39.研究
シオンの抱っこ(?)事件から数日。シオンはこないだよりは話せるようになったものの、やはりまだ時々距離を感じる。
ノアに関しては婚約する前……それ以上に関わりがなくなった。
(婚約したばかりの頃は、あんなに距離が近かったのに……。……あの時のノアさんはどこへ行ったんだろう。)
セラはモヤモヤしながら、指定された場所へ向かっていた。
場所は、今まで一度も足を踏み入れたことのない場所。
『王立魔法学園の研究棟』
(まさか、先生の研究室に来ることになるなんて……。)
少し緊張しながら扉の前に立つ。
ノックをすると、すぐに返事が返ってきた。
「どうぞ。」
「失礼します。」
扉を開けると、そこには大量の資料や魔道具が並べられた部屋が広がっていた。中央の机には、エリアスが座っている。
「来てくれてありがとうございます。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
エリアスは穏やかに微笑むと、向かいの椅子を勧めた。
「以前お話した通り、今日から少しずつ研究を手伝ってもらいます。」
「はい。」
そう。今日から前に約束した研究を手伝うことになったのだ。
しかし、少しばかり問題があった。
「すみません。私、前の講義は少し本で触れていたのでわかったんですけど、詠唱同期(魔法陣を発動させつつ詠唱をし、効果を重ねる)系はからっきしで……」
(前の周回では光魔法を知るためだけに魔法陣を描いてたから、全然詠唱同期はできないんだよね……)
「ああ、それなら簡単なので、すぐ教えましょう。むしろ難しい魔法陣をかくのに比べれば詠唱同期など些細なものですよ。」
そう言いながら、机の上に、いくつもの古い資料を並べた。
「まずは、前回の講義内容を基礎にして、詠唱同期について教えましょうか。」
エリアスが一冊の本を開く。
「古代魔法陣は、現代魔法とは魔力の流し方が少し違います。」
「魔力の流し方……。」
「はい。」
エリアスは紙へ簡単な魔法陣を書いた。
「現代魔法では、術者が魔力を制御して現象を起こすことが基本です。しかし古代魔法では、魔法陣そのものが魔力の流れを補助する役割を持っている。」
「つまり……魔法陣と魔力が一緒に魔法を作る、ということですか?」
「……。」
エリアスの手が止まった。
「その理解で合っています。」
少し驚いたように目を細める。
「やはり、理解が早いですね。」
「え?」
「いえ。」
エリアスは小さく首を振る。
「普通は魔法陣が補助するという現代魔法の経験に基づくような説明で止まるんですが、あなたは、魔法陣と術者が共同で術式を構築すると理解した。その理解で正しいです。」
エリアスが優しく微笑む。
「続けましょう。」
説明を聞きながら、セラは不思議な感覚に包まれていた。
(……なんだろう。)
初めて聞く内容のはずなのに、どこで区切れば理解しやすいのか。どんな順番で説明すれば頭に入るのか。分からない部分を、言葉にされる前に見抜くところまで。
あまりにも似ていた。
(……エミル先生?)
一瞬そんな考えが浮かんだ。
ーーでも。
目の前にいるのはエリアス先生だ。当然、前に家庭教師をしてくれていたエミルとは違う。
顔も。声も。
何もかも違う。
なのに。
(エミル先生みたい……でも特別講義では感じなかったし…マンツーマン授業だから?)
