会が君を欲しがるかもしれない。君自身の意思とは関係なく、君の力を利用しようとする人間が出てくる。」
「……でも、こないだまでは公表した方がいいって。」
「今と前だと状況が違うんだ!!」
声を荒げたノアに少しだけ恐怖する。
「っ何が違うの?今大事なのはニナの安否でしょ。」
ノアの顔が瞬時に真っ青になった。
「僕との婚約だって…」
小声で聞こえづらかったが。かろうじて聞き取れた「婚約」という言葉にセラが顔を上げた。
「婚約……?」
「……。」
ノアは苦しそうに続ける。
「もっと王家に近いところへ置くべきだとか、相応しい相手と婚姻させるべきだとか。そういう話が出る可能性はある。」
「……」
「君を別の安全な場所へ保護を――」
「でも、それを望んでたんでしょ?」
ノアは目を伏せる。
「以前の僕なら、それでもよかった。というか、そうして欲しかった。」
「……え?」
「君の光魔法が公になって、それが君の立場を守ることになるなら。そう思ってた」
ノアは一度、苦しそうに息を吐いた。
「でも、今は違う」
「……」
「光魔法なんて、どうでもいい」
その言葉に、セラは目を見開く。
「君がどんな魔法を使えるかなんて、今の僕にはどうでもいいんだ」
ノアは真っ直ぐにセラを見る。
「僕は、セラを失いたくない」
その言葉に、セラは黙り込んだ。
「君が王家や教会に囲われるのはいやだ。」
そして。
「何より……また君が倒れるところを見るのが嫌だ」
ノアの声が掠れた。
「この前みたいに、僕の腕の中で意識を失うのを……もう見たくない」
セラは何も言えなかった。
ノアの目には、本気の恐怖が浮かんでいる。けれど。その視線の先には、今もニナがいる。
教師たちが治療方法を探している。誰も手を出せない。時間だけが過ぎていく。
「……ごめん」
セラが呟いた。ノアの表情が強張る。
「セラ?」
「私も怖い」
自分が倒れるかもしれない。光魔法が知られるかもしれない。
何もかも全部、怖い。
それでも。
「ニナを助けられるのに、何もしない方が……もっと嫌」
セラはゆっくりとノアを見る。
「だから、ごめん」
ノアの手が伸びる。けれど、掴めなかった。
「セラ!」
呼び止める声を背中に受けながら。
セラは、ニナのいる場所へ向かって歩き出した。その足取りは、僅かに震えていた。
ーーこれは断罪にも関わるであろうこと。
それでも。一歩ずつ。確実に。
彼女は教師の前へ進んだ。
「……私ならニナを治せます。」
ちょっと小話!
実はカイが実況席を外している間シオンが実況をしていたそうです!なかなか真面目で面白かったそうですよ!




