1.入学式
王立魔法学園の正門は、今回も変わらず眩しかった。
白い石畳、何かの映画でみたことのあるような空に浮かぶ蝋燭、期待と不安が入り混じった新入生たちの声。
そう、今セラは王立魔法学園の入学式に来ていた。
(…何回目だろう、ここに立つの)
胸の奥がヒヤリとする。講堂に入ると、すでに半分以上の席が埋まっていた。この光景をセラはもう何度も見ている。
セラは一瞬だけ立ち止まり、それから一番端の目立たない席を選ぶーー前回までは、そうしていた。
(でも、今回は)
ふっと息を吐いて、セラはあえて一列内側の席に座った。実はこういう細かい事柄によって変わることもあることもわかっている。
程なくして式が始まる。学園長の長い挨拶。拍手。校歌。
何度も聞いているから学園長の挨拶を暗記できるのではないかと思ってしまう。
(学園長がいつもよりも緊張してるかも……あれ?いつもよりも拍手短い気がする……)
おそらくセラが座る席を変えたことで起こった変化を数えながら、無意識に指を握りしめていた。
ーーその時。
「……あ」
隣の席に座っていた誰かと、肩が触れた。
「すみません」
低い声。振り返ると、そこには見覚えのある顔があった。
ーーシオン・クロウ。
攻略対象の中で唯一の同級生。伯爵家長男。髪は漆黒で少し目が隠れるくらいの長さ。目は黒っぽい紫でガラスのような奥行きが感じられる。今まで見てきた中で思ったのは、努力家であんま話さないなってかんじ。
いつもの周回では、ほとんど言葉を交わすこともなかった人物。
(なんで隣にいたのに全然気づかないのよ私!!そういうところだぞセラ!……いや、落ち着きなさい。今回の目標は登場人物と仲良くなること。できるだけ好意的に接しないと…笑うのよ私!とにかく満面の笑顔で……)
「あっ!いや全然大丈夫です!こちらこそすみません!」
そう答えた瞬間、彼の目が一瞬だけ見開かれた。
(……今の、何?)
すぐに表情は戻ったけれど、その違和感は確かにあった。
視線を前に戻すと、壇上ではヒロインが紹介されていた。
光に包まれた、物語の中心に立つ少女。貴族や金持ちばかりのこの学園で、唯一一般的な庶民。とても珍しい光属性の魔力を持つため、支援されて学園に通うことができた特別生。
セラはただ、静かに彼女を見つめる。
式の終わりを告げる鐘が鳴った。立ち上がる人並みの中で、私は小さく呟く。
「今回は逃げない。」
その選択が、どんな結末を呼ぶのかーー
まだ、誰にもわからない。
「新入生は、各クラスの教室へ移動してください」
拡声の魔法で増幅された教師の声が、講堂に響き渡った。
同時に、張り詰めていた空気が一気に崩れ、人の波が動き出す。私はそれに逆らえず歩き出した。
講堂を出ると、長い廊下が続いていた。壁には歴代の優秀な卒業生の肖像画が並んでいる。
(この廊下……)
一歩踏み出した瞬間、喉の奥がひくりと引き攣った。
(結構前だけど、ここで刺されたんだよね……確かゲーム通り…いや、それ以上に過激にヒロインを虐めてみるっていう実験をしてみたとき、卒業舞踏会よりも前に刺されたんだよね…)
まだ、行動を起こしていないから、今ここで刺されるということはないとは思うが、ここには居たくないという気持ちから自然と早歩きになる。
教室の扉を開ける。いつもの、見慣れた一年A組。
席は自由席で、セラは迷わず前から三列目の窓側へ向かった。
椅子に座ると、少し遅れて隣の席が引かれる音がした。シオンだ。
そう。シオンはいつもこの席の隣に座る。だから今回はいつもは避けていたこの席に決めたのだ。
(よし!もう一回!話しかけてみよう!)
「えっと…さっきの人ですよね……同じクラスだったんですね!一緒に頑張りましょうね!」
彼は一瞬だけこちらをみて、少しびっくりしたような反応をして、会釈だけを返した。
(…ええぇ!?何その反応!もしかして白々しかった?それともいきなり距離感近すぎた?…もうどうすればいいかわかんないよ〜!)
