35.見回り
二学期が始まって、一週間ほどが経った。
夏休み気分もすっかり抜け、生徒会もいつもの忙しさを取り戻していた。
「今日は校内の巡回をやるよ。前までは生徒会の業務じゃなかったんだけど、どうやら古くなってくてるから異常がないか確認してきて欲しいらしい。」
レオンが真面目な顔でそう言うのを聞いてカイは何かを思いついたと言う顔をした。
「じゃあさ。」
カイがにやっと笑う。
「今日はペアで回らない?」
「ペアですか?」
セラが聞き返すと、カイ先輩は大きく頷いた。
「一人で見るより二人の方が早いしー危ないところだと助け合えるじゃん。」
「確かに。」
リリアも納得したように頷く。
「じゃあ誰と組むんですか?」
その言葉を待っていたかのように、カイは迷いなくセラの肩を引き寄せた。
「俺、セラちゃんー。」
「え?」
突然のことで、思わず目を丸くする。
「決まりねー。」
にこっと笑うカイ。しかし、
「……待て。」
シオンが苦い顔をする。
「先輩、それはどうなんですか。」
「何が?」
「婚約者がいる相手ですよ。」
シオンは淡々と続ける。
「必要以上に距離を縮めるのは婚約者に失礼です。」
「えー?」
カイは肩をすくめる。
「一緒に巡回するだけじゃん。」
「その『だけ』が問題なんです。」
「仕事だよー?」
「仕事でも、むしろ仕事だからこそしっかりすべきです。」
二人が睨み合う。
(また始まった……。)
生徒会業務が本格的に始まったこの一週間。この二人は『セラどうこう』でこうして言い合いになる。
「ノアさんはどう思います?」
リリアが何気なく尋ねる。
その一言で、みんなの視線がノアへ集まった。
「え?」
突然話を振られたノアは、少し肩を震わせる。
「僕?」
「はい。」
「……。」
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、ノアと目が合った。けれど次の瞬間には、ふいっと逸らされてしまう。
「僕は……。」
少しだけ間を空けて。
「誰でもいいよ〜。」
いつもの調子で笑った。
(……。)
胸の奥が、少しだけちくりと痛む。前だったら『じゃあセラと行こ〜。』とか言ってくれた気がするのに。
(やっぱり……まだ怒ってるのかな。)
私がそんなことを考えている間に、
「ほら。」
カイが満足そうに笑った。
「ノアパイセンもいいってー。」
そう言って私の方へ歩いてくる。
「じゃ、セラちゃん行こー。」
私の隣へ並ぼうとした、その時だった。
「待ってください!」
ぱっと手を挙げたのはリリアだった。
「私も一緒に行きます!」
「え?」
「巡回ですよね?三人でも問題ないですよね?レオンさん?」
にこにこと笑うリリア。
「まあ。この業務は初めてだし、お試しって感じで私たちも三人で行くか。」
レオンの言葉に一瞬むすっと顔をこわばらせたカイだったが、やがてやれやれと言った感じで首をすくめる。
「じゃあ俺はハーレムってことで。よろしくねー。二人ともー。」
カイのおちゃらけにセラは思わず笑ってしまう。
(やっぱり少しはリリアに傾き始めてるのかも。)
「じゃあ、三人で行こうか。」
「うん!」
リリアが嬉しそうに頷く。
ふと、生徒会室を出る前に後ろを振り返る。
ノアは書類へ視線を落としたまま、こちらを見ようとはしなかった。
(……やっぱり、避けられてる。)
そう思うと少しだけ寂しい気がした。
♡ ♡ ♡
三人で校舎内の巡回を終える頃には、西へ傾き始めた陽が長い影を廊下へ落としていた。
窓から吹き込む秋の風が心地よく、夏の暑さはもうほとんど残っていない。
「異常なし、ですね。」
カイはセラの言葉に確認表へ印を書き込み、小さく息を吐いた。
文化祭後の片付けもようやく落ち着き、今日の巡回もこれで終わりだ。
「結構歩いたねー!」
リリアが両腕を上へ伸ばして、大きく伸びをする。
「さすがに疲れたぁ。」
