妹とは存外取り扱いに困るものである 【2】
「……寒い寒い寒い寒い! さみいよ!!」
「どれだけ寒がりですか。 冬が来て欲しいって言ってたじゃないですか」
「いやそりゃそうだけどさ、それと寒いのは別だろ! お前今日の気温見た? 最高気温で八度だぞ? 八度。 凍えて死んじまう」
「北国に住んでいる人たちに謝ってくださいよ。 それだけ寒がりで冬を乗り越えようと良く思いましたね。 冬眠すればいいじゃないですか、あそこで」
クレアが指さす先には小さな公園がある。 恐らく言っているのは、その公園にある小さな山のことだろう。 ジャングルジムの山バージョンみたいな遊具だ。 ていうかこれって暗に死ねって言ってるよね。 もっと優しい言い方出来ないのかな、クレアさん。
「とりあえずどっかファミレスでも入ろう。 温かいもの飲みたい」
「分かりました。 成瀬の奢りですしね?」
クレアは言い、にっこり笑って片目を閉じる。
「ああ、当然だろ。 テーブル脇にある醤油とソース好きなだけやるよ」
「……それはどうも」
一気に白けた顔になったな、こいつ。
……さて、こうして俺とクレアはファミレスへと向かうことになったのだが……。 どうしてこんなことになっているかと言うと、クレアの奴が俺に相談があると持ちかけたからだ。
妹話をするためだけに電話をしてきたクレアだと思ったのだが、どうやら案件はそれじゃなかったらしい。 まぁそれだけだったらこいつと一緒に行動するのやめてたから良かったけど。
最初に「相談したいことがある」と言われたときは、すぐに断ろうと思った。 明らかに相談相手を間違えているし、俺にクレアの相談内容を解決できるとは思えなかったからだ。 学校でのことなら西園寺さんに相談するのが一番で、勉強面でのことなら柊木に聞くのが一番だろう。 だが、内容を聞いた俺は渋々その相談に乗ることにした。
というのも、その内容では俺が適任となるからである。 ずばり言うなら……妹のこと、だ。
「生き返るなぁ」
「お茶を飲みながら年寄り臭いことを言わないでくださいよ。 なんだか私まで老けた気がします」
「お前はまだ大丈夫だよ。 めっちゃ若く見えるから」
「そ、それはありがとうございます……」
照れるな照れるな。 だって、ハニーキャラメルホイップチョコナッツコーヒーとかいうクソ長いクソ甘そうな飲み物を美味しそうに飲んでいる時点で、お前は心配要らないよ。 もうそれコーヒーじゃないよと言いたいけど、幸せそうに飲んでいるクレアにそんな無粋なことは言えないな。
そして昼前ということもあり、店内はガラガラだ。 静かなこの空気なら、クレアも相談はしやすいだろう。
「ってかさ、最近お前と二人っきりってのが多いよな」
「へ? そうですかね? そんなことはないと思いますよ? 気のせいじゃないですか?」
「……うーん」
ま、深く考えることでもないだろう。 だからどうしたというわけでもないし、それで俺が困っているわけでもない。 むしろ、クレアとは気兼ねなく話せるから、どちらかと言えば楽しいんだ。
「それより、相談です相談。 聞いてください」
「おう。 俺で力になれるか分からないけど、とりあえず聞くよ」
「ええ、ありがとうございます」
クレアはハニーキャラメルなんちゃらをひと口飲み、口を開く。 深刻そうな表情と、空気が少し重くなったのを感じ、俺も思わずお茶をひと口啜る。
「実は……ですね」
「……おう」
「リリアと、喧嘩をしてしまったんです!」
クレアは言い、テーブルを叩く。 かなり強く叩いたのか、その衝撃で俺のお茶が少しこぼれた。 怒られるぞお前。
「それで?」
俺は続きを促しながら、テーブルを紙ナプキンで拭く。 ちなみにクレアのハニーなんちゃらは無傷だ。 俺になんか恨みでもあるのか、このテーブルめ。 叩いたのは俺じゃなくてあそこの金髪女だぞ、しっかり見とけ。
「え、それで終わりですよ。 喧嘩をしてしまって、どうしようと……。 このままでは家に帰れないです……」
しゅんとなり、今にも泣き出しそうな顔をしているクレア。 おいおい、こいつマジか。 マジで言ってるのか。
「そりゃまた。 喧嘩した原因は?」
