24.婚約とそれぞれの想い
文化祭が終わって一週間。
定期テストも終わり、学園にはようやくいつもの空気が戻ってきていた。
昼休み。
校舎中央の掲示板には、生徒たちが何重にも人だかりを作っている。
「順位出たぞ!」
「うわ、緊張する……!」
あちこちから悲鳴や歓声が上がる。
「セラ!」
人混みの向こうからリリアが手を振っていた。
「見に行こ!」
「うん。」
二人で人をかき分けながら掲示板の前へ向かう。学年ごとに順位表が貼り出されていた。セラは自分の学年の順位へ目を向ける。
一位 695/700 シオン・クロウ
二位 683/700 セラ・ウィンドフォール
三位 670/700 リリア・フェルノア
…
「やったぁ!」
リリアが嬉しそうに声を上げる。その一方でセラはシオンの点数に呆然とする。
(695点…!?そんな点数取れるんだ!?私なんて最初から大体の問題知ってるのに、それでも負けるって何事!?)
少し遅れてシオンも人混みを抜けてくる。
「また勝ったな。」
「……やばくない?695?なんかもう勝てる気がしない……」
その言葉にシオンは目を丸くする。
「珍しいな。いつもなら『次は勝ってやるから!(セラの真似)』くらい言いそうなのに。」
「は!?私そんな声じゃないし!シオンはそう見えてるんだ〜!……でも、シオンに努力では勝てそうにないし……」
その言葉に赤くなったシオンに気づきもせず、セラは『死に戻りしてなかったら絶対こんな競れないな』と思うのだった。
♡ ♡ ♡
その日の放課後。
業務が終わった生徒会室ではテストの話題で盛り上がっていた。
「リリア嬢は三位だったんだね。」
「えへへ!」
嬉しそうに胸を張る。
「今度は二位目指します!」
「十分すごいよ。私も一年生の点数を見たけれど、いつもだったら首席を取れる点数だ。シオンとセラ嬢が異常なだけで。」
穏やかな空気が流れる。その時だった。
生徒会室の扉がノックされた。
「失礼いたします。」
入ってきたのは王城からの使者らしい男性だった。
「レオン殿下。」
「どうしました?」
使者は一礼し、一通の封筒を差し出す。
「こちら、お父上様より至急の連絡として届いております。」
「ありがとう。」
レオンは封筒を受け取ると、使者が音もなくササっと退出する。
レオンは中に目を通すと、納得したように頷く。
「……ああ。」
その様子にカイが首を傾げた。
「なんですか?」
「正式な届け出が受理されたそうだ。」
「届け出?」
レオンは書類を畳み、自然な調子で答えた。
「セラ嬢とノアの婚約について。」
部屋が静まり返る。
(……一週間…思ったよりも随分早く承認されたわね。承認されること自体あり得ないと思っていたけれど…それくらい二大公爵家の権力が強いのかしら……)
セラも静かに驚く。
「…………え?」
最初に声を出したのはリリアだった。
「婚約……?」
「うん。」
レオンは落ち着いた様子で頷く。
「王家が彼らの届け出を正式に受理したみたいだ。」
数秒の沈黙。
「………………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
叫んだのはカイだった。
「こんっ……えっ!?は!?」
勢いよく椅子を蹴立てて立ち上がる。その金色の瞳が、驚愕と、それから信じられないものを見るような色に染まっていく。
「婚約って!?誰と誰が!?」
「だから。」
レオンが苦笑する。
「セラ嬢とノア。」
「いや聞こえてましたけど!」
カイは勢いよくセラを見る。いつもの軽薄な笑みが一瞬だけ消えかけ、すぐに引き攣ったような笑顔が張り付く。
「セラちゃん!?」
「あ、はい…。」
セラは少し困ったように笑う。
(これでノアとの『協力関係』は公のものになった。断罪を避けるためなら、これが一番確実なはず……!)
「……正式に発表されるまで話してなかったんですけど、王家の承認も終わったので。これから両家で細かい話を進めることになると思います。」
リリアが目を輝かせる。
「すごい……!本当におめでとうございます!」
「ありがとう。」
セラはリリアの反応に安堵の笑みを浮かべた。
その隣で、ノアものんびりと笑う。
「よろしくね〜。」
「……っ」
セラはシオンが声にならない声を上げたことに気づいた。
(顔色が悪い?)
