50.魔法障害走
魔法競技大会、当日。
王立魔法学園の競技場は、朝から大勢の生徒たちで賑わっていた。普段は静かな校舎にも色とりどりの旗が飾られ、競技場の周囲には観客席が設けられている。
遠くから聞こえる歓声。魔道具によって拡張された実況。そして、これから始まる競技への期待。
そのすべてが、学園全体を普段とは違う空気に包んでいた。
「……始まるんだ」
選手待機場所から競技場を眺めながら、セラは小さく呟いた。
魔法競技大会。毎年開催される、学園最大の行事の一つ。
そして――セラにとっては、何度も経験してきた大会でもある。
競技場の景色も。観客席の位置も。独特の緊張感も。
何度も見てきた。けれど。
「……やっぱり、違うなぁ。」
セラは感慨深くなりつつも周囲を見渡す。
同じ場所。同じ大会。同じ季節。
それなのに、今までとは何もかもが違って見えた。
理由は分かっている。今までなら、ここにいるはずのなかった人たちがいるからだ。生徒会の仲間たち。
「セラ」
「え?」
声をかけられて振り向く。
そこには腕を組んだシオンが立っていた。
「さっきからぼーっとしてるけど」
「少し緊張しているだけ」
「……珍しいな」
「そう?」
「こういう時でも平然としてると思ってた」
シオンの言葉に、セラは苦笑する。
「私だって緊張くらいするし」
「へえ」
「何、その反応」
「別に」
シオンはそっぽを向いた。けれど、どこか楽しそうだった。
「それより」
セラは手元のチーム表を見る。
「私たち、本当に同じチームなのね」
「今さら?」
「だって……」
名前が並んでいる。
セラ・ウィンドフォール。シオン・クロウ。
過去の周回では、一度も同じチームになったことがなかった。
「……なんだか不思議」
「俺は別に嫌じゃないけど」
「え?」
「足を引っ張られなければな」
「それ、こっちの台詞なんだけど」
「……言うなあ。」
「シオンがいつも余計なことを言うからでしょ」
二人で睨み合い――。
どちらからともなく、小さく笑った。
その時。
『――皆さん、大変長らくお待たせしましたー!』
競技場全体に、明るく軽い声が響き渡る。
セラが実況席へ目を向ける。
そこには魔道具を前にしたカイが立っていた。
『ただいまより、今年度魔法競技大会を開催いたしまーす!』
大きな歓声が上がった。
『実況を務めます、二年生のカイ・ルービンシュタインでーす!本日は最後まで楽しんでいってくださーい!』
再び歓声が響く。「カイ様〜」なんて声があちこちで上がった。
『ありがとー!カイ様頑張りまーす!』
シオンはあまりいい顔をしていないが、セラは自然と微笑ましくなった。
『それでは、さっそく第一競技の説明に移ります!』
カイの声に合わせ、競技場中央へ視線が集まる。
『第一競技は……ジャン!魔法障害走!』
競技場の各所に配置された魔法で作られた障害物が、淡く光った。
『スタート地点からゴールまで、魔法と身体能力を駆使して突破していただきまーす!』
風の壁。浮遊する足場。動く壁。そして最後に待ち受ける魔法結界。
『単純な速さだけでは勝てませーん!状況判断、魔法の制御、そしてチームワークが重要になりまーす!』
セラはコースを眺める。
――知っている。
毎回ではないが、何度も走ってきたコースだ。
最初の風の壁は、正面突破よりも端を狙った方が速い。浮遊する足場は左側はすぐ行けるが、右側の方が安定している。動く壁は、一定の周期で一か所だけ隙間が大きくなる。
そして最後の結界は――。
セラは小さく息を吐いた。
過去の経験がある。それを使えばいい。
ただ、それだけ。
『それでは、出場する皆さんはスタート地点へ!』
選手たちが一斉に移動する。セラもシオンと並んで位置についた。
「セラ」
「何?」
「どう動く?」
茶化されると思ったが意外にもシオンは真剣だ。
セラは少しだけ考え、コースを指差した。
「最初の風の壁は、左端から抜けた方がいいと思う。あと風魔法だから私に任せて。」
「分かった」
「その後の足場は……」
(やばい。理由考えなきゃ。)
「多分右側の方がいいと思う。」
「…了解」
「動く壁は――」
「俺が先に行く」
セラが説明するより先に、シオンが言った。
「その方が速いだろ」