「ええっとですね、いろいろと理由はあるんですが……。 敢えて言うなら、リリアが成瀬のことをお兄ちゃんと言ってですね、私が「あんなのを兄として慕うなです」みたいなことを言いまして」
「待て、俺が原因かよ」
それよりも「あんなの」ってどんなのだよ。 泣くぞ。 こいつめ、俺の前では飽きたらず家でも俺の悪口を言っているのか……。 やっぱ、リリアが最高の妹だな。
「ま、まぁそんな感じです! それで、同じく妹がいる成瀬に仲直りの方法を一緒に考えてもらおうと思いまして」
「なーるほどね。 要するにリリアとまた仲良くしたいってことか」
ようやく話が見えてきた。 つまり、結論から先に出してしまえばこいつは馬鹿なのだ。 クレアはきっと、今までリリアと喧嘩という喧嘩をしたことがなかったのだろう。 その所為で、仲直りの方法さえ分からない。 俺と真昼が年がら年中しているような兄弟喧嘩というのをしたことがないんだ。 そう考えると、本当に仲が良い姉妹だな……こいつら。
で、何をすれば良いか。 それの答えはもう出てるし、それは俺から何か言う必要もなさそうではある。 言ってしまえば、兄弟喧嘩なんてものは時間が経てば自然と解消される問題だからだ。 嫌でも毎日顔を合わせているんだから、クレアだってリリアだって、ずっとそんな気まずい関係は嫌なはず。 どちらからというわけではなく、自然と仲直りはできる。
だから今はその冷却期間ってことになるな。 少し距離を置いてお互いに頭を冷やして、次に会うときなんて言うのかを考える。 それが言葉に出なかったとしても、クレアとリリアなら何も問題なく仲直りはできるだろう。
ならば、俺は何をするか。 そんなの決まってる。
「よしクレア、俺に任せろ。 兄弟喧嘩のプロである俺が、仲直りの方法を教えてやるよ」
「本当ですか! ありがとうございますっ!」
影で俺のことを馬鹿にしていたこいつに、制裁だ。 多分俺、顔に出すと「ぐへへ」とか笑っていそうなほどにテンション上がってる。
「それで、まずは何をすれば良いですかね? やはり、なんて謝るかでしょうか?」
「いいや、違うな。 ただ言葉だけで謝罪をしても意味なんてない。 それには気持ちなんてないからな」
「ありますよ! 本当に、私が悪かったと思っていますよ!」
テーブルを再度叩き、クレアは身を乗り出して言う。 勢いが付きすぎて俺側に落ちてきそうなほどに。
「わ、分かった分かった。 ごめん、今のは俺が悪かった。 けど、リリアにそれが伝わるかどうかは分からないだろ?」
「それは、確かに……そうですが。 ですが、リリアに拒否をされたら生きていけないのは事実です」
危ない危ない、クレアにビビって引いてしまうところだった。 こいつどんだけ妹好きなんだよ……若干怖いぞ。 生きていけないって、歪んだ愛情すぎる! こええよお前。
「だからこそ、ここはひとつ……目に見える形で謝罪の意思を示すんだよ」
「目に見える形、ですか。 と、言いますと?」
「ずばり、メイド服だ」
「……メイド服?」
俺の言葉に、クレアはゆっくりと首を傾げて言った。 うっすい反応だな……。
「あの、それってあれですよね? 宇宙人が着るという」
「どういう勘違いをしているのか気になるな。 宇宙人じゃなくて使用人だ」
「そうでした。 宇宙人が着るのは宇宙服ですね」
いや宇宙人は宇宙服着ねえよ。 宇宙飛行士に怒られるぞお前。 けどもう面倒だから良いか。
「ああ、そうだ。 それでメイド服ってのは使用人が着るものだろ? もっと言えば、十九世紀末のイギリスで着用されてた物だけど……この知識はどうでも良いな」
問題はそこじゃない。 メイド服というのがどのように生まれ、どのように日本へやって来て、どのように呼ばれているかなんてどうでも良かった。
「それでだ。 リリアって、一応あれはお嬢様設定なんだろ? それならやっぱ、そういう使用人に憧れていると思うんだ」
「なるほどです……一理ありますね」
「だろ? そこで、クレアがメイド服を着てリリアを出迎えるんだ。 お帰りなさいませっつって。 そうすればあいつの機嫌も一発だと俺は思う」
「なるほど……なるほど! それは良い案かもしれないです!」
