47.抽選会
魔法競技大会まで、あと一ヶ月。
夏の厳しい暑さは少しずつ和らぎ、王都には秋の気配を含んだ風が吹き始めていた。
学園の木々も、まだ青々としているものの、ところどころ葉先が淡く色づき始めている。
そんなある日の放課後。
セラは授業を終えると、生徒会室へ向かって廊下を歩いていた。
窓から差し込む夕陽が長く廊下を照らし、生徒たちの笑い声が校舎のあちこちから聞こえてくる。
(今日は抽選会の準備だったかな。)
先日、一年生への競技説明会も無事に終わり、魔法競技大会への準備は順調に進んでいた。
競技内容も担当も決まり、残る大きな仕事は各クラスを赤組・白組へ振り分ける抽選会。
学園中が注目する、毎年恒例の行事だった。
生徒会室の扉を開ける。
「失礼します。」
「こんにちは、セラ嬢。」
真っ先にレオンが顔を上げた。
「ちょうど全員揃ったところだよ。」
室内にはすでに全員が集まっていた。
リリアは机いっぱいに広げられた名簿を整理し、ノアは競技大会用の大きな一覧表へ何やら書き込みをしている。
カイは椅子へだらしなく腰掛けたまま資料を眺め、シオンは段ボール箱の中身を一つ一つ確認していた。
「今日は体育館で抽選会だからね。」
レオンが笑顔で説明する。
「忘れ物がないか最終確認中なんだ。」
「もうそんな日なんですね。」
セラは机の上を見渡した。
色分けされた札。参加名簿。競技大会の日程表。放送用の原稿。例年の記録冊子。
そして、一際目を引くのが、磨かれた木箱だった。深い茶色の木目が美しい、小ぶりな箱。上部には丸い穴が一つ開いている。
「これが抽選箱ですね。」
「そう。」
レオンが頷く。
「中には赤組と白組の札が同じ枚数ずつ入ってる。」
「昔から使われてる物なんですか?」
シオンが箱を持ち上げながら聞いた。
「うん。多分ね。」
「結構年季入ってるよね〜。」
ノアが覗き込む。
「僕たちが十年くらい前からあるんじゃない〜?」
「もっと前だと思うよ。」
レオンが苦笑する。
「父上の時もこの木箱だったそうだから。」
「そんなに?」
リリアが驚いたように目を丸くした。
「壊れないんですね。」
「丈夫だからね。」
レオンはそう言うと、箱の蓋を開け、中を軽く確認する。折り畳まれた札がぎっしりと詰まっていた。
「札の数も問題ないね。」
レオンは満足そうに頷いた。
「じゃあ体育館へ運ぼうか。」
生徒会全員で資料を抱え、体育館へ向かう。
廊下では、抽選会へ参加する各クラスの代表生徒たちともすれ違った。
「今年どっちになるかな。」
「赤組強いらしいよ。」
「いや去年は白組だったし。」
そんな会話があちこちから聞こえてくる。誰もが楽しみにしているのが伝わってきた。
(そうだったな。)
いつもは運営側ではなく、参加側だったからなのか、セラも自然と笑みが浮かぶ。
(色が強い訳じゃないって分かってるけど、ジンクスって信じちゃうんだよね。)
競技大会が近付くこの時期は、学園中が少しだけ浮き足立つ。
何度も見てきた光景だった。それでも、この空気は嫌いではない。
♡ ♡ ♡
体育館へ着くと、すでに教師たちが準備を始めていた。壇上には長机が並べられ、その中央へ抽選箱が置かれる。壇下には各クラスの代表生徒が座るための椅子が整然と並び始めていた。
「セラ嬢とリリア嬢は受付をお願い。」
「はい。」
二人は入口近くへ机を運び、名簿を並べる。
「代表者はこちらへお願いしまーす!」
リリアが少し緊張しながら声を掛けると、生徒たちが次々と受付へやって来た。
「一年一組です。」
「確認しました。」
「二年四組です。」
「はい、ありがとうございます。」
少しずつ体育館が賑わい始める。
開始まであと十分ほど。受付も一段落し、ようやく一息つける時間ができた。
「思ったより順調だね。」
セラが小さく息を吐く。
「そうだね。」
リリアは興味深そうに体育館を見回した。
「こういう準備って見てるだけでも面白いね。」
その言葉に、セラも周囲へ視線を向ける。教師たちは壇上で打ち合わせをしている。
レオンは学園長と競技日程について話し合い、ノアは一覧表へ最終確認を書き込んでいた。カイは放送席の機材を確認し、シオンは抽選箱を壇上中央へ丁寧に置く。
「これで準備終わりました。」
「ありがとう。」
レオンが頷く。
「じゃあ私は先生方と最終確認してくる。」
「俺も放送席行ってきます。」
カイが手を振る。
「抽選箱お願い。」
シオンも教師へ呼ばれ、その場を離れた。
気付けば。壇上には誰もいなくなっていた。体育館中がそれぞれの準備に追われ、誰も壇上へ注意を向けていない。
セラは何気なく壇上を見上げた。中央に置かれた抽選箱が、夕陽を受けて静かに光っている。
自然と足が向いた。壇上へ上がり、箱の前で立ち止まる。
「毎周これで決まるんだよね。」
小さく呟く。箱へそっと手を添える。持ち上げた瞬間。
『さらり。』
中で紙が滑るような音がした。セラは首を傾げる。
(あれ……?)
