29.ウィズ婚約者
いつもの三倍程度の文量です!ごめんなさい!間違えたやつ投稿してました!
学園は夏休みに入り、生徒たちの姿もすっかり少なくなっていた。
今日は生徒会の仕事もない、久しぶりの休日。
朝日が差し込む女子寮の一室で、セラは鏡の前に立っていた。
「……これでいい、かな。」
制服ではなく、淡い水色のワンピースにナチュラルメイク。
学園へ持ってきた私服は数着しかないが、その中では一番動きやすく、それでいて少しだけおしゃれな一着だった。
(別に気合い入れてるわけじゃないからね?)
心の中で誰に言い訳するでもなく呟く。
すると突然、部屋の扉が開いた。
「セラー!」
「え!何!」
驚いて振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたリリアが立っていた。
「今日はデートなんでしょ!」
「違うよ!」
反射的に否定する。
「王都へ買い物に行くだけ!」
「婚約者と二人で?」
「……。」
「休日に?」
「……。」
「私服で?珍しくメイクして?」
「…………。」
リリアは嬉しそうに笑う。
「それは世間ではデートって言うの!」
「うぅ……。」
何も言い返せない。
(確かに状況だけ聞いたらそうなんだけど……!)
セラは顔を赤くしながら頭を抱えた。
「べ、別にそういうのじゃないって!」
「じゃあ、なんで二人で?」
「えっと……。」
昨日のことを思い出す。
ーー
『明日休みだし、王都行こ〜。』
『王都ですか?』
『うん。欲しい本あるし、セラも買い物あるでしょ〜。』
『ありますけど……。』
『じゃあ決まり〜。』
ーー
(……断るタイミングなかった。)
気付けば約束が成立していた。
リリアはそんなセラを見て楽しそうに笑う。
「セラって意外と押しに弱いから。」
「そんなことないもん!」
「あるよ。」
即答だった。
「それにノアさん、セラのことすっごく大事にしてるじゃん。」
「そうかな?」
「そうだよ!」
リリアは両手を広げる。
「文化祭終わってからずーっと隣にいるし!」
「婚約したからじゃない?」
「それだけじゃないと思うけどなぁ。」
首を傾げるニナを見ながら、セラも少しだけ考える。
(……確かに前より距離は近くなった、かな。)
荷物を持ってくれたり。困っていると自然に助けてくれたり。でも、それは婚約者だからだ。
(それに。ノアは光魔法しか見てないし。)
でも、だからこそ、今のこの関係は不思議と居心地が良かった。
変に気を遣われることもなく、かといって以前より少しだけ近い。
(……断罪されることもない。)
「ほらほら!」
リリアがセラの背中を押す。
「待たせたら悪いよ!」
「あっ、そうだった!」
慌てて鞄を手に取る。
「いってきます!」
「いってらっしゃーい!」
リリアは満面の笑みで手を振った。
「楽しんできてね、デート!」
「だから違うってー!」
廊下へ出たあとも、部屋の中から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
セラは頬を赤くしたまま、小さくため息をつく。
(もう……。)
女子寮を出ると、夏の日差しが眩しかった。
待ち合わせ場所は正門前。
(……本当はあんまり学園の外には出たくないんだけど…多分ノアがいれば大丈夫だよね…)
正門へ向かっていくと、そこには既に一人の青年が立っている。
薄桃色の髪が朝日に照らされ、柔らかく輝いていた。
「あ。」
セラに気付くと、ノアはゆるく手を振る。
「おはよ〜。」
「おはようございます。」
