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私を何度も殺してきた人たちと恋愛したら、ヤンデレ化された件  作者: ニアン
生徒会(二学期)編

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38.まだ我慢して

 穏やかな空気が流れる。


 さっきまで胸につかえていたものが少しだけ軽くなって、二人とも自然と口数が増えていた。


 窓から差し込む夕日が、本棚の隙間を長く照らしている。


 ページをめくる音だけが、小さく響いていた。


「じゃあ、この辺片付けちゃおうか。」


「うん。」


 二人は再び資料を手に取り、それぞれ棚へ戻し始める。


 積み上げられたファイルは思っていたより重く、一冊ずつ運ばなければならなかった。


「……よいしょ。」


 最後の一冊を抱え、高い棚の前で立ち止まる。


 一番上。


 あと少しだけ届かない。


 背伸びをして腕を伸ばす。


 指先は棚の縁に触れるものの、本を置くにはあと少し高さが足りなかった。


(もう少し……。)


 つま先立ちになる。


 その時。


「貸して。」


 後ろから低い声がした。


 振り返る間もなく、肩のすぐ横へ腕が伸びる。


 すぐ近くを通り過ぎた手が、本を受け取り、そのまま軽々と棚へ収めた。


「……ありがとう。」


「ん。」


 短く返事をすると、シオンはまた一歩距離を取る。


 その様子に、小さく笑ってしまう。


「……何。」


「いや。」


 首を横に振る。


「やっぱり距離取るんだなって。」


「……。」


 シオンは少しだけ困ったように目を逸らした。


「あんま気にすんなって。癖になってるだけだから。」


「ふふ。」


 そんな言い方をされると、なんだか可笑しい。空気が少しだけ柔らかくなる。


 刹那。


 開け放たれていた窓から、突然強い風が吹き込んだ。ばさっ、と机の上の紙が舞い上がる。


「きゃっ!」


 腕に抱えていた資料が一斉に滑り落ちた。


 慌てて掴もうと身を乗り出す。散らばる資料。床へ落ちる紙。


 一歩踏み出した足が、小さな段差へ引っ掛かった。


(しまっ……!)


 身体が前へ傾く。視界がぐらりと揺れる。


 床が近付く。


 その瞬間だった。


「セラ!」


 強く腕を引かれる。


 ふわり、と身体が浮き、倒れるはずだった身体は、そのまま誰かの胸へ受け止められる。


「……っ。」


 鼻先を掠める石鹸の香り。


 制服越しに伝わる体温。


 鼓動。


 気付けば私は、シオンの腕の中にいた。腰へ回された腕が、しっかりと身体を支えている。肩へ添えられた手は、驚くほど優しかった。


「大丈夫?」


 少し息の乱れた声。そんなシオンを見るのは初めてだった。


「う、うん……。」


 胸がどきどきとうるさい。近い。近すぎる。


 こんな距離で見つめ合ったことなんて、一度もなかった。


「怪我してない?」


「うん……平気。」


「……そう。」


 ほっとしたように、小さく息を吐く。


「ありがとう。」


 笑ってそう言う。すると、シオンは一瞬だけ目を細めた。優しく笑い返してくれるのかと思った。


 でも違った。


 その表情は、どこか苦しそうだった。まるで何かを必死に押し殺そうとしているような顔だった。不思議に思い、身体を起こそうとする。


(……?)


 シオンの腕が離れない。


「シオン?」


 名前を呼ぶ。


 返事はない。ただ、真っ直ぐセラだけを見ている。その瞳は何かを迷うように彷徨っていた。


 時間が止まる。


 風だけが静かにカーテンを揺らしていた。


 シオンの喉が、小さく動き、指先が震え、何かを堪えるように目を閉じた。脳裏をよぎるのはノアと共に笑う顔とカイと共に備品室から出てきた時の笑み。


(どうしたんだろう。)


 心配になって、もう一度名前を呼ぼうとした、その時。


 そっと。本当にそっとだった。


 腰へ回された腕に、少しだけ力がこもる。


「……!」


 もう一度、身体が引き寄せられた。


 強くではない。


 壊れてしまわないように。


 確かめるように。


 包み込むように。


 制服越しに伝わる温もりが、さっきより近い。耳を澄ませば、シオンの鼓動が聞こえそうなくらいだった。


 セラは何が起きたのか分からず、ただ目を瞬かせることしかできなかった。


「……シオン?」


 小さく名前を呼ぶ。


 その声で、ようやく時間が動き出した。


「……っ。」


 シオンの肩がびくりと震えた。はっとしたように目を見開き、自分の腕を見下ろす。


 次の瞬間、慌てたように腕を離した。


 一歩。また一歩と距離を取る。


 さっきまで感じていた体温が、すっと離れていく。


「……悪い。」


 掠れた声だった。シオンは額へ手を当て、小さく息を吐く。


「ごめん。」


 いつもの落ち着いた表情とは違う。どこか苦しそうで、自分自身に戸惑っているようにも見えた。


「私は……。」


 何と言えばいいのか分からず、言葉に詰まる。


 抱きしめられて驚いた。でも、この言い表わせられないようなこの感覚はなんなのだろう。


「怪我、してないか?」


 シオンが静かに尋ねる。


「うん、大丈夫。」


「……よかった。」


 ほっとしたように息をつく。


 でも、その視線はセラではなく床へ向けられたままだった。


 沈黙が落ちる。


 セラもまだ状況が飲み込めない。


 ただ助けてもらっただけ……そう思おうとするのに。最後の抱きしめるような力だけが、どうしても頭から離れなかった。


「……。」


 シオンは一度だけ唇を開く。


「……セラ。」


 名前だけを呼んで。


 その先の言葉は、喉の奥で止まった。


 苦しそうに目を伏せ、小さく息を吐く。


「……いや。」


 首を横へ振る。


「なんでもない。」


 そう言って、無理やり笑った。


「……じゃあ。お先。」


 その背中を見送りながら、セラは胸へそっと手を当てた。


(……今のなんだったんだろう。)

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