いつも通りに 【1】
「……」
ガラガラと音を立て、教室内へと入る。 中から聞こえていた話し声はその一瞬で静まり、全ての視線は俺へと集まった。 が、それで声をかけてくる者は居ない。 停学明けの初日で、俺の今後の学生生活は決まったようなものだった。 それが数日経った今、こうして改めて認識させられる。
教室内は数秒の静けさのあと、再び喧騒を取り戻す。 そんな光景に短くため息を吐き、俺は自身の席へと着いた。
今では大分マシな方へとなっているが、初日はそれはもう居づらい環境だったっけか……。 それこそ西園寺さんには教室で話しかけるなと伝えたくらいだったし。 それを西園寺さんは最初こそ渋ったものの、俺が意見を押し通した形だ。 理由は当然、俺側に彼女が行くことを止めるため。
要するに、今クラスで一人浮いている状態の俺だ。
停学というのは、要するに何かしらの悪事を働いたということ。 そして、その当事者が俺ということ。 俺は元々、この顔の所為で良い噂がない。 皆無と言って良い。 だが、それがついこの間……具体的に言うと俺が問題を起こす前までは、少しずつだけど変わり始めていたのだ。
西園寺さんやクレア、最近では柊木も俺に話しかけてきていて、それを見ていたクラスの連中も俺に話しかけてくるようにはなっていたのだ。 それこそ多少だったけれど、変化は変化、そんな風に馴染み始めていたんだ。 しかしそれもこの間までの話であって、停学明けの今では、それが夢だったかのように消え去っている。 いや、俺が必要最低限の人としか付き合う気はないから、こっちの方がむしろ良いか。 居心地は悪い。 だが、それは同時に嫌でもないのだ。
問題はない。 ただ、いつも通りに戻っただけだ。 それ以上でもそれ以下でもない、それだけの話。 続編なんて存在しない。 これにて終わりだ。
そんなことを思っていた朝から時間は流れ、やがて昼を知らせるチャイムが鳴る。 それを聞いた生徒たちの声で、校舎内は一気に騒がしくなった。
「でさでさ、西園寺さんってどこ住んでるの?」
「わたし? わたしは……」
「へー、そうなんだ。 なら地元なんだね、良いなぁ! 私って電車通学でさぁ」
そんな話し声が聞こえてくる。 西園寺さんが本当は意外と話す人だと知ってから、こんな感じで話しかけられている場面は結構見かけるようになっていた。 俺が言うのもあれだが、教室内ではぼっちだった西園寺さんにとって良い傾向ではあるかな。
「え? 西園寺って地元だったの? マジかぁ、俺全然知らなかったわー」
そして、そこに男子が加わることも珍しくはない。 西園寺さんは多少オドオドはしているものの、男性恐怖症の方も大分良くはなっている。 傍目から見ていても、それは分かるほどに。
「ってかさ、夢花ちゃんってなんで成瀬なんかとつるんでんの?」
俺なんか、か。 面白い言い方だな。 その呼び方はある意味斬新とも言える。 一瞬にしてその「なんか」から嫌われるといった、真新しい手法だ。 素晴らしい素晴らしい。
言ったのは村山姫香。 このクラスの女子でも目立った奴だ。 イメージとしては、矢澤の親友といったポジションの人間。 つまるところ、こいつは俺が何をしたのか知っているのだろう。 だからこその「成瀬なんか」という発言だな。 てか丸聞こえだっての。
「え、えっと……」
困り顔の西園寺さん。 ちらりと視線を俺に向け、助けを求めるかのような顔付きだ。 俺はそんな西園寺さんに「やめろ」と口を動かし、メッセージを伝える。 俺はまだ良い、友達なんて分かる奴だけ居れば良いと思っているから。 現状で大満足である。 しかしそれは俺の考えであって、西園寺さんの考えではない。 俺の考えに彼女を付き合わせるのは、無責任だ。
「な、成瀬くんも良い人だよ。 お話しとかしてても、楽しいよ」
……あー、馬鹿か。 俺を庇ってどうするんだ。
「うわぁ、夢花ちゃん良い子だなぁ! あんな奴庇うとかマジ天使っ!」