「リリアは元気すぎるよ。」
思わず笑うと、リリアも照れくさそうに笑った。
「あっ!」
突然リリアが何かを思い出したように声を上げる。
「喉乾いちゃった!私、飲み物買ってきます!」
廊下の突き当たりにある自動販売機を指差しながら、ぴょん、と軽く跳ねる。
「一緒に行こうか?」
「大丈夫!」
リリアは勢いよく首を振った。
「すぐ買ってきますから!カイさんもセラも先に生徒会室に戻っててください!」
そう言って手を振ると、軽い足取りで廊下の向こうへ駆けていった。
ぱたぱたと足音が遠ざかっていく。
「相変わらず元気だねー。」
カイが苦笑する。
「見てるだけで疲れそう。」
「ふふ。」
セラもつられて笑ってしまった。
(多分こう言うところにカイはリリアに惹かれるんだろうな)
「あ。」
隣でカイが突然足を止めた。
「……どうしたんですか?」
振り返ると、カイは確認表をじっと見つめている。
「あちゃー。」
わざとらしく頭に手をやった。
「やっちゃった。」
「?」
「備品室。」
確認表の一番下を指差す。
「見忘れてる。」
私は紙を覗き込んだ。
(あっ。本当だ。)
他は全部丸が付いているのに、『備品室』だけ空欄のままだ。
「ごめん。ちょっと付き合ってくれる?」
「もちろんです。むしろ気付けなくてすみません。」
仕事なら断る理由はない。
「ありがとー。」
私が頷くと、カイは「助かった」と小さく笑った。
「すぐ終わらせよー。」
♡ ♡ ♡
備品室は校舎の奥、人通りの少ない場所にあった。
石造りの壁に囲まれた廊下はひんやりとしていて、歩くたび靴音だけが静かに響く。
重厚な木製の扉には『備品室』と書かれた真鍮のプレートが掛けられていた。
カイがドアノブを回す。軋む音を立てながら扉が開いた。
「失礼しまーす。」
部屋の中には少し埃っぽい空気が漂っていた。
窓は小さく、差し込む夕日が細い光の帯となって棚の間へ落ちている。
文化祭で使われた机や椅子。看板。布や大道具。天井近くまで積み上げられた段ボール。
「すごい……。」
思わず辺りを見回す。
「こんなに残ってたんですね。」
「いつもこんな感じだよー。」
カイは慣れた様子で笑う。
二人で棚を一つひとつ確認していく。確認表と照らし合わせながら備品を数えていく作業は単調だったけれど、不思議と苦ではなかった。
「これで全部ですね。」
備品室の欄に印を付ける。
セラはほっと息をつきながら扉へ向かった。
ドアノブを回す。
『ガチャ。』
「あれ?」
もう一度。
『ガチャ、ガチャ。』
……開かない。
「どうしたのー?」
カイがこちらへ歩いてくる。
「開かなくて……。」
「どれ。」
ノブを握り、何度か力を入れる。
しかし、扉はぴくりとも動かなかった。
「……マジか。」
いつもの軽い笑顔が少しだけ曇る。
「壊れちゃった?」
「そんなことあります?」
「古い建物だからねー。」
そう言いながら肩で押してみる。それでも開かない。セラは扉を軽く叩いた。
「すみませーん!」
静かな廊下へ声が響く。
返事はない。
「リリアー!」
もう一度呼ぶ。
けれど聞こえてくるのは、自分の声が反響する音だけだった。
胸の奥が少しだけざわつく。
「……どうしよう。」
思わず呟くと、
「大丈夫。」
カイは落ち着いた声で笑った。
「誰かそのうち通るよ。」
近くの木箱へ腰掛ける。
「ほら、そんなに不安そうな顔しない。」
穏やかな笑顔だった。
その笑顔を見ていると、不思議と私まで肩の力が抜けていく。
「……そうですね。」
私も近くの箱へ腰掛け、小さく息を吐いた。
静かな備品室。
聞こえるのは時計の針が進む音と、窓の外で木々が揺れる音だけ。
二人きりの空間は、思っていたよりもずっと静かだった。
ちょっと小話!
実は学園には自販機がいっぱいあります!一応魔法で動いているんですけど……そういうのゲーム上結構あるようです(録画装置など)!