再度、テーブルを叩くクレア。 また俺のお茶がこぼれた。 俺は再度こぼれたお茶を拭きつつ、クレアに言う。
「よし、そうと決まれば善は急げだ。 確かあれってレンタルとかもあったはずだから、行くぞ」
「いえ、その必要はありません。 メイド服なら確か、私の家にあったので」
あるのかよ……。 え、ということはクレアってそういう趣味があったりするのか。 案外似合いそうではあるが……イメージではないな。
「中学生のときに、文化祭で使ったのがあるんです。 もう結構前ですけど……まだ着れますかね」
「ああ、それは心配要らないと思う」
「そうですか」
うん、そうです。 全然心配要らないと思う。 まったく、これっぽっちも。 だってそりゃ、成長しなきゃ服のサイズも大きくならないしな。
「そうと決まれば、とりあえずは家に居るリリアの排除ですね」
「……排除」
相変わらず物騒な言葉遣いだな、こいつ。 もっとこう、オブラートな言い方をできないものか。
「ま、その排除だけど……俺が引き受けても良いぞ。 どっか適当に遊びに連れて行って、帰るまでの間に準備を済ませれば」
「だ、駄目ですっ! それは駄目です! か、神田に頼むので、間に合ってます」
……何をそんなに焦る? ま、それならそれで良いか。 俺としては、リリアを連れて遊びに行って、そのまま家へ帰って普段ツンツンなクレアのメイド服というギャップを楽しみたかったが……。 後日、リリアに聞くことで我慢するか。 それによくよく考えたらあんま興味ないし。 なんか段々面倒になってきた……帰りてえ。
「分かった分かった。 んじゃ、俺は帰るよ。 俺の役目は終わりだしな」
「え、ちょっと待ってください。 一人だと不安なので、一緒に来てくださいよ。 すぐに帰ろうとしないでください」
「一緒って……クレアの家にか?」
「それ以外、どこがあるんですか」
と、いうわけで。 俺は流れに流されクレアの家へと行くことになった。 既に帰りたい状態の俺だが、一度言い出した責任というのも感じたり感じなかったり。 どうせ家に帰っても真昼しかいないし……良いっちゃ良い、かな?
「どうやら、神田はうまくやったみたいですね」
「店がクローズドになってるけど、今日って普通に営業日じゃないのか……」
どこまでクレアたちのことを大切にしているんだ、神田さん……。 甘やかしすぎるから、俺が被害を受けているんだぞ。 クレアのことをお姫様と呼んでいた前科もあるし、親バカとはあのことを言うのだろう。 まぁその大切にしているということは、俺もちょっと嬉しかったりするんだけどな。
「では、とりあえずは部屋へ行きましょうか。 先に上がっててください」
「ああ、分かった」
俺は言い、店内の奥へ行き階段を上る。 階段を上ってすぐにはリリアの部屋があり、向かって右側の突き当りがクレアの部屋だ。 この前来たときは、結構酷い目にあったのが既に懐かしい。
そして可愛らしいネームプレートが下げられた部屋の扉を開け、中へ。 にしても、あいつって本当に不用心だよな……。 いくら友達と言っても、俺も一応は男だし。 女子の部屋に入るというのはかなり緊張したりする。
「変わらないなぁ」
部屋の中は、ぬいぐるみと本棚とクローゼットくらいしかない。 勉強机やベッドもあるが、無駄な物はあまり見当たらない。 これが武臣の部屋なら、無造作に物が置かれていて、床には雑誌やらなんやらが所狭しと散らかっているんだよな。 他の男子の部屋は知らない。 行ったことがないから。
「お待たせです。 とりあえず、紅茶とチョコレートがあったので持ってきました」
「……お前本当にクレアか?」
「随分失礼ですね……。 私でも、そのくらいは気を利かせますよ」
背中にチャックとか付いてないか? 大丈夫か? 俺が知っているクレアなら、水一杯が関の山だと思うのに。 それとも、案外気が利く奴だったりするのか。
「まぁ、サンキュ。 これって結構高いやつじゃん」
何度か見たことがある。 父親が家に帰ってきたときに持ってくるお土産に似ているやつだ。
「ウィスキーボンボンですよ。 私は好きなんですけど、神田が私にはくれないので……居ない内にと思いまして」
「へえ。 ま、無理もないとは思うかな」
