42.魂
昼休みが終わろうとしていた頃、一人の教師が教室へ姿を見せた。
「セラさん。」
教室の入口から穏やかな声が響く。
振り返ると、そこにはエリアスが立っていた。
「先生?」
珍しい来訪に、教室中の視線が集まる。エリアスは少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「授業前に少しだけ時間をいただけますか。」
「はい。」
セラは席を立ち、廊下へ出る。教室の扉が閉まると、エリアスは小さく息をついた。
「先日、お話しした件ですが。」
「申し子のことですか?」
「ええ。」
エリアスは静かに頷く。
「いくつか気になる文献が見つかりました。」
「本当ですか?」
「ただ……。」
少しだけ困ったように眉を下げる。
「保管場所が少々特殊なんです。」
「特殊?」
「学園図書館の古文書保管区画です。」
その言葉に、セラは少し驚く。学園図書館には何度も足を運んでいる。
けれど古文書保管区画だけは、生徒が自由に立ち入れる場所ではなかった。
「普段は研究許可が必要ですが、今回は私の補助という形なら入室できます。」
「そうなんですね。」
「もし都合が良ければ、放課後に付き合っていただけませんか。」
一瞬魔法競技大会の準備がよぎったが、順調に進んでいるので、今日は休んでもいいかと判断する。
「もちろんです。」
エリアスは安心したように微笑む。
「ありがとうございます。」
♡ ♡ ♡
ーー放課後。
二人は図書館の奥へ向かって歩いていた。
普段利用している閲覧室を通り過ぎ、更に奥へ。
立ち入り禁止の札が掛けられた扉の前で、エリアスが鍵を取り出した。
静かな金属音とともに扉が開く。その瞬間、古い羊皮紙と木材の匂いがふわりと漂ってきた。
「ここが古文書保管区画です。」
中には天井まで届く本棚が幾重にも並び、その一冊一冊が長い年月を感じさせる装丁をしていた。
窓は小さく、外の光はほとんど届かない。魔石灯だけが、淡い光で室内を照らしている。
「……すごい。」
思わず声が漏れる。
「この部屋には、王国建国以前の資料も保管されています。」
エリアスは歩きながら説明する。
「状態が悪い物も多いため、整理も追いついていません。」
そう言って、一角の机へ数冊の分厚い本を置いた。
「今回見つかったのは、この辺りです。」
セラも向かいへ腰を下ろす。
古びた本を慎重に開く。文字は読めるものもあれば、かすれて判別できないものもある。
二人は静かにページをめくり始めた。部屋に響くのは、紙をめくる音だけ。
しばらくして。
「……先生。」
「はい。」
「光魔法って本当に記録が少ないですね。」
「ええ。」
エリアスも難しい表情を浮かべる。
「書かれている箇所だけ、不自然に切り取られているものもあります。」
「どうしてなんでしょう。」
「それが分かれば苦労しないのですが。」
苦笑しながらページをめくる。
その時だった。
「……これは。」
セラの手が止まる。古びた羊皮紙の端に、かろうじて読める文字が残っていた。
『神に愛されたその子は強い魂を持ち、運命に立ち向かえる。』
「……魂?」
「魔力でもなく、才能でもない……?」
エリアスがセラの手元を覗き込んでくる。
「先生でも分からないんですか?」
「ええ。ただ、『魂』という言葉自体は古い宗教や神話には登場します。しかし、魔法理論と結び付けて語られている文献は、私も初めて見ました。」
エリアスはセラの隣に歩み寄り、さらに興味深げに文を読み始めた。
「続きを……。」
二人で慎重にページをめくる。だが、その先は無残にも切り取られていた。
残されているのは、最後の一文だけ。
『ーーその子は誰よりも強い心を持つだろう。』
部屋に静寂が落ちる。
「……変な文章ですね。」
セラが首を傾げる。
「まるで物語みたい。」
「……そうですね。」
「……言い伝え、でしょうか。」
セラが首を傾げる。
「神様なんて、本当にいるんですかね。」
「さあ……。」
けれど、その視線だけは文章から離れない。
その日はそれ以上成果は得られなかったが、魂という聞き慣れない言葉だけが、二人の胸に静かに残り続けていた。
ちょっと小話!
実は結構エリアスは潔癖症気味なので、埃っぽいところは苦手です!




