妹とは存外取り扱いに困るものである 【3】
「どーでしょー?」
「おお……意外と似合うもんだな、そういうのも」
さすがのルックスだ。 スタイルの方は残念だけど、それが逆にメイド服の良さを引き出しているとも言える。 俺はメイド鑑定人か何かなのか。 というか俺、何しているんだろ……。
「ふふ、へへへ、似合いますかぁ」
「……クレア? お前、なんか顔赤いけど」
「そーんなことないでっすよう! ふふ、ふふふふ」
いや、あるだろ。 絶対あるだろ。 肌が白いから余計に目立つぞ、もう見てはっきり分かるほど赤くなっている。 顔全体の血行が良くなっている。 それに目がとろんとしている。
一体何が起きたんだと思い、俺はそのまま視線を部屋の中のテーブルへと向ける。 すると、そこにはいくつものチョコの包装紙が。 いち、に、さん、し……十五個全滅だ。 俺は一個しか食べてないから、十五個中十四個はクレアが食べたということになる。 小学生でも分かる計算だな。
ってか、てかこいつ食い過ぎだろ!? 原因それだろ!?
「お前な……」
「うふふ、なーんでっすか?」
クレアは言うと、あろうことか俺に抱き着いてくる。 結構な勢いで抱き着いて来た所為で、当然俺の体はバランスを崩し、後ろにあるベッドへ。 そのままクレアは俺の上へと乗り、両手首を押さえつける。
「えへ、成瀬、なーるせぇ」
「ばっ……! 離れろ!」
言いながらクレアの体を押し退けようとするも、クレアの方が力が強い所為でうまくいかない。 こんなところで襲われる女の子気分を味わうことになるとは思わなかったぞ俺。 てか純粋に力負けしているのが悲しい。 いや、んなことよりこの状況はいろいろマズイだろ!?
「なぁんで嫌なんですかぁ。 私は、嫌じゃないですう」
頬を膨らませてクレアは言う。 その目は虚ろで、酔っていることは明らかだ。 まずい、この状況は非っ常にまずい!
「二人っきりですよぉ? 二人っきり、二人っきり。 ふふ」
「あのな、お前これ絶対明日くらいに後悔するからな……。 絶対に。 お前は忘れるかもしれないけど俺は鮮明に覚えているからな」
「しないです! 絶っ対に! しないですぅ! だって、成瀬はいっつも西園寺ばっかりじゃないですか……だからぁ、たまには私と遊ぶんですぅ!」
「そんなことないだろ! 最近じゃ、お前とも結構遊んでるし……それに、西園寺さんもクレアもそういうのじゃないだろ……ってなに言ってんの俺」
「……またですか。 また、そうなんですか。 もう、良いです。 もう良いですよぉ!」
クレアは叫ぶように言って、俺の顔を真っ直ぐ見つめる。 俺も思わずクレアの顔を正面から見つめ、それが数秒続いたあとだった。
ぽたりと、クレアの瞳から何かが落ちた。
「お前……泣いてるのか?」
「泣いてないです!! 泣いてないですよ!! もう、もう……! 成瀬のばかぁ!!」
クレアは大声で言い、俺の首に腕を回す。 そして、俺の胸に頭を預けたまま、わんわんと泣きだしてしまった。
……意味が分からん。 俺が何をしたって言うんだよ。 でも、これじゃあしばらくの間は動けそうにないな。
「悪かった悪かった。 だから、落ち着けって」
「……すん」
クレアはそれからしばらくの間、泣き止まなかった。
「……いてっ」
あれ、この部屋どこだ。 見慣れない天井に、見慣れない家具やぬいぐるみ。 ぬいぐるみ……?
「……寝てたのか」
なんだか、とても嫌な夢を見ていた気がする。 頭を抑えながら体を起こすと、横で眠っているクレアが目に入った。 ああ、そうだ……夢じゃなかった。 あのあと、クレアを宥めている内に俺も寝てしまっていたのか。
てか、こいつ寝相悪すぎだろ。 俺が目を覚ました原因は、クレアの蹴りを顔に食らったからだな。 俺とクレアの位置関係的に。 で、その寝相のおかげでメイド服が乱れに乱れている。 布団でもかけておかないと、目のやり場に困るな。
そう思って、俺は布団に手をかける。 そのときだった。
「……陽夢おにい?」
「……お、おう。 リリアか。 お、お邪魔してるぞ」
部屋の入口に、リリアが居た。 この一瞬で俺は全てを理解する。 リリアは恐らく、神田さんと一緒に帰ってきた。 そして、喧嘩をしてしまったクレア相手に何か言おうと思い、部屋に入ってきた。 するとそこに居たのは俺と、何故かメイド服を着て、何故か寝ているクレアだ。 そしてその服は何故か乱れている。
うむ、誤解を招くには充分だな。
「へ、変態だっ!!」
「待てリリア!! 落ち着けよおい!!」
その後、俺がリリアの説得と神田さんに対する状況説明と、起きてきたクレアに対する謝罪をしたのは言うまでもないことである。 ちなみに、クレアはあのことを一切覚えていなかったのが不幸中の幸いだ。
更にちなみにを言わせてもらうと、クレアとリリアは無事に仲直りができたようだった。
それから。
それから、俺は家へと帰る。 ひどく疲れた一日の出来事は、結局俺に何も与えてくれなかった気がしてならない。 得られた教訓は「妹関係の揉め事に首を突っ込むな」というもので、失ったものは「リリアからの信頼度」である。 明日を生きる自信がなくなってしまいそうだ。