クレアはぶつぶつ文句を言いながら、チョコレートを三個口に放り込む。 一気に食い過ぎだろ。
てか、クレアにはあげない……か。 あの神田さんのことだ。 アルコール入りのチョコというのをあげたくはないのだろう。 まったく、親バカもここまで来ると若干可哀想に思えてくる。 俺の親も大概だけど、母さんのは大袈裟ではあるが、基本的に門限を守れば文句は言ってこないしな。
「窮屈ですよね、自分の家って」
クローゼットの扉を開け、クレアは言う。
「そりゃそうだろ。 同じ家に何人も人が住んでるんだから」
家族と言っても、ある程度のスペースは確保したい。 俺の母親や妹があれだからってのもあるんだろうけど、俺は基本的にパーソナルエリアが広かったりする。 西園寺さんの距離感も当初こそ苦手だったが、今では慣れてしまったな……。
「悪い気はしませんけどね。 それでも、今日みたいに喧嘩をしてしまったときが嫌なんです」
「喧嘩を? どうして?」
「いつも距離が近いと、離れてしまったときが嫌なんですよ。 その分、寂しいというのもありますし」
「ふうん、そんなもんかね」
俺はそんなの、全然思わないけどな。 それこそ最初から……最初? あれ、真昼と最初に喧嘩したのっていつだっけか。 もう、遠い昔すぎて忘れてしまったな。 確か、俺も真昼も小学生の頃だった気がするけれど。
「あれ……奥にしまったんでしたっけ?」
「俺が知るわけないだろ。 むしろ知ってたらヤバイって」
「ふふ、それもそうですね」
クレアはクローゼットに顔を突っ込んで、ゴソゴソと漁り出す。 クレアの体なら、そのクローゼットにすっぽり入れそうだな。 昔はよく家で遊んでいたっけ。 隠れんぼとか。
「あ! ありまひた!!」
「お、あったか」
今、噛んだよな。 どんだけ嬉しかったんだ見つかったことが。
「ふふ、これで仲直りできます。 それで成瀬、ちょっと着替えるので……」
「分かってる分かってる」
クレアは綺麗に畳まれて仕舞われていたメイド服をベッドの上へと置き、チョコレートをまた口に放り込む。 で、俺に部屋から出て行くように指示。 当然それを拒否するわけにはいかないので、俺は座っていた床から立ち上がり、外へと出た。
俺は部屋を出たあと、階段の方へと向かった。 そこには窓が設置されていて、少し高い位置から外を見ると、道路と街路樹が目に入る。 外では枯れ葉が舞っていて、限りなく寒そうだ。
冬、か。 クレアと妹の関係って、案外理想だよな。 妹想いの良き姉と、姉を慕う妹って関係は。 俺と真昼じゃ、絶対に成り立たない関係だ。 そりゃ、一緒に遊んだりはしてたけど……今じゃもう、俺が何かをするときにあいつに頼むくらいだし。 その何かってのも、前の新年祭での一件のような所謂「悪事」と呼ばれるものだし。
普通に、なんの思惑もなく遊んだのなんてどれほど前だろう? それこそ、小学生くらいの頃かもしれない。 思えばもう……長いこと遊んでないな。 最近では飯を奢らされたりってのはあったけど、あれは言ってしまえばただのお礼だったからな。 そういうのは、ある程度借りができたところで返しているんだ。
春は公園で遊んで、夏はプールに行ったりして、秋は一緒に菓子作ったりして、冬は雪だるまを作ったりしたっけ。 昔は俺も、今のクレアとリリアのような関係だったのかもしれない。 話すことだって、今よりももっと沢山あったんだ。 それが中学生くらいから、具体的にはとある出来事で俺が歪み始めてから変わっていった。 真昼とは自然に話さなくなって、遊ぶこともなくなった。 あの当時は「大人になったから」だなんて思っていたけれど……本当のところは少し違うのかもしれない。
「なる、せー! でーきましたよぉー!」
と、物思いに耽る俺に声がかかる。 しかし、その声の調子がどこかおかしい気もする。 気のせいかもしれないが、呂律が回っていないような……。
「おーう、今行くぞー」
そして、部屋へと戻る俺。 ぶっちゃけて言おうか。 確実に、このとき俺はクレアの部屋へ戻るべきではなかった。 そもそも、クレアと二人っきりの状態でこいつの部屋へ入るべきではなかった。 もっと言えば、メイド服を着ろという提案からするべきではなかったのだ。




