異能世界 【6】
「へぇええ。 ということは、その命の恩人っていう方が、成瀬と似ているってわけですね」
「ああ、まぁな。 頭が良く回る奴だったよ。 私は彼の名前すら知らなかったが、私の命を救ってくれた人だったんだ」
ディジさんは微笑み、空を見上げる。 そこには暗く、薄暗い雲が広がっていたけれど、ディジさんには違うものが見えていたのかもしれない。
俺たちは現在、ディジさんたちが拠点にしているというアジトへと向かっている。 さすがにずっと無言で歩くというのもあれだったので、ディジさんがこうして昔話をしているといった感じだ。 そして、内容が結構重い。 俺はもっと馬鹿話が良かったんだけどな。
そうそう、妹と言えばあの馬鹿妹だ。 あいつは本当に馬鹿で、俺が帰り際にこの前会ったとき「そういや引っ越したんだよ。 学校の近くに」とかなんとか騙して、武臣の家に「ただいまー」と言って入って行くくらいの馬鹿だ。 将来が心配だよ俺は。 たちの悪い輩が沢山いるからな。
と、そんな馬鹿話を思い出している場合じゃないな……。 少し真面目に、話に耳を傾けよう。
「そうなんですか。 ディジは、その人が好きだったんですね」
「……どうだろう? 今となっては分からないよ、もう過去のことで。 それに」
それに。 もう、彼はこの世には居ないから。 そう、ディジさんは続けた。
ディジさんのことを守り、ディジさんの目の前で、息を引き取ったという。 そのときはディジさんもその人も若く……今でも充分に若いけど。 言ってしまえば子供で、ディジさんは興味本位で入ったエリアAで、あの芳ケ崎に襲われたという。 そして、ディジさんを守って亡くなったのが、その彼だということだ。
「恨みを晴らすため?」
「いいや」
俺が聞くと、ディジさんは一度言葉を止める。 適切な言葉を探しているかと言うよりは、悩んでいるようにも思える間だった。 同時に、思い出しているようにも。
「いや……そうだな。 そうかもしれない」
ここで違うと言っていたら、俺はクレアと二人で行動をしていた。 ディジさんたちが保護している西園寺さんを無理やり連れだし、俺たちのやり方でやっていたはずだ。 だけど、ディジさんは正直に答えてくれたんだ。 思っていたことを素直に。
「なら、俺もクレアも全力で手を貸す。 元々、エリアAはあんたらの住居だったんだろ? 奪い返すぞ」
「ふふ、やっぱり君は似ているよ。 本当に、懐かしい」
それはどうだか。 少なくとも俺に似ているんだとしたら、ディジさんを守ることなんてできなかったはずだ。 だから、俺はその人とは違うんだ。
「君は、きっとこう思っているはずだ」
ディジさんは指を一本立て、俺に突き出す。 そして、口を開いた。
「素直な人は、嫌いになれない。 とね」
俺は何も言えない。 ディジさんの言った言葉そっくりそのまま、俺が思っていたことだったから。
「彼は良く言っていた。 素直な人が好きだと。 私は、結構頑固なところもあってな。 あいつの前ではいっつも意地を張っていたんだ。 だからきっと、あいつは私のことが嫌いだったんじゃないかな」
「そうですねぇ。 成瀬も素直な人が好きですもんね、西園寺とか」
「おい!」
こいつ、口が軽いってレベルじゃねえな。 口を開けばペラペラ余計なことを言いやがって。 この分だと、つい先ほど俺とクレアが廃墟でしたことも言い出しそうだ。 それは滅茶苦茶嫌なんだけど。 わりと……恥ずかしかったし。
「ほう、君はあの子が好きなのか。 良いじゃないか、頑張れよ若者」
「はっはっは! 良いねぇ、俺もお前らくらいの歳に戻りてーもんだ。 俺の若い頃なんて、鬼教官にずーっと、四六時中訓練されてたからよぉ」
帰りたい。 もう嫌だ。 こういう空気が一番苦手なんだよ俺は! 事の発端はクレアだし、後でこいつ説教だな……。
「王場。 貴様、もしや私のことを鬼教官と言っているわけじゃあるまいな?」
「へ!? いや、それは、えっと……は、はは」
「後で覚えておけ」
ううむ……鬼教官の威厳たっぷりだな。 王場さんも随分大変だっただろう。 だって、怖いもんこの人。
「成瀬。 そういえば、私の命の恩人のあいつは、結構失礼なことを内心で思っていたりしたんだ。 お前はどうだ?」
「お、俺? は、はは、まさか」