もう一度、そっと持ち直す。
すると今度は、札が片側へ寄っているような感触が手に伝わった。
(少し偏ってる……?)
もちろん、中を見るわけにはいかない。抽選は公平でなければならない。
(このままでも大丈夫なのかな。)
ふと、そんな考えが浮かぶ。
箱を軽く傾ける。さらさら、と札が動く音。その音を聞いているうちに、何となく気になってしまった。
(ちゃんと混ざっていた方が公平だよね。)
セラは箱を胸の高さまで持ち上げ、ことり、と一度だけ左右へ傾けた。
「セラ?」
後ろから声がした。振り返ると、リリアが受付を終えてこちらへ歩いてきていた。
「どうしたの?」
「あ、ううん。」
セラは自然な笑みを浮かべ、抽選箱を元の位置へ戻す。
「中の札が少し偏ってる気がして。」
「そうなんだ。」
リリアも深く気にした様子はなく頷いた。
「確かに、ちゃんと混ざってた方が公平だしね。」
「うん。」
セラも軽く笑う。
それから間もなくして、レオンたちも戻ってくる。
「待たせたね。」
「準備は大丈夫です。」
シオンが抽選箱を確認しながら答えた。
体育館には各クラスの代表者が揃い始めた。ざわざわと話し声が広がる。期待と緊張が入り混じった空気。やがて学園長が壇上へ上がり、生徒たちは一斉に静かになった。
「これより、第八十二回王立魔法学園魔法競技大会、組分け抽選会を始めます。」
拍手が体育館へ響く。レオンが前へ出る。
「呼ばれたクラスの代表は順番に壇上へ来てください。」
抽選が始まった。
「一年A組。」
「はい!」
一人の男子生徒が前へ出る。シオンが抽選箱を静かに差し出した。
「どうぞ。」
箱へ手が入る。折り畳まれた札が一枚引き上げられた。
「赤組!」
歓声が上がる。
「一年B組。」
「白組!」
拍手。
抽選は順調に進んでいく。セラは壇上の横で結果を一覧表へ書き込んでいた。
赤。
白。
赤。
白。
流れるように書き進めていた、その時だった。
「一年C組――赤組!」
ペン先が止まる。
(……あれ。)
小さく眉を寄せる。
一年C組。
前の人生では白組だった。
(勘違い?)
そう思いながらも、頭の中にははっきりと記憶が残っている。
一年C組は白組。
騎馬戦でいつもぶつかる相手も覚えている。障害走で応援した場所も。
全部。白組だった。
(……気のせいかな。)
セラは深く考えないようにして、再びペンを動かした。
抽選は続く。
「二年D組――赤組!」
(違う。)
まただ。
二年D組も本来は白組だった。胸の奥がざわりと波立つ。
次々と結果が発表されていく。
「三年A組――白組!」
(え……。)
セラは思わず一覧表を見つめた。知っているはずの組分けが、ところどころ違っている。
一つだけではない。二つ。三つ。
少しずつ。けれど確実に。いつもの周回とは違う結果になっていた。
(どうして……。)
その瞬間。脳裏へ、ほんの数十分前の光景がよみがえる。
誰もいなかった壇上。自分が抽選箱を持ち上げたこと。
そして、軽く揺らしたこと。
(……まさか。)
鼓動が少しだけ速くなる。
(いや。)
あんな一回。ほんの数秒。札を少し混ぜただけ。
(そんなことで結果なんて変わるわけ……。)
「セラ嬢。」
「!」
レオンの声に我へ返る。
「結果、書けてる?」
「あ、はい!」
慌てて返事をし、一覧表へ視線を戻す。ペンを動かしながらも、胸のざわめきは消えなかった。
抽選は最後まで滞りなく終わった。
「以上で組分け抽選会を終了します。」
レオンの言葉とともに体育館は拍手に包まれる。代表生徒たちは楽しそうに話しながら帰っていった。
「赤組かー!」
「よっしゃ!」
「今年こそ勝とう!」
あちこちから笑い声が聞こえる。
その様子を見ながら、リリアが嬉しそうに微笑んだ。
「みんな楽しそうですね。」
「そうだね。」
セラも笑顔を作る。けれど、その笑みはどこかぎこちなかった。
「どうした?」
荷物をまとめながらシオンが尋ねる。
「いや。」
セラは首を横へ振る。
「何でもない。」
「疲れた?」
「少しだけ。」
「今日は仕事多かったもんね〜。」
ノアが穏やかに笑う。
「ゆっくり休みなよ〜。」
「ありがとうございます。」
その言葉に適当に微笑み返しながらも、心の中は落ち着かなかった。
帰り道。
夕焼けに染まる校舎を歩きながら、一人考える。
(変えちゃったかも。)
断罪にあまり関係ないことは変えようと思ってこなかった。だから、この大きな変更がたまらなく怖い。
(組分けくらいじゃ、断罪には関係ない……はず。)
何度もそう言い聞かせる。
けれど、胸の奥のざわめきだけは、どうしても消えなかった。
ちょっと小話!
実はセラが目立ってみた周回は何回かあるんですけど、クラスのリーダーには絶対ならなかったそうです!まあ生徒会と関わりたくなかったんでしょうね!