「……シオン?」
シオンはセラの言葉にハッとしたかと思えば、逃げるように教科書を鞄に押し込んだ。
「……具合が悪いようなので、先に、失礼します」
「ほんとうだ。大丈夫?引き止めるようになってしまってごめんね。ゆっくり休みな」
シオンはレオンの言葉を聞くか聞かないかのうちに、生徒会室を飛び出していった。
(やっぱりテストで夜更かしでもしたのかしら?まあ確かにあの点数は異常だったけど。)
そんなセラの視界に、不自然なくらいニコニコなカイが入り込んでくる。
「……ねえ、セラちゃん。それ、本当に本気?」
カイはいつものように机に頬杖をついたが、その金眼はいつもよりほんの少しだけ光が薄く、じっとセラを見つめている。
「カイ、先輩……?」
「いや、ちょっとびっくりしちゃってさ。ほら、俺、絶対大事にするよーってアピールしてたじゃん? なのに、そっち選んじゃうんだなーって。」
言葉遣いはいつものカイのそれだったが、声のトーンが妙に落ち着いていて、どこか恐ろしい。
(え?なに?怒ってる?高級チョコ食べときながらなんだよこのヤロー的な?)
「え、あ、はい。両家の話し合いも進んでいて……」
「あー!ごめんねセラちゃん!怒ってるわけじゃなくてーそうだよね政略結婚とか?」
(それ聞かれると思わなかった〜!てか普通聞かないでしょ!…んーでもお父さんには両想いって書いちゃったし……)
なんて返答するか悩んでいると、ノアが返答する。
「まさか〜恋愛結婚だよ〜」
(そういう設定にするの!?まあ私的にはありがたいけど。)
セラは顔をボンっと赤くした。リリアからキャーという声が聞こえる。ノアが笑う。
その一言で。
カイの笑顔が、一瞬だけ止まった。本当に、一瞬だけ。
「……そうなんだ。」
笑っている。笑っているはずなのに。目だけが、笑っていなかった。
「……おめでとうございます」
カイは一瞬、セラの隣で平然と微笑んでいるノアに冷ややかな視線を向けたが、すぐにいつもの笑みを貼り付け直した。お祝いの言葉を口にするカイの笑顔はどこか不自然で、その目の奥には暗い光が揺れている。
(な、何これ……。やっぱなにか間違えた!?……大丈夫よセラ。そのための婚約なんだから。)
「そろそろ生徒会室閉めよっか。はい!みんな帰る準備!」
いつもはこの掛け声で騒がしくなるけど、今日は何故か静かになった。
「じゃあ、失礼します。」
「あ〜待って」
ノアから声がかけられる。
「僕が送るよ〜」
セラは驚く。
「いつもレオンさんと帰ってるじゃないですか」
「私は構わないよ。流石に婚約者との時間を引き裂こうとは思わないからね。まあでもノアが私と一緒に帰りたいなら一緒に帰ってあげるけど。」
「じゃあ行こっか〜」
「ノア!」
リリアがそのやり取りを見ながらくすくすと笑った。
ノアは当たり前のようにセラの荷物を持ち、レオンも後を追うように生徒会室を後にする。
「じゃあ、お先に〜。」
扉が閉まる音だけが静かに響いた。
残された生徒会室には、さっきまでの賑やかさが嘘のような静寂が落ちる。
「……カイさん?」
リリアが様子のおかしいカイに声を掛ける。カイは扉を見つめたまま、小さく瞬きをした。
「……あ。」
それから、いつものようにへらりと笑う。
「やばー。俺、ちょっとショック受けてるかも。」
軽い口調。冗談みたいな笑顔。なのにリリアは笑えなかった。
「カイさん……」
「大丈夫、大丈夫。」
そう言って笑う。笑う。
笑っているのに。その笑顔だけが、どこか壊れそうだった。
「俺も帰るね。」
荷物を肩へ掛ける。背中を向けたまま片手だけひらひら振る。
「じゃ、お疲れー。」
扉が閉まる。
リリアはその姿を呆然と見ていた。
「……なんだか、カイさん。」
小さく呟く。
「泣きそうな顔、してました。」
ちょっと小話!
実は王家が正式に承認した婚約は破棄するなら王命か、重大な不祥事かが必要です!