「そうか。 なら良いんだが……もしもそうだとしたら、覚えておけ」
怖い。 覚えておけって普通は敵に向かって吐く台詞じゃないか。 一応、協力関係なんだよな? 俺たちって。 つうか、あの王場さんでもビビるほどってどんだけ怖いんだこの人は。 俺はクレア相手でも結構怖いと思うのに。
「それより、能力について教えてくださいです。 私も成瀬もまだ、能力についてあまり知らないので」
流れを断ち切り、クレアは言う。 ふざけた雰囲気をぴしゃりと止めるその様子は、格好良くも見えるが……同時に、二人に対して距離を作っているようにも見えた。
「まぁ……そうだな。 俺もクレアも能力についてはほぼ知らないと言っても良い。 てか、俺の場合は能力の切り方とか使い方を知りたいな」
「能力か。 まぁ、アジトに着くまで時間はある。 暇潰しがてら、私たちが知っている情報を話そう」
ディジさんは言い、話を始めた。
まず、この世界に存在する能力者はごく僅か。 それこそ、エリアを統括している奴ら……通称、守人。 前まで五人居たとのことだが、一人は最近、ディジさんたちにより倒されたらしい。 だからこそ、地図にはエリアBが存在しなかったのだ。 つまり、今生き残っている能力者は四人の守人、そしてディジさんたちが所属している『アライブ』という組織をまとめている人物となる。
守人たちは当然、全員が能力者だ。 そしてアライブにも、一人だけ能力者が存在するらしい。 その人こそがアライブのリーダーで、今現在、唯一守人と正面からやり合える人物。
「だから、君たちの協力が欲しかった。 いくらリーダーでも、連戦では消耗も激しい。 それに、力だって五分と五分だ。 こちらに能力者が増えれば、勝率はぐんと増す」
「なるほどね。 それで、西園寺さんを保護したってわけか」
「……そう嫌味ったらしく言わないでくれ。 私たちには、無理に協力させるつもりは毛頭ない。 本人が拒否をすれば、それまでだ」
「つまり、拒否した時点で殺す、ですか?」
「……おいガキ、好き放題言ってるなよ」
横から言ったクレアに、王場さんが語気を強めて言う。 なんだか、今日のクレアは火種を作りまくりな気がしてきたんだけど。 王場さんとの戦いのしこりが残っている……だけではないか。 何か他にも、理由がある気がする。
「よせ王場。 君たちは何かを勘違いしているようだから、言っておくぞ。 私たちの目的は、奪われた場所を取り返すことだけだ。 協力者には礼を尽くす、だからと言って、協力しない者に対して後ろ指をさす真似はしない。 一度能力者と対峙すれば、諦めてしまうのも無理はないことだ」
……確かに、な。 俺だって、西園寺さんが居るってことを知らなかったら、協力はしていなかったかもしれない。 もっと時間を取り、必勝で安全な策を考えていたかもしれない。
そう思わせるほどに、能力者というのは強力な存在だ。 あの芳ケ崎と対峙したときだって、クレアが助けに来てくれていなければ俺は死んでいただろう。
「悪かった。 誤解は確かにしていたよ」
素直に、そう思ったから俺は頭を下げる。 だが、クレアは俺の隣で茶化すように。
「アイムソーリー。 で、良いですかね?」
「テメェ!!」
いい加減にして欲しい。 どうしてこう、クレアは喧嘩を売ってばかりなんだ。 もっと協調性のある奴だと思っていたのに……俺の勘違いだったか。
「そりゃ、適当にもなりますよ。 だって、あなたたちは子供も巻き込んでいるじゃないですか。 アライブ、でしたっけ。 そこに子供たち居ますよね」
突然、クレアは声のトーンを落として言う。 雰囲気も多少引き締まった気がして、それはディジさんも感じたのか、目を細めてクレアに顔を向けた。
「……どうしてそう思う?」
「匂いですよ、匂い。 私、嗅覚が良いんです」
言いながら、クレアは自身の鼻を指さす。
恐らく、能力だ。 嗅覚を高め、ディジさんや王場さんに付いている匂いを嗅ぎ取った……そんなところだろう。
「……だが、安全な場所に居る。 子どもたちは確かに数人居るが、中立地帯からは絶対に出さない。 問題はない」
「いいえ、ありますね」
即答。 ディジさんが最後の言葉を口にするより前に、クレアは言葉をかぶせた。
「ありますよ、ありまくりです。 良いですか、分かっていないようなので言っておきます。 戦場に、安全地帯なんて存在しません」