一人アワアワとしていると、教師が教壇に立ち、出席簿を開いて、一人ずつ名前を呼んでいく。
「ーーセラ・ウィンドフォール」
「…え?あ?はい!すみません!」
いきなり(困惑して聞いてなかっただけ)名前を呼ばれたことに驚き、勢いよく椅子から立ち上がって余計にパニックになる。状況を把握し始めた頃には周囲のガヤが騒ぎ立て始めており、思わず赤面する。ガヤが落ち着くと、先生が出席確認を再開したので、私は力尽きたように席に着いた。
(うわー恥ずかしい…こんな失態初めて…)
赤い顔を見られたくなくて、俯いていると、ふと隣からクスッと笑い声が聞こえた気がして、まさかと思い、顔を見られたくなかったのにも関わらず、ぐいんと顔をシオンに向けた。
その様子にシオンは若干引く様子を見せたけど、セラが予想した通り、こちらを見て思わずといったように相好を崩していた。
「……ふ、ハハ、名前、セラだっけ?これからよろしく。」
♡ ♡ ♡
私は寮のベットの中に潜り込んでいた。
「……」
(はぁ!?何あの攻撃力!『名前、セラだっけ?』って言った時の表情!あの花が綻ぶような表情とか初めてみたんだけど!いやまあ、今まで関わってこなかったから気づかなかっただけかもだけど…。ゲームのヒーローなだけあってなまじ顔がいいぶん一瞬固まっちゃったし……衝撃的すぎてあの後のことほぼ覚えてない……)
そんな感じで頭の中がシオンでいっぱいになっていたけれど、流石に落ち着いてくる。広い個室。淡い魔法石灯の光。見慣れた天蓋付きのベット。
(…ふう。やっぱ何十年もここで暮らしているからかすごい落ち着く)
なんとなく窓辺に立ち、夜の学園を見下ろす。
私はいつも彼を避けていた。目立たない席を選び、かかわらず、距離をとって。でも、私が積極的になった今回の彼の行動は、今までとは違う何かがあった。
(もしかしたら今回は……)
淡い期待をしそうになって慌てて取り消す。こんな小さな変化でいちいち浮き足立ってはいけない。きっと今までと同じように打ち破られるだけだから…
(……でも本当に行けるかもしれない。)
「攻略対象全員と関わる。」
ポツリと声に出してみる。
攻略対象は五人。同級生のシオン。二年生に一人。三年生に二人。そして先生。
ヒロインは学年が違う攻略対象者とは、生徒会に入ったり、特別に光魔法を教えてもらったりして関係を作っていた。
(私も生徒会に入れば結構目標に近づけるのでは?確か一番初めの成績順で入れるんじゃなかったっけ?うーん。でもあんまりヒロインとは関わりたくないんだよな。ヒロインと友達になった周回でも断罪されたことがあったから。それだと危険性が…)
今後の方針について今一度見直していると、寮の部屋が『バコーン!』という擬音語がつきそうなくらいの勢いで開かれる。私は、それを呆れた目で見つめた。
「すいません!びっくりしましたか?!ごめんなさい!私、セラさんのルームメイトとなるニナ・クローヴィルです!ウィンドフォール公爵様のご令嬢とご一緒の部屋になるなんてとても光栄です!よろしくお願いします!」
ブレスも取らず矢継ぎ早に言葉を紡いでいく様子をもはや呆れを通りこして尊敬の眼差しで見てしまう。
(いつもこんな感じなんだよな)
ーーニナ・クローヴィル
私のルームメイト。子爵家長女。髪は明るめのふわふわとした茶髪。目は透き通った青と緑の中間くらいの色。明るくて、正直彼女がいなかったら、もう壊れていたかもってくらい、心の支えになってくれている。
「敬語と敬称つけるのやめてよ。ここは学園なんだから。」
おそらくゲームの都合上なのだろうけれど、この学園では身分関係なく友達が作れるように同学年での敬語や敬称は失礼にあたるという暗黙の了解がある。
「いいの!まじでよかった〜!ウィンドフォール家のご令嬢は我儘って聞いてたから若干どんな子かヒヤヒヤしてたんだよ〜。普通ぽくってまじ安心。」
「いや敬語と敬称がダメなのであって、歯に衣を着せないとダメだからね!常識として。」
私がツッコむとニナは自分のおでこを軽く叩くような動作をして、てへぺろって感じの顔をする。…完全に遊ばれてる。
「でも本当によかった〜。改めてこれからよろしくね!」
「もちろん。よろしく。」
いつも変わらないニナを見ていると本当に癒される。顔も、ゲームではなぜ出てこないのかと思うくらい可愛らしくて、つい惚れ惚れしてしまう。
実は私が途中でゲームをギブしちゃったから出てきてないと思っているだけで、もしかしたら、後半にちょっと役割があるのかもしれないと考えたこともある。忘れているかもしれないが、私は一応悪役令嬢なので、そのルームメイトであるニナも何か大事なキーを握っているのかもと考えたからだ。
しかし、何周しても、ニナはヒロインや攻略対象の噂をすることはあれど、ニナが直接関わった現場を目撃したことは一度もないので、顔が可愛いモブという結論に至った。
ついまじまじとニナの顔を凝視してしまっていたらしい。
「え!なに?もしかして見惚れちゃった?」
ちょっとウザかったので、仕返ししてやる。
「ええ。とっても可愛らしい顔つきですもの。食べちゃいたいくらい。」
「……むー。いっぱい食わされた感じでなんか悔しい。」
「ふふ。その顔も可愛い」
「えと、あと、うん、セラも可愛いから!すごい美人だから!」
その日は遅くまで話しに花を咲かせた。やっぱり死に戻るたびにニナとの思い出がリセットされるのは悲しいけれど、ニナの明るい性格はセラにとても元気をくれた。
ちょっと小話!
実は校長先生は頭はいいけど小心者!
だから、強い権力を持つ公爵令嬢が一列目に座っていて、内心ヒヤヒヤだったよ!