独りで歩く冬の歩道。 それはクレアの家とは違って、あまりにも寒すぎる。 耳も、手も、足の爪先までもが冷えて、チクチクと痛む。 独りでの帰り道は、こんなに寂しいものだったっけか。 暖かすぎる場所に居た所為か、それに体が馴染んでしまったか。
……クレアの奴、泣いてたな。 あいつは我慢強いし、泣いているところなんて俺は一、二回くらいしか見たことがない。 いつも強く、誰よりも強くいるクレアだ。 そんなあいつが、泣いていた。 だとしたら、クレアにとってのそれは泣くほどの理由だったということだ。 その気持ちを分かろうとしない俺は、やっぱり嫌な奴だな。
けれど、仕方ない。 俺は例えどう転んだとしても、理解しようとすることはない。 もう、決めたことだ。 あの大晦日の日から、決めたことだ。
俺は気付かない。 人の気持ちに。
俺は気付かない。 自分の気持ちに。
俺は気付けない。 それがいつか大きな問題になることに。
「帰ったら風呂入るか」
その呟きは、誰の耳に聞こえることなく消えていく。 辺りは静まり返っていたけれど、俺のその声は自分にしか届かない。 俺だけにしか聞こえないのだから、俺が誰かの声を聞くことだって、多分ない。
「お、あーにきー!」
そんな風に感慨深い気持ちをぶち壊す奴が現れた。 後方からの声に振り返ると、俺の目覚まし時計が走ってきているのが見えた。 間違えた、妹だった。
「んだよ、お前も外行ってたのか」
「ん? あー違う違う。 そうじゃなくて、お母さんの探して来いとの命を受けてね。 ふらふら出て行って帰って来ないと、お母さんも心配するって」
「帰って来ないって、まだそんな遅い時間じゃないじゃん」
腕時計を見ると、午後の六時を少し回ったところ。 成瀬家での俺の門限は午後九時。 まだ、時間的には大分余裕があったりする。
この門限というのも、事前に許可を取れば伸びたりする。 それは勿論、母親にだけ効く方法だ。 父親がいるときは不可能。 むしろ門限が縮まったりする。
「あっれ? あー、ならあれだよ、あれ。 あたしの体内時間がおかしかったのかも!」
「お前の体内時間当てにならなすぎだろ。 ま、迎えに来たなら丁度良いしこれ持っとけ」
俺は言うと、神田さんから「お祝いだ」と言って泣きながら渡された高そうな菓子箱を真昼に渡す。 なんのお祝いかは聞いていない。 聞くのが怖い。
神田さんには一応事情は説明したし、真実は期限が切れそうなのをタイミング良く来た俺に渡したって感じだろうな。 そうじゃなかったらもう知らん。
「おぉー! 美味しそうなお菓子! いやぁ、兄貴も結構良いとこあるじゃん!」
「ねえよそんなの」
……ああ、そうだった。 真昼は、いつもこうだった。 昔からずっとそうだ。 こいつは俺と変わらない距離を持とうとしているんだ。
離れているのは、距離を置いているのは……俺だ。 話さなくなったのも、遊ばなくなったのも、一緒に学校へ行かなくなったのも、全部全部俺からだった。 俺が避けて、真昼はその意思を汲み取りつつも距離を保とうとこうやって話しかけてくるんだ。
「……ちょっと待ってろ、そこで」
「ん? はいはいよ」
犬みたいな妹に待てを命令し、俺は自販機で飲み物を買う。 寒さで死にそうだから。
「あ! あたしホットミルクティーね!」
「うっせ。 俺は俺の分を買う」
「相変わらずのケチっぷりだなぁ」
自販機で買うのは、ホットレモン。 それと、ミルクティー。
さすがの俺も、こうして迎えに来た妹に何も奢ってやらないのは気が引ける。 後味が悪いだけだ。 それだけ。
「ほらよ」
「……え? ん? 兄貴、大丈夫? 事故にでもあった?」
「お前もうそれ返せ。 間違えて買っただけだ」
「じょ、じょーだんだって! へえええ、今日はデレの日だったかぁ……」
なんだよそのデレの日って。 俺は年がら年中デレデレだぞ。 そりゃもうさっきのクレアみたいに。 これを間違ってあいつの前で口を滑らせでもしたら、殺されそうだ。 記憶から抹消しよう。
……こんなのは、ただの普通のやり取りだ。 それすら、俺がしていなかっただけだ。 だから一歩くらい、近寄っても良いのかもしれないって思っただけの話であって、それ以上でもそれ以下でもない。 ただの自己満足、ただの気分転換なんだ。
「なぁ」
「なに? 兄貴」
だから、これもその内の一つ。 一歩も二歩も、大して変わらないだろ。
「帰ったら、久し振りにゲームでもやるか。 お前の好きなやつ」
「……やる! ボコボコにしてあげるから覚悟っ!!」
「はいはい、お手柔らかにな」
妹のことは嫌いだ。 ワガママだし、馴れ馴れしいし、喧嘩をすればすぐ暴力だ。 俺の言うことを聞かないことの方が多いし、いつだって俺が損をするし、得することなんて絶対にない。
だから俺は、妹が嫌いだ。 だけど。
――――――居なくても良いと思ったことは、一度だってない。
二人で帰る帰り道。 それは少しだけ、春が近づいているのを教えてくれたような気がした。