「……分かった。でも無理はしないで」
「お前こそ」
「私は大丈夫よ」
『選手の皆さん、準備はよろしいですかー!』
カイの声が響く。
セラは前を向いた。
胸の奥で、鼓動が大きく鳴る。
何度やっても慣れない緊張や不安感。
けれど、それ以上に――。
楽しみだった。
『それでは――』
競技場が静まり返る。
『位置について――』
セラは姿勢を低くする。
『――スタート!』
選手たちが一斉に駆け出した。
「先行くね!」
「ああ!」
セラとシオンも走り出す。
最初の障害は、巨大な風の壁。強烈な風が正面から吹き付ける。
何人もの選手が足を止める中、セラは迷わず左へ進んだ。
「こっち!」
「分かってる!」
風の流れが弱くなった場所に風魔法をぶつけ、抜ける。
セラの髪が大きく揺れた。そのまま二人は次の障害へ。
浮遊する足場が、空中にいくつも浮かんでいる。
一つ。二つ。三つ。
セラはテンポよく足場を渡っていく。
その後ろを、シオンが正確についてくる。
「次、中央よりも右の方が安定してる!」
「了解!」
二人が右側へ移動した直後。中央の足場が大きく揺れた。
『おっと! 中央の足場が大きく動いた! これはなかなか厄介ですね!』
カイの実況が響く。
『先頭集団はかなり良いペース! 一方、後方では足場の攻略に時間を使っているチームもいます!』
セラは振り返らない。前だけを見る。
次は動く壁。巨大な壁が左右に動き、一定の間隔で通路を塞いでいる。
「シオン、次!」
「ああ!」
シオンが先に飛び出す。
闇魔法で無理やり押さえつけるようにしてどうにか壁を押し留め、その隙間を抜ける。
セラも続く。
――成功。
「よし!」
思わず声が漏れた。
シオンが少しだけ笑う。
「まだ喜ぶのは早い」
「分かってるって」
その先には、最後の障害。
魔法結界。
目の前に巨大な光の壁が現れている。
『さあ、最後の難関です!』
カイの声が響く。
『この結界は、ただ魔力をぶつければ突破できるものではありません! 正しい魔力の流れを見極める必要があります!』
セラは結界を見つめた。
薄く光る魔法陣。複雑な術式。
けれど、知っている。この結界の弱点は中央ではない。
右下。魔力の流れが一瞬だけ弱くなる場所。
「シオン」
「分かってる」
「え?」
「右下だろ」
シオンが指差す。セラは目を丸くした。
「……あってる。」
「流石に俺の方がこういう座学は得意だからな。」
シオンは手を掲げる。
「合わせるぞ」
「はいはい。」
二人が同時に魔力を放つ。
セラの風魔法とシオンの闇魔法が重なった。
結界が大きく揺れる。
そして――。
パリンッ!
光の壁が砕けた。
「行くぞ!」
「ええ!」
二人は最後の直線を駆け抜ける。
ゴールラインが近づく。セラは全力で足を動かした。
そして――。
白いラインを越える。
『セラ・シオンチームゴール!さすが生徒会組ー!』
カイの声が響いた。
『先頭集団、続々とゴールしています!みなさん最後まで素晴らしい走りでしたー!』
セラは足を止め、肩で息をする。
「……はぁ……」
「どうだった?」
隣でシオンが尋ねる。
「疲れた……」
「それだけ?」
「……でも」
セラは競技場を振り返った。
まだ他のチームが走っている。歓声が響いている。
カイの実況が聞こえる。そして、その光景を眺めながら――。
「楽しかった」
自然と笑みがこぼれた。
もしかしたら、前回までの大会は常に死に意識を取られていて、全力では楽しめていなかっ他のかもしれない。
この先に何が起こるのか。いつ、どこで命を奪われるのか。そんなことばかり考えていた。
けれど、今は違う。
「……セラ?」
「なんでもない」
セラは小さく首を振った。まだ、何も変わっていないのかもしれない。
死に戻りの原因も。自分の未来も。
これから起こることも。
何一つ分からない。
それでも――。
今日、確かに一つ変わった。
過去にはなかったチーム。過去にはなかった会話。
そして、過去とは違う結果。
セラはそっと拳を握った。
――もしかしたら。
本当に、運命は変えられるのかもしれない。そう思いながら、セラは生徒会の仕事を行うために歩き出した。
ちょっと小話!
実はセラは一番魔法障害走が好きで、一番やってきたのは魔法障害走です!




