37.避けてた理由
放課後。
夕焼け色に染まった生徒会室には、紙をめくる音とペンが走る音だけが静かに響いていた。
文化祭が終わったとはいえ、それ以外の仕事は無くならない。
セラも机いっぱいに積まれた書類を分類しながら、小さく息をついた。
「これで最後かな……。」
呟いたその時。
「セラ。」
レオンが一冊の台帳を持って近付いてくる。
「図書資料室に保管してある過去の行事データと、この報告書を照らし合わせておいてくれる?」
「はい、分かりました。」
台帳を受け取ると、思っていたよりもずっしりと重かった。
「シオンにも別の用事で資料室に行かせてるから、余裕があったらそっちも手伝ってあげて。」
レオンがそういえばと言ったように付け足した。
「はい。」
そう答えると、台帳を抱え、生徒会室を後にした。
廊下へ出ると、窓から吹き込む秋風が頬を撫でる。夏の熱気はすっかり消え、少し心地よさを感じるくらいだった。
夕日に照らされた廊下は長く伸び、静まり返っている。
歩きながら、ふと一つのことを思い出した。
(……最近。)
シオンのことだ。
あの日以来ーー。
いや、正確にはノアとの婚約が正式に決まってからだろうか。
シオンはどこかよそよそしくなった。話しかければ返事はしてくれる。仕事もいつも通り手伝ってくれる。でも、それだけ。
最初は具合が良くないのかと思ってたけどそうでもないようで、以前みたいに何気ない雑談をすることもなくなった。
目が合えば、どこか気まずそうに逸らされる。
(……避けられてる、よね。)
考えすぎだと思おうとした。忙しいだけかもしれない。そう何度も自分に言い聞かせた。でも、毎日のように顔を合わせているからこそ、小さな変化ほどよく分かってしまう。
(私、何かしちゃったのかな……それともリリアと何かあったとか。)
胸の奥が少しだけ痛む。
(シオンは最近よくリリアと話してることが多い気がする……)
そんなことを考えているうちに、図書資料室へ着いた。
重たい扉を押して中へ入る。
古い紙の匂い。高い本棚。夕日が細長い窓から差し込み、舞い上がる埃が金色に輝いていた。
本棚の向こうから、一人の男子生徒が顔を上げた。
「シオン?」
「……セラ。」
少し驚いたような顔をしたあと、すぐいつもの無表情へ戻る。
「そっちの仕事どう?大丈夫?」
「ああ。間に合ってる。」
短い返事。
「そっか。」
それきり、会話は途切れた。
(……やっぱり。)
前なら、「そっちは何?」とか、「手伝おうか」とか、一言くらいあったはずなのに。
シオンはすぐ視線を本棚へ戻し、黙々と資料を並べ始めてしまう。
(やっぱり、避けられてる。)
胸がちくりと痛んだ。
でも、今さら理由を聞く勇気もない。
セラも気持ちを切り替えるように、小さく息を吐いて作業へ取り掛かった。
レオンから預かった台帳と古い台帳と見比べる。
何冊か本棚から出しては戻しを繰り返していくと、最後に一番上の段の台帳が残った。
「……届くかな。」
背伸びをする。あと少し。
指先は届きそうで届かない。
もう少しだけ背を伸ばした、その時だった。
後ろから、すっと腕が伸びてきた。
セラの肩のすぐ横を通り過ぎた大きな手が、本を軽々と持ち上げる。そのまま、セラに渡した。
「はい。」
振り返ると、すぐそこにシオンがいた。
近い。
肩が触れそうなくらいの距離。
「ありがとう。」
「別に。」
それだけ言うと、シオンは目も合わさず、すぐに一歩後ろへ下がる。さっきまで近かった距離が、また少し開いた。
(……やっぱり変。)
近付いたと思えば、すぐ離れる。
まるで自分から距離を測っているみたいだった。気になってしまう。
(……。)
「あの、シオン。」
思い切って声を掛ける。
シオンは手を止め、静かに振り返った。
「……最近。」
少しだけ言葉を探す。
「私のこと、避けてる?」
その瞬間。
シオンの表情が、ほんの少しだけ揺れた。何かを言おうとして、飲み込む。視線が静かに床へ落ちる。
部屋の中へ沈黙が流れた。
やがてシオンは、小さく息を吐いた。
「……避けてる、つもりはない。」
低い声。
「でも。」