だから、聞こえてるんだって。 いや違うか、俺に聞こえるようわざとやっているんだ。 俺に対する嫌がらせ……か。 あーくだらね。 くだらないし反吐が出る。 文句があるなら直接言えば良いのに、それすらできないなんて。 やるなら一人でやれ、それか同じことを思うお仲間同士でやれ、俺の友達を巻き込むな。
と、頭の中で思う俺も同種なのかもな。 ってことは村山のことが嫌いになりそうなのは、同族嫌悪ってやつだ。 笑えてくる。
「そんなこと、ないって。 成瀬くんは良い人だよ」
困ったように、西園寺さんは言う。 そして幸いなことに、その庇い方は西園寺さんの株を上げることはあっても下げることはなかった。 だから、俺としては大満足である。
「……はー」
しかし俺が教室に居ては、西園寺さんが妙な絡まれ方をされてしまう。 それはとにかく避けておきたいから、元凶である俺が居なくなるのがベストだ。
そう思い、席を立って教室を出て行く。 教室内から小さな笑い声が聞こえてきたのは、気のせいではないだろう。
「さーてどうすっかな」
昼休みというだけあり、校舎内はどこもかしこも騒がしい。 気持ち的な問題で静かな場所が良いな……静かな場所、静かな場所。 あ、一つあったな。
というわけで、俺は部室へと向かうことにする。 幸いなことに、鍵の管理は俺が任されているのでポケットには部室の鍵がある。 まぁこれもマスターキーではないけれど。 こっそり持ち出し、こっそり鍵屋で複製したスペアキーだ。 作っといて良かった。
「お、成瀬じゃないですか」
「ん」
ボーっと歩いていたところ、下から声が聞こえてきた。 視線を移すと、俺を見上げる金髪女がそこに居る。 近くに来ると、こうして背の違いを実感するミニサイズ女だな。 そしてこの状況でも気軽に話しかけてくる奴なんて、一人だけだ。 こいつにも一応は話しかけるなと言ったのに、完全無視とは相変わらずだな。 まぁ、クレアの教室は廊下の一番奥、隅っこにあるおかげで、目立たない位置ではあるけどさ。
「元気ないですね。 嫌なことでもありました?」
両手を後ろに回し、小さな顔をくいっと前へ出し、クレアは俺に尋ねてくる。 そのぶりっ子っぽい仕草がクレアの場合はとても良く似合っている。 多分、いろいろと小さいおかげだろう。 背とか、体型とか、胸とか、あと器とか。 あ、器はあまり関係ないか。
それにクレアって器はでかいからな……無駄に。 逆に、器がでかいから他の様々なものが小さいとも考えられる。 いやしかし、他が小さいから過剰分で器がでかくなったとも考えられるな。 結果的には同じことだが、果たしてどっちだろう。 今後の研究テーマだ。
「いいや別に。 それよりお前がジャージ着てるって珍しいな、体育でもあったのか?」
「ええ、まぁ。 着替えるのも面倒だったので、このままで良いかなと思いまして。 ジャージだといじり甲斐がないんですけどね」
の割に、下はしっかり制服のスカートなんだな。 それで上だけジャージ姿だ。 つうか……ジャージすら似合うんだな、クレア。 チョイ悪系外国人女子高生とかポイントが沢山もらえそうではある。
加えて、こいつは制服をとことん改造しているんだ。 スカートの裾を折って、更にはそこにレースまで付けて、腰の部分には缶バッヂを二つほどあしらっている。 缶バッヂに描かれているのは、包丁を持った猫のキャラクター、通称ネコロシくん。 可愛い顔に血塗れの包丁という恐ろしいキャラクターだ。 武器持ったキャラ好きだな……こいつ。
「ふうん。 制服いじるのってそんな楽しいかね」
「そりゃもう! 見てくださいよ、このスカートの裏とか龍がですね」
「いや見せなくて良いから! 見えたらマズイものまで見えるだろ!」
俺が言うと、クレアは「そ、そうでした」と言って顔を伏せる。 恥ずかしがるなら最初からやるな。 というか、制服の裏生地に龍を縫い付けるとかお前はどこのヤンキーだよ。 さすがは、一説では歩く校則違反と言われているクレアさんだ。