セラが首を傾げていると、エリアスがふと手を止めた。
「少し休憩しましょう。」
「え?」
「集中しすぎています。」
そう言って立ち上がる。
「疲れた状態では、良い結果はでませんから。」
エリアスは立ち上がると、小さな魔道具へ魔力を流した。湯が静かに沸き始める。
棚から茶葉を取り出し、手慣れた様子で紅茶を淹れていく。
「どうぞ。」
差し出されたカップからは、優しい香りが漂っていた。
その瞬間。
セラの脳裏に、ある光景が一瞬だけ浮かぶ。
『疲れたら休憩しましょう』
『無理をしたら魔力操作が乱れますよ』
優しい、エミル先生の声。けれど。
振り返っても、そこにいるのはエリアスだった。
「……。」
「どうしました?」
「いえ……。」
セラは慌てて首を振る。
「ありがとうございます。」
紅茶を一口飲む。一気に和やかな雰囲気になり、二人は雑談を始める。
「そういえばいつ先生になろうと決意したんですか?」
「すごい小さい頃です。叔父がこの学園で魔法学の先生をしていて、それを憧れてその頃からずっと。」
エリアスは思い出に浸るように目を細めた。
「じゃあ魔法学の先生になったのはそれが理由で?」
「いや、たまたま空いていたのが魔法学だったからで、学園でなくとも、とにかくいち早く先生になれる道に進みたかったからです。」
「そうなんですか!じゃあ他の教科も堪能なんですか?」
「自分で言うのも恥ずかしいですけど、どの教科でも教師として受かる自信はありますね。一応専門は古代魔法ですけど。この学園には古代魔法専門の教科はないですし。」
照れたように話す。
「せっかくセラさんがきているので、何か甘いものでも出しましょうか。」
「先生、甘いもの好きですよね。いつも……」
「え?」
言った瞬間。セラ自身が固まった。
(……え?)
今、なんで。『いつも私が甘いもの好きだからって言い訳してますよね』なんて言おうとしたのか。
エリアスも少し驚いたように目を瞬かせる。
「……なぜ知っているんですか?」
「……。」
答えられない。
知らない。でも、知っていた。いや違う。そう言うやりとりをしていた気がする。
(もう何十年前かわかんないけど、エミル先生とのこの会話は何度もした気がする……)
そう思ったものの、それをそのまま言うわけには行かないので、誤魔化す。
「……好きそうな雰囲気だなあと。」
苦し紛れに笑う。
「そうですか。」
エリアスはそれ以上追及せず、静かに資料へ視線を戻した。
「そういえば。」
気まずくなったセラがふと思い出したように口を開く。
「ノアさんが言っていたんですけど……。」
「ノアさんですか?」
「光魔法の申し子、というものについて。」
エリアスの眉がわずかに動く。
「申し子……ですか。」
「はい。詳しく教えてくれなかったので、少し気になっていて。」
エリアスは少し考え込む。
「私も、その呼び名については詳しくありません。」
「え?」
「初めて聞きました。」
意外な答えに、セラは目を丸くする。
「そうなんですか?」
「はい。」
エリアスは素直に頷いた。
「少なくとも、私が調べてきた魔法史の中では、そのような呼び名は確認したことがありません。」
意外な答えに、セラは少し驚く。
(ノアはどうして知っていたんだろう。)
「ただ……。」
エリアスは少し考えるように続ける。
「しかし、古い文献には、非常に強い光魔力を持つ人物について書かれた記録が消されたような痕跡がいくつかあります。」
「……。」
「正確には誰かが意図的に削ったような跡です。名前だけが残り、その人の功績は残っていなかったり。ページそのものが切り取られていたり。ここまで徹底している例は珍しいです。」
セラが驚いたような顔をすると、エリアスは安心させるように微笑んだ。
「もし気になるのであれば、調べてみてもいいかもしれませんね。」
「先生が?」
「研究者として興味がありますから。」
研究者らしい好奇心が瞳に宿る。
「もし本当に古代から存在する概念なら、何か手掛かりがあるかもしれません。」
(もし、なにかわかったらノアのことをもう少し理解できるのかな…)
「……お願いします。」
セラが頭を下げる。
エリアスは微笑んだ。
「こちらこそ。」
ちょっと小話!
実はノアの指パッチンで魔法が飛んできたのは、魔法陣が設置されていたからです!基本的に魔法陣は魔法具って教科で学びます!古代魔法は昔の失われた魔法陣を復元した大きな魔法陣で、強い威力を誇ります!