その瞳はいつになく真剣で、その顔はいつになく整っていて、その表情はどこか、悲壮感のようなものが漂っていた。 一体何が、クレアをこんな表情にさせているのだろう。
「私が協力するのは成瀬と西園寺に対してです。 あなたたちには賛同しません、覚えておいてください」
「……ああ、それでも充分だ」
ディジさんは一度目を瞑ると、ゆっくりと開いて、続ける。
「すまない。 話が逸れたな、元に戻そう。 能力について……だったな」
クレアはそれ以上、ディジさんにも王場さんにも何かを言うことはなかった。 ただ黙って、俺の右隣りを歩いている。
「そういえば、君は能力の切り方を聞いていたな?」
「ん、ああ。 たまに、いきなり考えていることが伝わってくるんだ。 それのオンとオフがうまくできなくて」
「私も能力者じゃないから詳しくは分からないが……リーダーが言うには、基本的には自動で切れるらしいぞ。 脳の処理速度にもよるが、大体は一時間ほどで切れるとのことだ」
……一時間? いやいや、俺はもうこの世界に来て、クレアと会ってからずっとなんだけど。 切れない所為で、前触れなく聞こえてくるから困っているんだぞ。
「いやけどよ、リーダーが言うには個人差ってのもあるらしいぜ。 成瀬の場合は、たまたまそれがなげーって話じゃねえのか? つっても思考を読むなんて、微妙な能力だけどよ」
そりゃ悪かったな、微妙な能力で。 確かに、俺自身もそう思うけどさ……人に言われると結構傷付く。 俺って意外とメンタル弱いんだよ気を付けろ。
「……ま、その辺りはリーダーに聞くべきだな。 私たちでは感覚も分からない、一概に決めることはできないさ」
「そりゃそーだ。 さっすが姉御!」
「持ち上げてもあとで説教は変わらないからな」
結構優しい人だと思ったが、どうやら身内には厳しいタイプの人らしい。 どちらかと言えばクールな人だけど、案外毒舌だ。
そんなこんなで良い暇潰しにはなったのか、やがて。
「見えてきたな」
ディジさんは言いながら、目の前にある階段を指さす。 どうやら、あそこがディジさんたち『アライブ』の拠点のようだ。 このエリアは安全地帯なのだから、何も地下に作らなくても良いと思うのだが……何か、理由でもあるのか?
「……ジメジメしたところは嫌いなんですけど」
「文句言うなって、仕方ないだろ」
唇を尖らせるクレアを窘め、俺はディジさんの後に続く。 もしかしたら、これは何かの罠かもしれないが……。 西園寺さんが居ると知った以上、行くしかない。 何より、西園寺さんが生きているということが、どうしようもなく嬉しかったんだ。
「ストップ。 先頭はお二人がお願いします」
「……てんめぇ、さっきからいい加減に――――――」
「やめろ。 疑うのも無理はない、私たちは彼らに協力を頼んでいる身だ。 別に誰が前を歩こうと、何も変わらないだろう」
きっと、クレアがここまで敵対心を剥き出しにするのには理由がある。 後でそれは聞くとして、今はとりあえず抑えて貰わないとな。 とは言っても、王場さんはともかくとして、ディジさんはそんな要求もすぐ飲み込んでくれるから、正直言うと助かるが。
「王場、早く来い。 私たちが先頭だ」
「チッ……」
そして、二人は階段に足をかける。 そんな二人から一人分ほどの距離を取り、後ろに俺とクレアが続く。
「かなり長い階段ですね」
地上からの光が届かなくなり、両脇にある灯りを頼りに足元を見始めたとき、クレアが呟くように言った。
「ああ、構造上の問題もあるのでな。 実を言うと、このアジトからは全てのエリアに繋がっているんだ。 エリアAからE、そして今私たちが入ってきた中立地帯。 その全てと繋がっている」
……なるほど。 だからこそ、地下というわけか。 奇襲を仕掛けるなら持ってこいの場所というわけだ。
「一応はその他エリアに繋がる道は区切られている。 地下ならば安全だとは思うが、念の為にな」
その地下からの出入り口がバレていないのなら、安全だろう。 それに、中立地帯に入れば奴らは追って来られない。 それが、この世界のルールの一つ。
「さて、話をしている間に着いたな。 変わり者も多いが、あまり気にはしないでくれ」
言いながら、ディジさんは扉を開く。 恐らくここが、今回の世界での拠点となりそうだ。