近付くと、ノアはセラを見て少しだけ目を丸くした。
「私服、初めて見た〜新鮮〜」
「学園内では常に制服ですからね。」
「似合ってるね〜。」
「……ありがとうございます。ノアさんも素敵です。」
あまりにも自然に言われて、少しだけ照れてしまう。
(さらっと言うんだから……。)
ノアはその反応を見ると、小さく笑った。
「じゃあ行こっか〜。」
二人は並んで学園を後にする。
門を抜けると、王都行きの馬車がちょうど停まっていた。
御者へ行き先を告げ、向かい合って腰を下ろす。
馬車がゆっくりと動き出す。
窓の外では夏の景色が流れていく。
しばらく沈黙が続いた。
(……話題。)
何か話した方がいいのだろうか。
けれど何を話せばいいのか分からない。
「……。」
「……。」
お互い黙ったまま数分。
先に口を開いたのはノアだった。
「今日、何買うの?」
「あ、えっと。」
セラは少し考える。
「便箋と、本を少し見ようかなって。」
「そっか〜。」
「ノアさんは?」
「魔導書。」
「やっぱり。」
思わず笑ってしまう。
「即答ですね。」
「うん。」
ノアは悪びれる様子もなく頷いた。
「古代魔法式の本が入荷したらしいから。」
「休みの日まで魔法なんですね。」
「趣味だからね〜。」
そう言って笑う姿は、本当に楽しそうだった。
(……好きなんだな。)
光魔法のことも。
古代魔法も。
魔法そのものが。
そんなノアを見ていると、不思議とこちらまで笑顔になる。
そのことにセラ自身は、まだ気付いていなかった。
馬車は王都へ向け、軽やかに走り続ける。
♡ ♡ ♡
王都へ到着すると、夏休みということもあり、大通りは多くの人で賑わっていた。露店からは焼き菓子の甘い香りが漂い、噴水広場では子どもたちが楽しそうに走り回っている。
「やっぱり人多いですね。」
「夏休みだからね〜。」
ノアは周囲を見渡しながら、のんびりと歩き始める。その隣をセラも歩く。
(……なんか、緊張する)
しばらく歩いたところで、ノアが足を止める。
「で。」
「?」
「どこ行く?」
「…………。」
二人とも固まる。
数秒の沈黙。
「……え、決めてないんですか。」
「うん。」
顔を見合わせる。
そして。
「「……。」」
どちらからともなく吹き出した。
「ノアさん、誘ったのに何も考えてなかったんですか?」
「セラもでしょ〜?」
「私は買い物って聞いてたので、ノアさんが行きたい場所決まってるのかと。」
「決まってない〜。」
困ったように笑うノアを見て、セラも苦笑する。
「じゃあ……。」
「とりあえず歩こっか〜。」
「そうですね。」
二人は目的もなく商店街を歩き始めた。
♡ ♡ ♡
「かわいい……。」
セラが思わず足を止めた。小さな雑貨店の店先には、色とりどりの髪飾りやアクセサリーが並んでいる。こういうところには久しぶりに来たからか、気分が上がる。
夏らしい青い花を模した髪飾りへ自然と目が向いた。
「気になる?」
隣から声がする。
「え?」
振り返ると、ノアが商品ではなくセラを見ていた。
「あ、えっと……少しだけ。」
「付けてみれば?青似合いそう〜」
「いえ、見るだけなので。」
公爵令嬢とはいえ、今は学園生活を送る学生。あまり贅沢ばかりもできない。
(お父さんがなぜか全然お金持たせてくれなかったのよね……原因は我儘でしょうけど。)
「そう?」
ノアはそれ以上勧めることなく店内へ入る。
セラも後に続いた。
店内には可愛らしい小物が所狭しと並んでいる。
その一方で。
「……。」
ノアの姿が見えない。
(あれ?)