「……え、えと」
顔を伏せ、指遊びをしながらクレアは言う。 気まずい、めっちゃ気まずい。 俺が一番苦手な空気だ……早くどうにかしなければ、気まずすぎてどうにかなってしまいそうだ。
……よし、この場合はあれだな。 とりあえずは話に決着を付ける作戦を使おう。
「あーっと、なら……今度クレアの家で見せてもらうよ。 それなら良いだろ?」
「へ? い、家って私の部屋で、ですよね?」
「そうだけど」
クレアは、何故か顔を更に赤くし、言う。 なんだ、こいつ……何を考えている? いや、待てよ。 もしかして。
「……変態」
「ちげえよアホ! 自宅なら制服脱ぐだろ!? そんでハンガーとかにかけるだろ!? だからそのときなら見ても問題ないって意味で言ってるんだ!」
「……あ、そ、そうですよね。 てっきりそういうプレイをするのかと思いました」
「お前の頭の中はどうなってんだよ……」
やっぱりこいつ、確実に変態だろ。 そういう発想になる時点でアレだし、何より校舎内で露出をしようとした時点でアレだ。 つまりクレアはアレということになる。 結論、クレアはアレ。
「うるさいです! それより成瀬、元気がなさそうなのでこれをあげます。 感謝してくださいね」
クレアの表情は、怒った様子からいつもの顔、次に少し悲しそうになってから、笑顔になる。 その豊かな表情を一部で良いから俺にくれ。
で、そんなクレアが俺に渡してきた物はヘアピンだった。 可愛らしいキャラクター物とか、ふわふわした物とか、如何にも女子女子したアイテムが好きなクレアにとっては珍しく、至って普通のヘアピン。 というか、俺はそんなに元気がなさそうに見えるのかね。
「おー、サンキュ」
「ほら、付けてみてくださいよ。 成瀬の前髪は地味に鬱陶しいので、少しはマシになるかもです」
受け取ってポケットにしまおうとしたところ、クレアがそう言いながら俺の腕を掴む。 にこにこと、嬉しそうに毒を吐く姿は悪魔だ。
「……分かった分かった」
まぁ、付けて損するものでもないか。 それに俺にくれたクレアが言うんだ、拒否るわけにはいかないだろう。
そう結論を出し、俺は前髪を適当にヘアピンで止める。
「どうだ?」
「事件現場って感じですね。 素直に怖いです」
「……」
無言でヘアピンを外し、ポケットへ。 もう二度と付けてやるものか。 家で勉強するときくらいにしか使ってやらねえからな。 第一声が「事件現場」ってなんだよ……涙出そう。
「怒らないでくださいよっ!」
「いや、泣きそうになってるだけだから」
「あぁー、なるほどです」
そう納得されると更に悲しい。 笑っても「成瀬っち怒ってる?」と言われて、悲しんでも「成瀬っち怒ってる?」と言われて、無表情でいても「成瀬っち怒ってる?」と言ってきた野田Tくんを思い出す。 なんか腹立ってきたな、あの野郎め。
「はぁ。 ま、お前と馬鹿話しをてたら元気出たよ。 ありがとな」
「ふふ、なら良かったです。 では、また放課後に部室で!」
手を振って歩き出したクレアに、俺も軽く手をあげる。 なら良かった……か。 やっぱり俺、元気がないように見えるのかな。 原因があるとしたら、先ほどの教室での出来事だろう。
俺が何かを言われたから、ではなくて。 俺の仲間が困っていたから、だろうな。 そんなことを考え、部室の前へ到着。 相変わらず、幽霊でも出そうなくらいに静まり返った場所だな、ここは。
まぁ、安心して休める場所があるだけ良い。 ここは風通しも良いし、昼休みの残り時間はゆっくり本でも読んで過ごそう。 との計画を立て、扉に手をかける。
「おい貴様ッ! そこで何をしている……ん、なんだ、お前か」
「びっくりした……いきなり大声出すんじゃねえよ、柊木」
「すまんすまん、またサボっている生徒が出たと思ってな。 危うく叩き潰すところだったよ」