そこで言葉が止まる。少しだけ苦しそうに眉を寄せる。
「前みたいには、いられないと思った。」
静かな声だった。それなのに、その一言は胸へ重く落ちてくる。
「……どうして?」
恐る恐る尋ねる。
シオンは少しだけ目を伏せた。
夕日が横顔を照らし、その長い睫毛が頬へ影を落としている。
「お前。」
少しだけ間を置いてから口を開く。
「婚約しただろ。」
「……うん。」
「だったら。」
シオンは本棚へ視線を向けたまま続ける。
「前みたいに近付くのは違うと思った。婚約者がいる相手と必要以上に仲良くするのは、相手にも悪いし。」
淡々とした口調。
けれど、その言葉を選ぶような話し方から、本当はずっと考えていたことなのだと伝わってきた。
「だから、少し距離を置こうって。」
シオンは小さく笑う。
避けられていたわけじゃない。
(シオンなりに、私のことを考えてくれていたんだ。)
「そうだったんだ……。」
自然と頬が緩む。
「正直、嫌われちゃったのかと思ってた。」
「そんなわけないだろ。」
あまりにも素直で、思わず目を丸くする。
シオンも言ってから気付いたのか、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
「……悪い。」
「いや。」
頭を掻きながら苦笑する。
しばらく静かな時間が流れる。
そんな静寂を破るように、シオンがぽつりと口を開く。
「一つ、聞いていいか。」
「うん。」
シオンは少しだけ迷うように視線を泳がせ、それから真っ直ぐ私を見た。
「……カイ先輩。」
「最近、一緒にいること多いよな。」
「あ……。」
思い当たる節はいくらでもあった。文化祭の準備。孤児院の出来事。備品室に閉じ込められたこと。
「そうだね。」
素直に頷く。
「この前も二人で閉じ込められてたし。」
「……ああ。」
シオンの返事は短かく、その表情はどこか硬い。
「婚約者がいるのに。」
少しだけ言葉を選ぶように続ける。
「……ああいう距離感は、大丈夫なのか。」
「え?」
思わず聞き返す。
「カイ先輩、距離近いだろ。肩組んだり。急に隣来たり。」
「……。」
「お前は、嫌じゃないのか。」
その問いに、少しだけ考える。嫌かと聞かれれば。
「嫌では……ないかな。」
その一言に、シオンの表情がほんの少しだけ固まった。
「でも。」
慌てて続けた。
「恋愛とか、そういう意味じゃ全然なくて。」
「え?」
「正直に言うと、最初は苦手だったよ。」
「……。」
「チャラいし、距離は近いし、何考えてるか分からないし。いきなりナンパしてくるし。」
シオンは小さく頷く。
「でも。」
セラは天井を見上げながら続けた。
「備品室で閉じ込められた時にね。」
「……。」
「ずっと私が不安にならないように話しかけてくれて。あっもちろん告白とかキス?とかされたことは忘れてないし、まだ警戒もしてる。だけど……。」
少しだけ視線を落とす。
「思ってたより、ちゃんとした人なんだなって思った。少しだけ、見方が変わったかな。」
シオンを見ると少し瞠目していて、思わず笑ってしまった。
「それに、」
空気を変えるように言う。
「結局誰にでもわりと距離近い人じゃない?それに最近はリリアともよく話してるし!まあ正直リリアにはもうちょっと誠実な人を選んで欲しいけど。」
さっきまで少し重かった空気が、少しだけ柔らかくなる。
でも。
シオンは笑わなかった。
「リリアとも、か」
誰にでも同じ。
本当にそうなのか。
あの日、備品室から出てきた二人を見た時の、カイの表情が脳裏をよぎる。
あれは誰にでも向けるものだっただろうか。
そして、カイを見るセラの、柔らかくなった笑顔も。
『見方が変わった』の一言が、思った以上に胸へ刺さる。
シオンは何も言わなかった。ただ、制服の袖口の中で、拳だけが静かに握られていく。
爪が掌へ食い込むほど強く。
それでも、その痛みすら気にならなかった
ちょっと小話!
実は何回か出てきた図書室ですが、ものすごく広く、入り口も本もいくつもあり、管理が大変だそうです!図書資料室というのは図書室の中の学園のデータが集まっているエリアのことです!