少し探すと、一番奥の棚で立ち止まっていた。そこに並んでいたのは可愛らしい雑貨ではなく、小さな魔道具だった。
「やっぱりそっちなんですね。」
「うん。」
返事が早い。
「この魔道具、面白い構造してる。」
完全に興味がそちらへ向いている。
(ほんとに好きなんだなぁ。)
思わず笑みが零れた。店を出る頃には、ノアの手には小さな魔道具が一つ増えていた。
「買ったんですか?」
「うん。」
「そんなに珍しい物だったんです?」
「ううん。」
ノアは首を振る。
「分解したかっただけ。」
「壊す前提!?」
「壊さないよ〜。」
本人は本気らしい。
「ちゃんと元に戻す。」
「……ほんとですか?」
「たぶん。」
「たぶん!?」
セラは思わず笑ってしまった。
♡ ♡ ♡
その後。二人は大通りを歩き続ける。
すると今度は。
「!」
ノアの足がぴたりと止まった。視線の先には、大きな魔導書専門店。
「……行ってきてもいい?」
少しだけ申し訳なさそうに尋ねる。
「もちろんです。」
「ありがと〜。」
その笑顔はどこか子どものようだった。
店へ入るなり、ノアは一直線に魔導書の棚へ向かう。
次々と本を手に取り、夢中でページをめくる。
(……。)
(全然こっち見ない。)
少しだけ呆れる。
店内をゆっくり見て回ることにした。
魔導書だけではなく、歴史書や植物図鑑も置かれている。
その中で、一冊の古びた本が目に留まった。
『失われた古代魔法』
(古代魔法……。)
なんとなく手を伸ばす。ぱらり、とページをめくる。
『光属性は治癒だけではなく――』
そこまで読んだところで。
「セラ。」
顔を上げる。
いつの間にかノアが隣へ来ていた。
「ごめん。」
「え?」
「夢中になってた。」
珍しく少しだけ申し訳なさそうに笑う。
「退屈だった?」
「いえ。」
セラは本を閉じる。
「ノアさんって結構光魔法に限らず、魔法が好きなんだなって思って見てました。」
「そっか〜。」
安心したように笑う。
(……やっぱり。)
セラは思う。この人は。光魔法や古代魔法を語っている時が、一番楽しそうだと。
(全然知らなかったな。まあ関わってもこなかったけど。)
本屋を出ると、ちょうど昼を知らせる鐘が王都へ響いた。
「そういえばお腹空いたね〜。」
「そうですね。」
周囲を見渡すと、飲食店はどこも賑わっている。
夏休みということもあり、家族連れや恋人同士らしい姿も少なくない。
「あ。」
セラが一軒の店を指差した。
「ここ、空いてますよ。」
白い壁に青い屋根。窓際には花が飾られた、小さなカフェだった。
二人は窓際の席へ案内された。メニューを開いた途端。セラは声を上げる。
「うわあ!美味しそう!これとかキラキラしてる!」
「そうだね〜。」
ノアの声で、はしゃぎすぎてしまったことに気づき、少し恥ずかしい。
「決まりました?」
店員が優しく声を掛ける。
「僕これ〜。」
ノアが迷わず指差す。
「季節のフルーツパフェ。飲み物はアイスティー。」
さらさらと注文していく。セラは思わず目を丸くした。
(お昼本当にそれでいいの?)
「……甘いもの、お好きなんですね。」
「好き〜。」
即答だった。
「セラは?」
「私は……。」
少し迷ってから、季節の彩りサンドイッチと紅茶を注文する。
注文を終え、一息つく。窓の外では人々が楽しそうに行き交っていた。
「夏休みって感じですね。」
「うん。」
ノアは外を眺めながら頷く。
「王都来るの久しぶり?」
「はい。」
「そっか〜。」
少しだけ沈黙。でも、居心地の悪い沈黙ではない。
何も話さなくても、不思議と気まずくならない。
料理が運ばれてくる。
「美味しそう……。」
セラが小さく呟く。
一方。
ノアの前には大きなパフェ。
「そんなに食べられるんですか?」
「食べられるよ〜。」
そう言うと、本当に幸せそうにスプーンを口へ運ぶ。
(……子どもみたい。)
思わず笑ってしまう。
「何?」
「いえ。」
「甘いもの好きなんだなって。」
「好き。」
また即答だった。
「疲れた時は甘いもの。」
「ふふ、確かに。」
