30.聖リーベ孤児院
夏休みも中盤へ差しかかり、静かだった学園にも蝉の鳴き声だけが響いていた。
今日は生徒会から特別任務があると聞き、セラはいつもより少し早めに生徒会室へ向かう。
「失礼します。」
「あ、おはようセラ!」
最初に声を掛けてきたのはリリアだった。
「おはよう。」
部屋を見渡すと、既にレオン、ノア、カイ、シオン、リリアは席についていた。それぞれへ挨拶を返し、自分の席へ腰掛ける。
するとレオンが資料を配り始めた。
「全員揃ったね。」
机へ一枚の紙を置く。
「今日の任務について説明するよ。」
全員の視線が自然とレオンへ集まった。
「今回の任務は、王都西地区にある聖リーベ孤児院への慰問だ。」
「慰問?」
リリアが首を傾げる。
「毎年、生徒会が夏休みに訪問している地域貢献活動だよ。今年は寄付品の受け渡しと、子どもたちとの交流。それから魔法教室の補助を担当してもらう。」
「魔法教室ですか。」
セラは資料へ目を落とした。
「難しい内容ではないから安心して。」
レオンは続ける。
「子どもたちに魔法へ興味を持ってもらうのが目的だから。」
それを聞いたリリアが嬉しそうに笑う。
「子ども好きだから楽しみ!」
「確かにリリアは向いてそう。」
「えへへ。」
そんなやり取りをしていると。生徒会室の扉が叩かれた。
「失礼します。」
穏やかな声とともに入ってきた青年に、セラは思わず目を瞬かせた。
(エリアス先生。)
銀色の髪をさらりと揺らしながら、一礼する。
「改めまして。魔法学担当のエリアス・ヴァインベルクです。本日は引率兼、魔法教室の担当を務めます。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いしまーす!」
リリアが元気よく返事をする。
セラも小さく頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
エリアスはその姿を見ると、柔らかく微笑む。
「今日はよろしくお願いします。」
「はい。」
「じゃあ、しゅっぱーつ。」
レオンの声で全員が立ち上がった。
♡ ♡ ♡
ーー王都西地区。
石造りの教会の隣に、小さな孤児院が建っていた。庭には色とりどりの花が咲き、小さな畑まである。どこか温かい雰囲気だった。
「こんにちは。」
レオンが玄関へ声を掛ける。すると扉が開き、初老の女性が笑顔で迎えてくれた。
「今年もありがとうございます。」
「こちらこそ、お世話になります。」
その瞬間だった。
「レオンお兄ちゃんとカイ兄ちゃん来たー!」
奥から子どもたちが一斉に飛び出してくる。
「わっ。」
セラは少し驚いて足を止めた。
「お姉ちゃん!誰?」
「遊ぼー!」
「もちろん!」
リリアが勢いに一瞬気圧されたが、次の瞬間、嬉しそうに微笑む。
「カイお兄ちゃん!」
「肩車!」
「えぇ〜、いきなり?」
そう言いながらも、カイは嬉しそうに男の子を肩へ乗せる。
「高ーい!」
「きゃはは!」
「順番ねー。」
あっという間に十人近い子どもへ囲まれてしまった。
「すごい……。」
セラが思わず呟く。
「カイさんって、こんなに子どもに好かれるんですね。」
「俺、人気者だから。」
得意げに笑う。
「子ども限定だけどね〜。」
ノアが横から笑う。
「ひど!」
「ふふっ。」
自然と笑みが零れる。
「セラちゃんも来る?」
カイが手を振る。
「一緒に遊ぼ。」
「え、でも……。」
返事をする前に。
「セラお姉ちゃん?っていうの?」
「うん。そうだよ。」
今度は女の子が駆け寄ってきた。
「一緒にお花見て!」
「え?」
「きれいなの咲いたの!」
小さな手に引かれ、庭の奥へ案内される。
「本当。」
色鮮やかな花が一輪、大きく咲いていた。
「きれいね。」
「でしょ!」
女の子は満足そうに笑う。
その笑顔につられて、セラも自然と笑顔になっていた。少し離れた場所から、その様子をレオンが静かに見つめる。
「……。本当にあれは……」
一方。
シオンは少し離れた場所で立ち尽くしていた。どう接すればいいのか分からないのだろう。
そんな彼を見て、小さな男の子が恐る恐る近付いてくる。
「あの……。」
「?」
「お兄ちゃん、魔法使える?」
シオンは少しだけ驚きながら頷いた。
「ああ。」
「すごい!」
目を輝かせる男の子。その瞬間。足をもつれさせ、そのまま転びそうになる。
「危ない。」
シオンは反射的に腕を伸ばし、男の子を支えた。
「平気か。」
「……うん!」
男の子はにっこり笑う。
「ありがとう!」
その様子を見ていた子どもたちも集まってきた。
「お兄ちゃん優しい!」
「強そう!」
「遊ぼ!」
「え……。」
一気に囲まれ、珍しく困ったような表情を浮かべるシオン。
その光景に、セラは思わず小さく笑ってしまった。
(……優しいな。)