物騒なことを言いながら、柊木は竹刀で肩をトントンと叩く。 そうだ、この物置階にサボる生徒が出没しなくなったのも、今年の四月に柊木が風紀委員長になってからというものだ。 悪は容赦なく叩き潰すと豪語するこいつは、文字通りそれを実行した。 それも、二学年や三学年の先輩たちに対してもだ。 現時点では、この学校で一番逆らってはいけない人物と言っても良い。
「単語が物騒なんだよ、お前の場合は。 それより昼休みまで見回りとは、ご苦労さん」
「別に仕事ではないさ、今日のこれは私の趣味でやっているんだ」
「趣味……人を叩き潰すことか?」
「そうそう、人を叩き潰す……ってどうしてそうなる! 私はそんな悪趣味など持ってない!」
良いノリツッコミだ。 柊木もまた将来有望だな。
「ったく。 で、お前は何をしているんだ? 昼休みだというのに、熱心に部活動をやる奴ではないだろ」
「良くご存知で。 なんか、教室に俺が居ると西園寺さんに迷惑かかってそうだったからな」
俺が言うと、柊木は「やっぱりか」と腕を組みながら呟く。 この状況になるというのが、恐らくこいつには分かっていたんだ。 あの日、俺が停学を言い渡されたあの日、柊木と話したときにその素振りは見せていたし。
「だから逃げたというわけだな」
「ああ、まぁな。 あの辺と言い争いなんかしても、益体にもならねえから」
言いながら、部室の扉に手をかける。 話すにしても、立ち話というのは好きではない。 座って落ち着いて話す方が、俺は好きだ。
「しかし、それで解決するとも思えんがな。 既に戦争は始まっている可能性もある」
戦争、ねぇ。 そりゃ少し大袈裟に言い過ぎじゃないのかな。 言うなら戦争ではなく制圧……いや、強襲か。 それが一番合っている表し方だと思う。 俺に反撃する気がない以上、これは戦争ではないのだから。
「それを言うなら一方的な暴力って言い表した方がまだ合ってるぞ」
「それはどうかな。 成瀬が反撃する気になりさえすれば、火蓋は切って落とされるんだよ」
ねーよ。 矛先が俺に向いている以上、絶対にそれはない。 俺はいくら刺されようと、気にもしない。
そんな考えをして、扉にかけていた手を引く。 相変わらずの立て付けの悪さで、ガタガタと鳴りながらゆっくりと扉は開く。
「ま、時間が全て流すだろ。 柊木もあんま気にしないで――――――――」
気にしないでいろ。 俺はそう言おうとした。 しかし、それが全て吹っ飛ぶほどの光景が目に入ってきたのだ。
「……だから言っただろう。 物事はそう簡単には行かない。 お前に矛先が向かうということは、お前の周りに居る人間にも矛先が向くということだ」
「……まったくだな、まったく、お前の言う通りだ」
言葉通りだ。 柊木の言っている通りだ。 俺は、壮大な勘違いをしていたらしい。
目の前に広がった部室は、いつもの部室とはかけ離れていた。 棚は倒され、ソファーはひっくり返され、壁にはスプレーで落書きがされ、みんなが持ち寄ったトランプやらの玩具も破られ、捨てられ、散らばっている。 俺たちが使っている長机さえも、壊されている。
「そうだな」
息を吸って、吐く。 そうか、そういうことか。 あいつらが向けている矛は、既に俺の周りの奴らを傷付け始めているのだ。 話は終わっていない、何も解決してなんかいない。 現在進行形で、過去形なんかではない。 だったら、俺がするべきことは。
「上等じゃねえか。 それなら、ここから先は戦争だ」
抵抗できないまで、俺たちに手を出そうとしないまで、徹底的に叩き潰してやる。 俺のやり方というのを思い知れ。 俺は正義のヒーローでもなければ、正しい道を歩む神父でもねぇ。 ただただ勝ちに拘る、悪党だ。 お望み通り、やり合おう。 どっちかが潰れるまでやり合おう。 目標は決まった。
今回、するべきこと。 いつも通りにやることをやる。