そんな何気ない会話だけで、自然と笑みが零れる。
♡ ♡ ♡
昼食を終えた二人は、再び王都を歩いていた。
噴水広場を抜けた、その時。
「うわっ!」
幼い男の子が石畳につまずき、そのまま転んでしまう。
「大丈夫?」
セラは咄嗟に駆け寄った。膝を擦りむき、涙を浮かべている。
「いたい……。」
「少しだけ我慢してね。」
セラは周囲を見回す。
人通りはあるが、誰もこちらへ注意を向けていない。そっと男の子の膝へ手を添える。
「《ヒール》」
淡い光が傷口を包む。ほんの小さな治癒魔法。
傷はすぐに消え、赤みだけが少し残る。
「もう大丈夫。」
男の子は自分の膝を見て目を丸くした。
「いたくない!」
その笑顔を見て、セラも自然と笑う。
「このことは誰にも言わないでね。お姉さんとの秘密。」
「うん!わかった!」
男の子は元気よく頷き、待っていた母親の元へ走っていった。
「ごめんなさい!ありがとうございます!」
母親が何度も頭を下げる。
「いえ。」
二人が去っていく姿を見送り、セラは小さく息を吐いた。
「よかった。」
隣を見ると、ノアは静かにその様子を見つめていた。
「……?」
「どうしました?」
「ううん。」
ノアは小さく首を振る。
「すごいなって。」
「え?」
「迷わず助けに行くところ。」
その言葉にセラは少しだけ照れる。
「目の前で困ってる子がいたら放っておけません。」
「うん。」
ノアは微笑んだ。
「知ってる。僕のことも助けてくれたし。」
それだけ言う。けれど、その笑みは今までより少しだけ柔らかかった。
♡ ♡ ♡
帰る頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。夕焼けに照らされた王都は、昼間とはまた違う穏やかな表情を見せている。
二人は並んで馬車乗り場へ向かう。途中。荷馬車が横を通り過ぎた。
その瞬間。
「こっち。」
軽く肩を引かれる。
「!」
気付けば、セラは歩道の内側に立っていた。ノアが何気なく車道側へ移動していたのだ。
「危なかった?」
「いえ……。」
「ならよかった〜。」
本人は何事もなかったように歩き始める。
(……。)
セラは少しだけその背中を見る。特別なことをしたつもりはないのだろう。だからこそ、自然だった。
(なんか今日はノアのいいとこ色々知れたな…)
自然だからこそ、少しだけ嬉しくなる。
夕焼けの中、二人はゆっくりと馬車へ乗り込んだ。
♡ ♡ ♡
学園へ戻る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「今日はありがとうございました。」
「こちらこそ〜。」
寮の前で立ち止まる。
「楽しかった?」
突然聞かれ、セラは少し驚く。
「……はい。」
自然と笑顔になる。
「すごく。」
「そっか。」
ノアも笑った。
「また行こ。」
「はい。」
セラも笑って頷く。
「また。」
小さく手を振り、女子寮へ入っていく。
その姿が見えなくなるまで、ノアは静かに立っていた。
♡ ♡ ♡
自室へ戻る。
机の上には今日買った魔導書が置かれている。
「……。」
椅子へ座り、本を開く。
一ページ。
二ページ。
「…………。」
内容が頭へ入ってこない。
視界へ浮かぶのは、笑っていたセラ。照れていたセラ。子どもへ手を差し伸べたセラ。
その姿ばかりだった。
「……なんで。」
小さく呟く。
今日はずっと楽しみにしていた本を買えたはずなのに。
どうしてだろう。今は、本よりも、今日一日を思い返してしまう。
「……次は、あの本屋だけじゃなくて。」
そう呟いてから、自分で首を傾げる。
「……なんでだろ。」
ノアは本を閉じ、小さく息を吐いた。
「……まあ、いっか。」
その理由を考えることもなく、彼は静かにランプの灯りを消した。
夏の夜風だけが、静かに窓を揺らしていた。
ちょっと小話!
実はセラは夏休みの外出でこっそり亡命しようとした時、人攫いにあって色々あったそうです!なので、絶対亡命はしたくないと誓って、学園の外に出ることもその一回だけだったそう(今回で二回目)。