子どもたちとひとしきり遊んだあと、一同は孤児院の広間へ集まっていた。
長机が端へ寄せられ、部屋の中央には小さな椅子が円を描くように並べられている。
「それじゃあ、今日はみんなで魔法のお勉強をしましょう。」
エリアスが優しく声を掛けると、子どもたちは一斉に返事をした。
「はーい!」
元気な声が部屋いっぱいに響く。エリアスは黒板へ簡単な魔法陣を書きながら説明を始めた。
「魔法というのは、とても身近なもので、録画装置やお風呂を暖かくする時にも使われます。」
子どもたちは真剣な顔で頷く。エリアスを見て、セラは思わず感心した。
(すごい……。)
説明がとても分かりやすい。
難しい言葉をほとんど使わず、それでいて子どもたちが興味を持つように話している。
「じゃあ、お手本をお願いします。」
エリアスが振り返る。
「ノア先生。」
「僕?」
「お願いします。」
「はーい。」
ノアは前へ出ると、右手を軽く掲げた。ふわり、と淡い光が掌へ集まる。
「わあぁ!」
子どもたちから歓声が上がる。
「これは光魔法。」
ノアは柔らかく笑う。
「ブワって感じでこうふわっとするとできるよーー」
「???」
子どもたちの頭の上へ、一斉にはてなマークが浮かんだ。
セラは思わず吹き出しそうになる。リリアは口元を押さえて肩を震わせていた。
「ノアさん。」
エリアスが苦笑した。ノアはきょとんと瞬きをする。
「難しかった?」
「難しかったー!」
子どもたちが声を揃える。
「そっか〜。」
ノアは困ったように笑った。
まだ小さい子ばかりで、魔法を実際に使える子は少なかったが、生徒会メンバー全員が自分の属性の魔法を発表した。
火の玉がふわりと浮かぶたびに歓声が上がり、水の球が宙を舞うたびに子どもたちは目を輝かせる。最後には拍手が広間いっぱいへ響き教室が終わった。
「セラちゃん。」
「はい?」
帰りの時間が近づき、セラが片付けで、大きな箱をいくつか運んでいるとカイから声をかけられた。
「はい、没収ー。」
「え?」
ひょい、と箱を持ち上げられる。
「カイさん?」
「女の子にこんなの持たせたら俺のレディーファースト精神が廃るでしょー。」
「でも。」
「大丈夫大丈夫ー。」
片手で軽々と抱える。
「俺、こう見えて力あるから。」
「それでも……。」
「じゃあー」
カイは少し考えて。小さな箱を一つだけセラへ差し出した。
「これお願い。」
それは最初に持とうとしていた箱の四分の一もない大きさだった。
「これくらいならいいでしょー」
「……ありがとうございます。」
「うん。」
カイは満足そうに笑う。その笑顔を見ていた子どもが突然叫んだ。
「あ!」
「?」
「カイ兄ちゃんとセラお姉ちゃん、恋人?」
「ゲホッ!」
セラは思わず咳き込む。
(思わず淑女が出してはいけない音が喉から…)
「そうだよー」
「ゴホッ!ちょっと何を……」
「やっぱりだー」
子供達は興味津々だ。
「ちょっとカイ先輩!」
カイはニヤッとイタズラめいた顔で笑い、頬にキスをした。
「!?」
一瞬。セラが固まる。
「きゃーー!」
「本当に恋人なの!?」
「ずるー!」
子供達が騒ぎ出す。
「え?」
やっとの思いでセラが声を出す。
「冗談冗談。」
カイはいつもの調子で笑う。けれど、その目だけは冗談を言っているようには見えなかった。
それはセラの困惑を助長させた。
「ほら、仕事仕事。」
「え?」
それでも『え』しか発せないセラを見たカイはセラの耳に口を寄せた。
「俺はセラちゃんのこと好きだよ(小声)」
顔がじわじわと赤くなる。それに満足したカイはそさくさと逃げるようにその場を後にした。
(……まだ私のこと好きとか言えるんだ……もしかしたらずっとこのまま……?)
だとしたら悪いことをしたとセラは少し反省する。
(……まだ諦めてくれてなかったんだ。)
少しだけ胸が痛くなる。
(ちゃんと断ったつもりだったんだけどな……。)
それでも。
(私はもうノアの婚約者なんだから。中途半端な優しさだけは、見せちゃだめ。)
考えを消すように頭を振る。
(私は自分で決めたんだから。最後までちゃんと向き合わないと。今さら迷うなんて、ノアにも失礼だ。だから私は、この選択を後悔しない。)
その様子を。
少し離れた場所でシオンとノアが二人にやり取りを静かに見ていた。
「……。」
シオンは何も言わなかったが、握った手に少しだけ力が入った。
「カイらしい〜……」
ノアは少しカイに違和感を感じた。セラへ向ける視線だけが、どこかいつもと違うような気がして。今までは手を出してこなかったのに、頬にキスまでしたこと。
その違和感は、胸のどこかへ小さく引っ掛かったまま、消えることはなかった。
ちょっと小話!
エリアス→水属性
レオン→火属性
ノア→光属性
カイ→土属性
シオン→闇属性
リリア→光属性
セラ→風属性
水、土、風、火、光、闇の六属性があります!




