33.小さな魔道具
夏休みも終わりが近づいたある日。
セラはノアと二人で、光魔法の練習をしていた。
(ノアと二人だと光魔法使えるの隠さなくていいから楽だなぁ。)
「リリアは呼ばなくてよかったんですか?」
「もうリリアさんは申し子じゃないっぽいし〜指導しろって言われてたけど〜リリアさんもう頼まれてたところまでは十分できてたし〜。」
ノアの言葉で、ふとセラに疑問が浮かぶ。
「申し子ってなんなんですか?私そんな大層なものじゃないと思うんですけど。」
(すごいノアが執着してるけどなんなんだろう。確かにこの年齢だと不自然かもだけど、精神年齢がちょっとあれだから……)
「う〜ん。まあすごく光魔法が使えるってこと。」
めんどくさくなったのか、あるいは教えたくなかったのか、ノアは回答を濁した。
「そういえば〜この前の講義以来、古代魔法陣が気になっちゃってさ〜。」
あからさまに話を逸らしたノアは机いっぱいに本を広げながら笑った。
「光魔法と古代魔法陣って、意外と共通点が多いんだよ〜」
「そうなんですか?」
セラは気になって、有耶無耶にされてことも忘れて、ノアの隣へ座った。しばらく二人で文献を読み進めていると、セラは一冊の古い本の写真が目に留まった。
『光魔力共鳴結晶』
(これ……。)
その形に見覚えがあった。
「ノアさん。これあの雑貨屋さんで買ったやつについてませんでした?」
「うん。本当は分解してみる予定だったんだけど〜これみて結局分解してないんだよね〜。古代魔法陣で出来てるっぽかったし。今日使ってみる〜?」
ノアがポケットから小さめな魔道具が出した。
中心にはやはり親指ほどの透明な結晶が静かに収められている。
「使えるかな〜。まだ試してないんだよね〜。僕が調べた限り〜光魔法の効果範囲が広がる系っぽいんだけど〜。」
そう言って魔道具を興味津々といった様子で見ているノアを見ていたら、セラも興味が湧いてきた。
「試してみません?」
「うん。いいよ〜。」
ノアは慎重に魔力を流し始めた。
結晶は微かに光る。けれど、それ以上の反応はない。
「難しいな〜……。」
何度か試してみても結果は同じだった。
セラは結晶を見つめる。
(流し方が違うんじゃないかな…)
「……私もやってみていいですか?」
「もちろん。」
ノアは何の躊躇いもなく魔道具を差し出した。
セラはそれを受け取り、結晶を包み込むように魔力を流した。
ゆっくりと。本当にゆっくり魔力を流していく。
すると、ふわり、と結晶を中心に部屋の中に光が充満した。
「……!」
ノアが目を見開く。
「反応した〜!」
(やっぱり、流し方が違ったんだ)
「何か魔法使える〜?」
「あ、はい。」
ノアは魔道具の効果をさっそく試そうとセラを促した。セラもそれに頷く。
「{リカバリー}」
刹那。
「……え?」
指先へ、妙な重さが伝わった。
じわり、と魔力が吸い上げられていく。
(あれ……?)
おかしい。吸われる量が、思っていたよりずっと多い。
急いで魔力を止めようとしたが、結晶に無理矢理魔力を吸い取られるようで、止められない。
「っ……。」
体から力が抜けていく。
その一方で、部屋全体が周囲が夜明け前の空が少しずつ白み始めるような、どこまでも穏やかな輝きに包まれる。
神聖な空気に満たされ、誰もが言葉を忘れるような光がハラハラと舞った。
やがて最後の光が舞い終わると、光は朝霧のように静かに溶けていった。
「……すごい。リカバリーで一晩寝たくらいの体力回復ができるなんて……!さすが……」
ノアは『さすがセラだ』と言いかけたが、セラを見た瞬間言葉を止める。
「…セラ?」
セラは今にも倒れそうになっていた。
「大丈夫?」
「う、うん……。」
そう答えたものの、自分でも声に力が入っていないのが分かった。
(しまった……。)
と思ったもののもう遅く、そのまま膝から崩れ落ちる。
「セラ!」
ノアが私の手首を掴んで、すんでのところでセラの頭が床に叩きつけられるのを防いだ。
「っ……。」
セラは床へ手をつく。息が上がり、頭がくらくらした。
「ご、ごめんなさ……。」
「そんなことより!」
ノアの声が珍しく強く響いた。
「何で無理したの!」
セラが目を丸くする。
「無理したつもりじゃ……。」
「自分の顔色わかってる!?」
ノアは私の肩を支えながら言う。
「君、自分で思ってるよりずっと魔力を使ってる!」
「でも……。」
「でもじゃない!」
ノアは強く首を振った。
♡ ♡ ♡
ノアは顔面蒼白なセラを見ていた。足に力が入っておらず、今にも気を失いそうだ。
胸の奥が締め付けられる。
息がうまく吸えない。
(なんで…?)
ーーどうして。こんなにも怖い。
目の前で苦しそうに息をするセラだけが、頭から離れない。
「……君が。」
掠れた声が漏れる。
「君が傷付くくらいなら……。」
思わず肩へ伸ばした手が震えていた。
「僕が一人でやればよかった。」
その言葉を口にした瞬間。ノアははっと息を止める。
(……あれ。どうして。ここまで取り乱しているんだろう。)
セラが無理をした。だから心配した?
それだけじゃない。もっと……
胸の奥が痛い。
失うことを想像しただけで、息が苦しくなる。
(なんで。)
答えは、驚くほど簡単だった。
「……。」
ノアはセラを見る。
苦しそうに笑って、それでも「大丈夫です」と言おうとしている彼女を。
見たくない。
(そんな顔、してほしくない……。ああ……。)
胸の奥へ、すとん、と何かが落ちた。
ずっと分からなかった気持ち。
王都で一緒に笑った時も。
子供の怪我を迷わず治した時も。
孤児院で子どもたちと笑う姿も。
魔法陣を素早く直した時も。
……そして今日。
自分を犠牲にして倒れそうになった姿も。
全部。
ーー全部、特別だったんだ。
(違う。)
(これは違う。)
(こんなのただ心配してるだけでーー)
「……好き。」
誰にも聞こえないほど小さな声。
「僕……。」
思わず口元を押さえる。
(え。僕が?セラを?)
頭が真っ白になる。
心臓が嫌になるほど速い。何を考えても、その答えしか浮かばない。
(うそだ。いや。だって。)
婚約したからじゃない。
光魔法の申し子だからでもない。
ただ。
ーーセラだから。
「…ッ!」
その時だった。
「ノアさん……?」
弱々しい声が聞こえる。
「!」
ノアはびくりと肩を震わせた。
セラが心配そうに自分を見ている。
(見ないで。今そんな顔されたら。もう隠せない。)
ノアはセラの肩を支えたまま固まる。
(離れたくない。)
そんな考えが頭をよぎって、自分で驚いた。
「ご、ごめん!」
立ち上がる。
「先生呼んでくる!」
それだけを言い残し、ノアは逃げるように部屋を飛び出した。
廊下を走る。
走って。
走って。
ようやく人気のない中庭まで来て立ち止まる。
「はぁ……はぁ……。」
息を整えようとしても整わない。
胸がうるさい。心臓がうるさい。
両手で顔を覆う。
「……最悪…これじゃ……。もう、今まで通りじゃいられない。」
そう呟いた頬は。
今までにないほど赤く染まっていた。
ちょっと小話!
実はノア視点なので詳しく書かれてないんですが、セラはノアが突然立ち上がったので、振り落とされています!まあ手はついていたので、転びはしてないです!




